■46億年の地球と生命の進化を探る

地球と生命の歴史の全解読へ

(1999、TECHNO CURRENT、No.254より)

西村屋トップメニュー>地球システムの科学
 
2001年7月11日更新

■同位体質量分析による年代決定

 深海掘削を始めとする古環境学で大きな役割を果たしてきたのは、年代測定法である。これには、火成岩の形成時期を明らかにするK-Al法などの放射年代測定と、宇宙線起源により生成するC14などの放射性同位体測定があるが、その技術の進歩には著しいものがある。
 それを象徴する成果として、南極で発見されたわずか約1.9kgの火星隕石から、火成岩の結晶年代インパクトによるショック年代最後のインパクトで火星から飛び出した年代火星に落下した年代等が得られるまでに至っている(文献14aのp.107)。

 地球科学では、分析技術の改良によって、それまでの学説がしばしば覆されてきた。
 例えば、C14による年代決定については、「加速器型質量分析計(AMS)」の登場によって、それまでせいぜい3万年〜3.5万年前だった測定限界が約6万年前までになった。また、その年代決定は大気中 C14濃度の初期値に依存するが、それは太陽活動や地磁気の変動による宇宙線の入射強度の変化を原因として、数千年オーダーと百年〜数十年オーダーの変動がある。この大気CO2のC14濃度が「年輪年代法」によって約11,600年前まで測定されるようになり、較正を行うことが可能となった(文献14bのp.128)。
 こうした改良によって、これまで、人類がアメリカ大陸に渡ったのは、氷期で海面が低下してベーリング海が陸続きだった1.3万年〜1.5万年前より古くない時期というのが定説だったが、実はベーリング海の陸橋が沈んだ3,500〜7,000年前であるというデータが示されている。これが正しいとすれば、氷期のベーリング海という厳しい環境を越えて人類が移住したという不自然さが否定され、現在の温暖な気候になってから島伝いに航海したことになる(文献15)。

 溶岩が固まってからの年代を測定する「放射年代測定」も大きな進歩を遂げている。最近の研究成果によると、45.5億年前に地球が誕生して冷却が進むにつれて、地球表面を覆うプレートがマントル対流によって運動するようになる。
 大陸の成長は、海山や海台が付加することによるとの考え方が否定され、日本の平 朝彦教授らの四万十川付加体の研究がヒントとなり、プレート拡大軸が海溝に沈み込む際に造山帯が活発に作られることが明らかとなった。
 現在の大陸を構成する火成岩の年代を測定していけば、約40億年前の造山帯にまで溯ることができる。大陸が離合集散しながら次第に成長していくとともに、高圧高温実験などの成果によって、7.5億年前、マントルの温度低下によって海水がマントルに逆流し始め、海面が600m低下して現在のように大陸が地球表面の約30%を占めるまでになったことが明らかにされた。(文献16)

 このような地球史の解読を進めるうえでは、溶岩が固まって以降の変性作用による影響も分離するため、できるだけ微少な部分の年代を測定することが追求されている。広く使われているK-Ar法についても、さまざまな極微小部分年代測定手法が開発されてきた。同時に、初期アルゴン同位体比が大気の値からずれる問題について、3つのアルゴン同位体(Ar40,Ar38, Ar36)による分析法が工夫されている(文献14a)。
 「全地球史解読計画」(文部省重点領域研究)では、東京工業大学のグループがプラズマ質量分析計によるジルコン1粒からのウラン-鉛年代測定法の達成を目指すに至っている(文献17)。

■モホ面到達への悲願
 こうした遠い過去への挑戦は、同時に、地球誕生以来のダイナミクスの根元である地球深部への挑戦をも必要とする。
 1959年、ニューヨーク国連本部で第二次世界大戦後初めての国際海洋学会議が開催されたが、その記者会見で、米国のレベル博士が月面有人探査に匹敵する計画「モホール計画」を発表した。このモホール計画とはいったいなんだろうか。

 半径が6,371kmの地球を輪切りにしてみよう。といっても、人類はそれを直接目にしたことはない。地震波の伝わり方をコンピュータ処理するなどによって間接的に推定しているに過ぎない。それによると、表面から深さ2,900kmのところに固体と液体の明瞭な境界があり、液体部分(主として鉄からなる)は「外核」と呼ばれている(実は、さらにその内側には固体の「内核」が存在する)。
 外核より外側の固体部分には、地表面から約30〜60km(海では海底面から5〜10km)の深さで地震波速度が急に速くなる不連続面が存在する。これはユーゴスラビアのモホロビチッチ博士が1909年に発見したもので、「モホロビチッチ境界面」又は「モホ面」と呼ばれる。これを境界として、地球を包む薄皮の部分を「地殻」、その下の地球体積の約80%を占める部分を「マントル」(核を覆うマントの意)と呼んでいる。

 このマントルが実は地表面を動かす原動力であり、さらに、マントル内の「スーパープリューム」という巨大な火成活動が地球環境を劇的に変えることもある。マントル内のダイナミクスは、核ともなんらかの相互作用があり、地球磁場逆転を解く鍵でもある。まさに、マントルを知ることは地球の進化を理解することなのである。

 このマントルはよく「マグマ」と混同されることがあるが、上述のようにあくまでも固体であり、その証拠にマントル内は横波(S波)が伝播する。一方の「マグマ」は、岩石がなんらかの熱異常や融点の低下によって溶融し、そのうち軽い成分が地表面まで昇ってきたものである。このため、地殻よりも重いマントル物質がそのままの姿で地上に現れることはない。しかし、火山噴火などの際にマントル物質が強い変性を受けながら地表に噴出したと思われる岩石がいくつか発見されており、それと実験岩石学やシミュレーションを通じてマントルの性質が推定されている。
 それによると、地殻は大陸部分では花崗岩玄武岩など、海洋部分では玄武岩などで構成されているのに対して、マントルは、カンラン岩カンラン石、輝石(*)、ザクロ石(**)の混合物)が最も近い物質ではないかと推測されている。これは地球のさまざまなモデルの最も基本的な仮定となっているが、モホ面が果たして玄武岩とカンラン岩の境界であるのかどうかは、モデルの大幅な修正を要するかもしれない重大な問題として、長年にわたって論争が続けられてきた。
 その論争に決着を付けるには、地殻を全掘削してマントルに到達するしかない。大陸では地殻の厚さが30km以上にも及ぶ。厚さが数kmの比較的若い海洋性地殻を掘削するしかない。

(*)輝石:ペリドットという8月の誕生石(半透明の暗緑色、ハワイの土産店でよく売られている)
(**)ザクロ石:ガーネットという1月の誕生石

 そのモホ面まで孔(hole)を掘る「モホール計画」の最初の試みは、1961年、米国の石油掘削船<カス1号>が改造され、カリフォルニア沖で実施されたが、わずか171mの柱状試料を得るだけに終わった。その後、<グローマー・チャレンジャー号>を使った国際深海掘削計画(IPOD)に移行して1985年まで続けられた。
 次フェーズの新船を検討する過程で、排水量約5万トンの<グローマー・エクスプロラー号>及び後述のライザー掘削技術というものを用いた「IPOD-II(又はFUSOD)計画」が提唱された。しかし、残念ながら、旧ソ連の潜水艦の引き揚げ(1974年に水深5000mの海底から、原潜ではなく、核積載の通常動力型ゴルフ級戦略潜水艦(艦名K-129:1968年沈没))というスキャンダルなどが理由となって支持が得られず、従来の非ライザー掘削船である<ジョイデス・レゾリューション号:JR号>(SEDCO/BP471)を用いたODPに引継がざるを得なかった。

=>Hughes社のGlomar Explorer号>CIAのProject Jennifer(全長:188.7 m、全幅:35.4 m、最大航行喫水:14.0 m、軽貨排水量:1,780トン)

 この非ライザー型による海底下掘削深度の記録は、ペルー西沖で1979年から1993年までの14年間、8航海を費やしたにもかかわらず、モホ面より遥か手前の海底下2,111mに留まっている。
 このように大深度掘削の可能なライザー装備を持つ科学掘削船(全長:210 m、全幅:38.0 m)は、「モホール計画」が提唱されて以来の地球科学者の悲願ともいえるものである。

■地下生物圏
 潜水調査船<しんかい6500>や1万m級無人探査機<かいこう>によって高圧・高温という極限環境で生息する微生物が次々と発見され、もはや深海だけでなく、その下の地殻内の領域にも微生物が生息する可能性が高まってきた。すでにODPでは海底下500mの堆積物から微生物が分離されている。
 もし、地殻内生命圏が、微生物の生存限界と考えられている120〜130度Cの温度に相当する海底下4,000mあたりまで広がっているとすれば、これまで考えられていた地球上のバイオマス量が大幅に増えることになる。それは地球の炭素循環の全体像を大きく書き替えるかもしれない。

 高温・高圧環境での生命現象の理解を深めることは、また、生命の起源と進化の理解にも繋がる可能性がある。
 35億年以上前の地球に始めて誕生した生命は、これまで海岸沿いの浅い海が起源であったと広く信じられてきた。これは、西オーストラリア北部のノースポール等で発見された約35億年前の微化石に、浅い海でシアノバクテリアのコロニーが作るストロマトライトというマッシュルーム状構造が認められたからである。
 ところが、その地層を丸山らが再分析した結果、陸起源の粗粒砕屑物が見出されず、同地層が過去の中央海嶺であり、当時の水深が約2,000mと推定されることを明らかにした(文献18,19,20)。

 別の面から見ると、生物は大きく真核生物真正細菌及び古細菌の3つに分かれるが、まだこれらの共通の祖先は見つかっていない。この共通祖先は、超好熱菌である可能性がいくつかの研究グループによって推定されている(文献19)。

 このように、浅海での生命起源説は根拠を失い、深海熱水活動域が本命視されているが、最近、熱水噴出口で採取した好熱菌のうち、採取した水深よりも高い圧力でより活発に増殖するものがJAMSTECのDeepStarプログラムその他によっていくつか発見されている。これは、深海の熱水活動域よりもさらに数百m以深の地殻内に微生物のコロニーが存在する可能性を示唆している。
 もし熱水活動域を掘削することができれば、生命起源の場についての重要な発見がなされるかもしれない。

■メタンハイドレート
 地下生物圏との関連性の面からも注目されるのは、水深1,000m以深の大陸斜面の海底下に存在するメタンハイドレート(高圧・低温下でメタンと水が結合して固体となった水和物)及びその下のフリーガス層である。その総量は陸上の化石燃料に匹敵すると言われており、南海トラフを始め日本周辺にも豊富に存在する。
 メタンは燃焼時の二酸化炭素排出量が石油の3分の2であるため、炭素排出削減策としても最近、特に注目を集めている。
 しかしながら、一方で、大陸斜面に存在するメタンハイドレートが崩壊すると、斜面崩落による津波発生や、大量の温暖化ガスの放出による環境変動を招くかもしれない。このようなメタンハイドレートの成因と崩壊について研究することも、石油・ガス層を越えて掘削可能な地球深部探査船の重要な課題である(文献21)。
■人類共通の知的資産
 地球科学が現在取り組もうとしているさまざまな挑戦は、地球科学と生命科学においてさまざまなブレークスルーをもたらす可能性を秘めているだけでなく、不確かな未来の予測の可能性を広げ、あるいは、地球が水と生命に溢れた星となり、そこに人類が誕生した理由を教えてくれるであろう。
 それは、人類が、顕在化しつつある地球規模の諸問題を乗り越え、持続可能な経済社会への転換を果たすうえで、不可欠なインフラストラクチャー、あるいは、人類共通の知的資産となるに違いない。

1) 航空・電子等技術審議会, "深海地球ドリリング計画評価報告書", 平成10年12月7日
14) "21世紀を担う地質学"(地質学論文集第49号), 1998, 日本地質学会
14a)"地質学に貢献する放射年代学−日本の現状と展望−", 1998,地質学論文集第49号, 日本地質学会
14b)"加速器質量分析(AMS)による宇宙線生成放射性同位体の測定と若い地質年代測定への応用", 1998,地質学論文集第49号, 日本地質学会
16) 丸山茂徳, "太古代付加体と新しい地球史", 1998, 科学, Vol.68, pp.763-774
17) 平田岳史, "地球の年齢をはかる", 1998, 科学, Vol.68, p.745-746, 岩波書店
18) 上野雄一郎, "最古の生命化石が語るもの", 1998, 科学, Vol.68, pp.746-744
19) 磯崎行雄, 山岸明彦, "初期生命の実像", 1998, 科学, Vol.68, pp.821-828
20) 北島宏輝, "35億年前の海底変成作用", 1998, 科学, Vol.68, pp.775-778
21) 松本 良,奥田義久,青木 豊,"メタンハイドレート(21世紀の巨大天然ガス資源)",1994,日経サイエンス社

=>深海地球ドリリング計画(OD21)/国際深海掘削計画(ODP)
=>全地球史解読プロジェクト(科研費)/全地球ダイナミクス(振興調整費)
=>国際陸上科学掘削計画(ICDP)/雲仙普賢岳掘削プロジェクト


西村屋トップメニュー>地球システムの科学