■気候変動予測ができたら何に役立つのか?

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1999年9月18オープン
 地球温暖化対策について、京都会議でのCO2削減目標をいかに達成するかが産業経済界あげての緊急課題となったことは、大きな前進。しかし、それは第1ステップに過ぎない。温暖化だけでなく、人口爆発・消費の爆発、土壌の喪失・劣化なども含めた地球規模の問題に対して持続可能な社会を実現するには、気候変動予測の実現が鍵となる。

気候変動予測が可能となれば、

■地球温暖化防止対策についての国際合意の形成を促す。
■地球温暖化防止対策の費用対効果を高める
■進行する地球温暖化に対し、事前の対策を長期的に講じることが可能となり、被害を減らし、世界経済の停滞を回避できる。
■地球温暖化防止に関してビジネス・チャンスを創出する。

(注0)被害額の予測 地球温暖化による被害
1.農業
 熱ストレス、土壌水分の減少、害虫・病的異変の増加によるマイナス面と、栽培可能期間の延長、二酸化炭素による施肥効果というプラス面がある。マイナス面は灌漑施設整備などの適応行動によって大幅に緩和されうるが、土地価格の低い地域への適応行動の困難さが指摘されている。
 不確実性の減少によって合理的な適応行動が期待。

2.海面上昇
防御施設の建設コスト、失われた土地の価値、洪水被害、干潟の喪失による希少種の絶滅、
 不確実性の減少によって合理的な適応行動が期待。

3.森林
 自然火災を被る頻度の増加、生存緯度限界の極地への移動に生育が追い付かないことによる減少

4.水供給
降雨量の減少、温暖化による蒸発量の増加、塩水の遡上による淡水源への影響、

5.冷房と暖房
冷房費用の増加と暖房費用の減少は相殺する。

6.保険

7.その他の市場部門
 建設業へのプラス面、マイナス面の合計は不明。スキー可能期間の短縮、ビーチ、珊瑚礁の消失に対し、レクリエーション可能日数の増大があり地域によって前者が上回る。都市施設費用の増加

8.健康
熱波による死亡(心臓発作、脳卒中など)は冬季の死亡の減少を大幅に上回る。マラリア患者の増加による被害はさらに大きい可能性。

9.大気汚染
気温上昇によるオゾン濃度の増加による光化学スモッグの増加に対し大気汚染防止策の強化が必要
 不確実性の減少によって合理的な適応行動が期待。

10.水質汚濁
温暖化による河川水量の減少、水温上昇による溶存酸素量の減少による水質悪化
 不確実性の減少によって合理的な適応行動が期待。

11.移住
海岸線の後退、洪水・高潮の増加、大干ばつ、土壌の悪化による人々の移住コスト、難民のための福祉施設に係る費用の増加
 不確実性の減少によって合理的な適応行動が期待。

12.人のアメニティ
酷暑の増加と酷寒地域の温暖化の結果、合計としては不明

13.生態系と生物多様性の喪失
生存域、食物連鎖、生理学的状態の変化によって多くの希少種が絶滅する可能性が高い。薬用種の絶滅など

14.異常気象
 温暖化によって熱帯暴風雨の強度が増すとの説があるが激しい論争中。干ばつは1.のほか、地盤沈下、水力発電の生産性にも影響。


(注1)環境コスト

 例えば、再生紙の値段が新品よりも高いと、再生紙は新品よりも非効率でエネルギー多消費なのか? というと、新品の原料に森林の植林コストなどが正しく反映されているかによる。パルプ輸出国の政策担当者が資源の切り売りを放置していたら、不当に安い原料で作られた新品は再生紙より安くなることもある。

 リサイクル製品が市場で競争力を得るには、原材料の産出国がしかるべきコストを輸出価格に上乗せする必要がある。

 こういう風に経済社会が持続していくために必要なコストを「環境コスト」と言うと、この環境コストがいろんな原材料や製品やサービスの価格に上乗せされるようになれば、環境と経済の背反性はなくなってくる。

@環境コストのさまざまな要因
 環境コストの要因としては、

・地球温暖化、オゾン層破壊
・人口爆発と消費の爆発
・農地の減少と劣化
・生物多様性の減少、希少種の絶滅
・環境汚染
・廃棄物処理の困難

などが考えられます(地球白書等による)。いずれも市場メカニズムだけでは解決しえないこと、先進国の消費型社会に大きな責任があること、環境の脆弱な途上国の被害が大きくなる傾向がある点が共通していると思います。


(注2)環境コストの算出方法
 この環境コストはいくらにすればいいか?
 これも環境経済学の本にありますが、なんら対策を講じないで放置した場合の被害(環境悪化による健康阻害、農業・水産の被害、資源不足、廃棄物問題、希少種の絶滅・・・・)を求める。

 一方、被害をなくすための対策費(排気/排水浄化、炭素排出量の削減、廃棄物削減対策、代替資源開発、希少種保護活動・・・・)を求める。

 被害額****と対策費+++の関係をグラフにする。この2つのカーブを合計すると、===になる。被害額と対策費の合計が最小になる点、つまり、====がもっとも低くなる時の対策が「最適な政策」として選択すべきとの考え方があります。


  =====                                                  ====|
       ======           対策費+被害額          ========= ***|
  +++++       ==========              ========       ****    |
       +++++            ==============           *****       |
            ++++                             ****   被害額   |
               +++++                   ****                |
   対策費           ++++++        *****                    |
                           ++++  ***                         |
                              ****++                         |
                       *******      ++++++                   |
                *******                   ++++++             |
        ********                                +++++++      |
  ******                                               ++++++|
--------------------------------------------------------------
 被害をまったく出さない「最適な政策」というのは存在しないことが分かりますね。

 実際にはこれに適応費用(海面上昇に対する堤防・下水道の再構築、干ばつに対する灌漑用水整備、品種改良・・・)も加える必要があります。また、対策費も適応費も支出ばかりでなく被害の軽減以上に便益を生み出す場合もあります。時代遅れで効果のない補助金を削減するとか、公共交通機関へのシフトによって交通渋滞を減らすとかのケースです。

 そういう風に複雑なものになりますが、それによって決まる対策/適応費用に見合うように課すべき環境コストの全体額を決めればいいと思われます。

@環境コストを課す方法
 この環境コストをさまざまな経済活動に課す方法として、炭素税、補助金、奨励金、許可制度などが考えられます。

@実際問題として
 つらつら考えると、さまざまな環境問題について被害額を算出すること、その前提として対策を講じないと環境がどうなっていくかを予測することが極めて大事なことが分かります。

 次に、政策決定者が「最適な政策」を国際合意することの困難さが問題です。将来の不確かさを口実に人気のない政策の意思決定を自分の任期以降に先送りする傾向があるからです。いずれにしても無駄にはならない政策ですら、短期的にはマイナス要因になるとして意思決定されない場合があります。

 ここで合意形成を促すには、放置するとより危機的な状況を招きかねないことを明らかにすること、いずれにしても後悔しない政策が存在することなどを示していくことが極めて重要と思います。


地球変動予測の費用対効果の試算

(1) 地球温暖化による被害額の想定
 地球温暖化対策とは、(a)温暖化による被害額と(b)温暖化対策のコスト(炭素排出抑制コストと地球温暖化に適応させるコスト)の合計(a+b)が最小となるように「最適な政策」を選択することを目指している。つまり、現在論議されている温暖化対策はただちに気温の上昇を回避しようというものではなく、大気中CO2濃度をある程度の上昇ののちに安定化させ、これによって、気温及び海面高さがある程度のタイムラグの後に安定化させようというものである。
 気候変動について知見を増大させれば、破局的な危機の回避や効果的な適応策・防御策を講じることによって温暖化被害を最小限に押さえることができる。

 IPCCでは大気中二酸化炭素濃度が産業革命以前より2倍(560ppmv)となって地球平均気温が2.5度上昇した時をベンチマークとして世界の被害額の評価を行っている。
 その結果、農業被害、海面上昇、水供給、冷暖房、保険、健康、移住、生態系、異常気象等についての被害の合計として、世界総生産GWP(名目GDP国内純生産の合計)の1.5〜2%(文献3p.186)と見積もっている。GWPは3,695兆円/年であるから、世界の被害額は55〜74兆円/年となる(参考:1982/83年のエルニーニョによる世界の被害は=1.7兆円と試算(NOAA、130円/ドル換算))。
 この額は、炭素排出規制が行われない場合に2060年に大気中二酸化炭素濃度が2倍になる時点での年間被害額であり、それまでの間及びそれ以降の毎年の被害額は漸増していくものとIPCCでは考えている(文献3p.182)。

 二酸化炭素濃度を560ppmvに安定化させるための道筋として、石油と天然ガスが利用できる今後数十年は炭素排出量を現状レベルに抑え、その後は石炭の液化に頼らざるを得なくなることから炭素排出量が増加し、次々世紀には炭素を排出しないエネルギー源の実用化によって炭素排出量を急激に削減できると考えている。そのシナリオが実現すれば、2100年頃から二酸化炭素濃度は安定化し始めるが(文献1p.24)、気温が安定化するのは2150年頃からとなり、海面上昇はその後も継続する(文献1p.45)。

 この安定化に成功した場合、温度上昇のテンポが遅くなることから同じ気温上昇値における被害額は上記ベンチマークの値よりも小さくなるであろう。クライン(W. R. Clime)が費用便益分析に用いたモデルでは炭素排出抑制措置を講じた場合の被害は講じなかった場合の80%としている(文献2p.118)。

 今回、地球変動予測の実現による経済効果を考えるに当たって、どのぐらいの期間の被害を対象とすべきであろうか? 予測精度の向上による効果は永続的に続くため、対象とする被害額の総計は限りなく膨らむ。そこでかなり乱暴に単純化することにして、二酸化炭素濃度が2倍になるまで被害額が直線的に増加すると仮定し、それ以降の被害額は算入しないことにすると、対策を講じない場合の被害総額は
   1/2*60年間*(55〜74兆円/年)=1650〜2220兆円
となる。
 安定化に成功した場合は2150年頃に気温が安定化するが、それまでの150年間の間直線的に被害額が増えると考えて150年分の被害額を総額とするのはおかしいので、最初の60年分だけを考えれば、
1/2*(55〜74兆円)*0.8*150年*(60/150)^2=528〜710兆円となる。

(2) 破局的気候変動(気候ジャンプ)の回避
 ここで、気候変動研究の効果として、気候予測精度をより高めることのほか、未知の急激な気候変動を解明することもある。IPCC第三作業部会で指摘されている破局的な気候変動として(文献3 p.176)、

・西南極大陸氷床の崩壊による海水準上昇、アルベド減少
・永久凍土の溶解によるメタン放出
・海水温上昇/海水準低下によるメタンハイドレートの崩壊→津波被害とメタン放出
・シベリアの降雨減少→北極の塩分躍層の消失→海氷消失→気温上昇
・高緯度での淡水供給の増加→海洋大循環の停止→高緯度/低緯度間の気温格差の激増
・気温上昇→ブライン沈降やサブダクション減少→湧昇流の減少→海洋基礎生産量の激減

などのさまざまなカタストロフィックな環境大異変が仮説として考えられている。
 グリーンランド氷床コア・データでも前回の間氷期などで現在よりも気温が高いモードが見られ、西南極大陸氷床の崩壊、6mの海面上昇が生じた可能性が指摘されている(文献5及び6)。

 現在の気温上昇が引き金となってこれらの破局的気候変動が発生すれば、被害額は上記の試算をはるかに上回る恐れがある。IPCCでは地球の平均気温が10度上昇した場合の損害はGWPの6%以上(GWP3,695兆円/年*0.06=222兆円/年)と試算している。気候ジャンプは数年程度の短期間で生じるとの説もあるが、ここでは (1) での計算に合わせるために60年間で平均気温が直線的に10度上昇し、その間の被害額のみを対象にすれば、
 1/2*222兆円/年*60年=6660兆円
 これより対策を講じなかった場合の被害総額1650〜2220兆円を差し引いた4440〜5010兆円が気候ジャンプによる被害総額と考えることができる。

(3) 不確実性の減少
 予測精度向上の別の効果として、S.C.Peck & T.J.Teisberg(1993)(文献4)では、気候感度などの不確実性や温暖化によるダメージなどの不確実性を減らすための研究は、高い利潤をもたらすことを経済予測モデルを用いて示している。これは政策決定者が不確実性の理由として「最適な政策」を選択せずに現状維持などの「次善の政策」をとる場合と比較すれば、不確実性を減らすことの便益は数十兆円にものぼる可能性があることを示している。


参考文献
 文献1:IPCC第1作業部会報告
 文献2:地球温暖化の経済学(天野明弘著、日本経済新聞社)
 文献3:IPCC第3作業部会報告(「地球温暖化の経済・政策学」IPCC第3作業部会報告 中央法規)
 文献4:S. C. Peck & T. J. Teisberg, 1993: Global warming uncertainties and the value of information: An analysis using CETA, Resource and Energy Economics, 15, 71-97)
 文献5:R. P. Scherer et al., 1998: Pleistocene Collapse of the West Antarctic Ice Sheet, SCIENCE, VOL 281, p.82-85
 文献6:W. R. Howard, 1997: A worm future in the past, NATURE, VOL.388, p.418-419

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