■シーソー理論とMillennial ENSO

(1999、TECHNO CURRENT、No.254ほか)

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2006年4月24日更新

■Millenial Cycleのパラドックス

 ダンスガードとオシュガーによってグリーンランドの氷床コアから過去の高解像度な気温推移が復元され、約10万年を周期とする氷期/間氷期サイクルの中に、さらに、千年オーダーの間隔で急激な気候変動が繰り返されたことが発見された。
=>過去14万年の氷期・間氷期(日本財団)
 それは、わずか数年〜数十年の間に10度以上も急激に気温上昇があり、その後緩やかに寒冷化するもので、ダンスガード/オシュガー周期又は"Millenial Cycle"と呼ばれている。

 ●過去12万年間の気温の推移

グリーンランドNorth GRIPのδ18O(North Greenland Ice Core Project members. 2004

 これはヤンガードリアス・イベントと同様に、氷期に発達する大陸氷床が不安定に消長を繰り返すことと、コンベアベルトの停止が深く関係していると見られている。
 大陸氷床が大西洋に流出する際に、海底が削られて岩石が氷山にくっついて大西洋に広く撒き散らされる。これを「ハインリッヒ事件」と呼ぶが、その発生時期がダンスガード周期と一致することが北太平洋での深海掘削において立証された。
 しかしながら、コンベアベルトの停止で引き起こされるのは北大西洋北部の寒冷化であって急激な気温上昇ではない。
   残る問題はコンベアベルトを停止させる大陸氷床の融解を引き起こすトリガーは何かという点である。ミランコビッチサイクルによる日照変化と大陸氷床の不安定さが原因と考えられているが、まだ誰もが納得するようなシミュレーション結果はない。
 海底メタンハイドレートの崩壊はMillennial Cycleのトリガーになりうるだろうか? メタンの温室効果はCO2よりも大きいが、大気中の寿命は12年と短い。
=>地球温暖化に関する基礎知識
 もしメタンが大量放出されたら、次に何が引き起こされるのか? ずいぶん複雑みたい。
=>その他の温室効果ガスの増加<複雑なプロセス>
=>地球温暖化抑制のためにはNOxとCOの同時排出抑制が有効
■グリーンランド氷床と南極大陸氷床
 この問題が解明されるヒントが南極氷床コアにあった。
 グリーンランド氷床コアに現れているダンスガード周期と同様に、南極大陸氷床コアにもMillennial Cycleが見出されているが、前者は急激な温暖化と緩やかな寒冷化であるのに対し、後者は緩やかな温暖化と緩やかな寒冷化であり、気温の振幅もグリーンランドより小さい。

 南北の氷床コアの年代を精度よく対応付けることはなかなか困難であり、かつてはこの Millennial Cycle の温暖化と寒冷化が南北とも同期して起こると考えられていたが、南北半球が同時に温暖化又は寒冷化することに疑問が出され、南北の間の位相差を見出す努力がなされた。
 その結果、以下の論文では、南半球での昇温が北半球の昇温より1,000〜2,500年ほど先行していることを示した。
 彼らは、氷床コアの気泡に含まれている大気中メタン濃度の急上昇が南北とも同時期と見なせるとして、それによってグリーンランド氷床コアと南極大陸氷床コアの年代の対応付けを行った。その際、氷床コアの年代と気泡の年代のズレを精度良く見積もるとともに、Be濃度のピークで検証している。

●White, James W. C. & Steig, Eric J.,"Timing is everything in a game of two hemispheres" (PDF), NATURE, Vol.394, pp.717-718, 1998
●Blunier, T., Chappellaz, J., Schwander, J., Dallenbach, A., Stauffer, B., Stocker, T. F., Raynaud, D., Jouzel, J., Clausen, H. B., Hammer, C. U. & Johnsen S. J.,"Asynchrony of Antarctic and Greenland climate change during the last glacial period", NATURE, Vol.394, pp.739-743, 1998

■シーソー理論と熱帯太平洋への着目
 また、以下の各論文では、Millenial Cycle の原因としてこれまで注目されてきた北部北大西洋ではなく、熱帯太平洋に注目している。
 グリーンランドと南極大陸の Millennial Cycle が同位相である場合と逆位相である場合とがあり、そのメカニズムとして、南北のシーソーの支点に位置する熱帯が何らかの役割を果たしている可能性が指摘されるようになった。
 さらに、M. A. Caneらが ENSOモデルを15万年にわたって駆動したところ、通常の ENSO Cycle を上回る大きな振幅の Millennial Cycle が現れたことから、熱帯太平洋が注目され始めたわけである。

 これまで、大西洋側では炭酸塩の補償深度が深く、中央海嶺付近の水深4,000mの深海で採取される良好な状態の堆積物コアから水温変動が精度良く復元されている。一方、太平洋側では炭酸塩の補償深度が水深2,500m当たりの大陸斜面にあるため、良好な状態の堆積物コアの採取が難しい。このため、太平洋側での高解像度な古海洋復元が遅れており、今後、この方面での研究の進展が強く望まれる。

●Mark A. Cane,"A Role for the Tropical Pacific", SCIENCE, Vol.282, pp.59-61, 1998
●Thomas F. Stocker,"The Seesaw Effect", SCIENCE, Vol.282, pp.61-62, 1998 (PDFファイル)
●Thomas F. Stocker and Olivier Marchal,"Abrupt climate change in the computer: Is it real?"
●Peter U. Clark, Nicklas G. Pisias, Thomas F. Stocker & Andrew J. Weaver,"The role of the thermohaline circulation in abrupt climate change"
●Charles, Christopher,"The ends of an era", NATUER, Vol.394, pp.422-423, 1998

ほぼ解明?
 この謎が2004年にようやく解明された。
Knutti, R., Fluckiger, J., Stocker, T. F. & Timmermann, A., "Strong hemispheric coupling of glacial climate through freshwater discharge and ocean circulation",. Nature 430, 851-856 (19 Aug. 2004).

 上記論文で、ECBILT-CLIOという大気・海洋・海氷結合モデルを使って再現している。
 まず北半球の大陸氷床から北大西洋への淡水流出(Heinrichイベント)によって、海洋熱塩循環が停止。ここまでは過去の計算と変わらず。

 ここで淡水流入が10^6m3/sにドンと増やすとこれまで知られなかった現象が現れる。これは大量の淡水流入で局所的な密度勾配が生じ、それがケルビン波、ロスビー波として大西洋内を伝播し、膨大な量の熱が10-20年という高速で南大洋に輸送される。

 これによって、北太平洋周辺が寒冷化すると同時に南大洋の海面水温がなんと1.5度も上昇。その後、南半球の温暖化が元に戻り、熱塩循環が再開するとここで北半球の急激な温暖化が再現されたというわけ。その間、南大洋は再び寒冷化する。

 特にグリーンランドが最も高い気温上昇を示す。つまりグリーンランド氷床コアの記録は、地球上で一番極端な変動を記録していたというわけ。これに伴う海面上昇の方は、南大洋の温度上昇パターンに300〜1500年遅れて海面が10〜35m上昇する。

 上記論文以降の動きとしては、南大洋の海面水温が1.5度も上昇した時に南極大陸氷床はどうなったかということ、また海洋熱塩循環が停止した際に、海洋の炭素循環はどうなったか、そもそも北半球の大陸氷床が融解したきっかけは? など、まだ気になるところはありますが、まあ、なんとなく納得できました。

■間氷期における Millennial Cycle
 あと気になる点は、グリーンランド氷床データによると、10万年前、20万年前・・・の間氷期の気温ピークが現在よりも3度高い点。人的影響がなく大気中CO2が280ppmに留まっていたのに3度高かったということは、現在ですでに365ppm、将来は600ppm以上になると、いったい何が起こるかという点。

 以下の論文では、中緯度での湖沼掘削の成果として、グリーンランドや南極大陸ではあまり顕著な気温変動が見られない完新世においても Millennial Cycle が存在することが見出されている。
 中・低緯度に強いシグナルを見せる気候変動の原因として、上記の Millennial ENSO が注目され、今後、完新世での湖沼掘削とピストン・コアリングの連携も重要である。

●福沢仁之, "氷河期以降の気候の年々変動を読む", 1998, 科学, Vol.68, pp.353-360


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