■荒天域への対応
「みらい」は荒天域での観測作業を安全に行えるように、以下のような考えうる限りの対策を講じている。●大きな乾舷と深い喫水
ここで、従来の造船設計に用いられている船舶通報ベースの波浪スペクトラムは、荒天回避の影響があって「みらい」の検討には不適ではないかとの懸念が指摘された。このため、船舶通報のほか、全球気象予報モデル(世界の陸上及び船舶の気象観測データが反映されている)の海上風と波浪モデルを用いて計算された波高データ(波浪追算:Hind Casting)や、太平洋沿岸に展開された日米の気象観測ブイのデータも参考にしたうえで十分な復原性を有するとの結論を得ている。
これは質量100トンの台車を円弧状のレールの上で左右に揺動させるもので、レールの傾斜による復原力(パッシブ)と台車のモーターによる加減速(アクティブ)のハイブリッド型とすることによって、幅広い出会い波周期に対して比較的小さい容量のモーターで台車の運動制御を実現している。
本装置の原理は、端的に言えば、二重振り子として船体の横揺れ運動エネルギーを減揺装置の運動エネルギーにシフトさせるものと考えればよい。その減揺効果は、台車が船体中心線より変位することによる成分と、台車の加減速によりレールの接線方向に働く反力による成分の2つからなり、これらの減揺モーメントが横揺れ運動に逆らう方向に働くように台車の運動が制御されている。このうち、後者の反力効果をできるだけ大きくするするために、本装置は水線上のなるべく高い位置に装備している。
本装置は、いろんな出会い波周期において所定の振幅で揺動させるために台車を加減速することで消費電力又は回生電力が発生する。すなわち、横揺れ角が小さい間は、モーターの駆動力によって台車を積極的に揺動させ、一方、横揺れ角が大きくなればモーターをブレーキとして用いて台車の揺動を抑制しつつ横揺れを減揺する。このため、モーターの容量を大きくすれば装置の運転限界を広げることができるが、一方、モーターを過大にすると装置の固有周期が長周期側にずれるため、通常出会う波に対する消費電力が大きくなってしまう。
このため、本装置の使用条件に制限を設けることとし、観測機器のハンドリングを行うシーステート4〜5で最も減揺効果をあげることを優先し、シーステート6を越え、過大な回生電力を生じる状況下では装置を停止することとした。この条件の元で、装置の固有周期を13秒、モーターは110kWを3台とした結果、海上試験では横揺れ角で約50%の減揺効果を確認している。
このハイブリッド減揺装置についても、当初、実船での運用経験がないものを採用することに懸念を抱く声があったが、40tマスの装置を699総トン貨物船に搭載した実船実験の実施、故障樹解析(FTA: Fault Tree Analysis)による故障率評価、加振防止措置、最も厳しい海象下で装置が異常停止した場合の復原性、磁力計など他の観測設備への影響など、さまざまな検討を行い、採用することを決めた。
●耐氷構造(アイスクラスIA)
「みらい」の船首形状は旧船体を流用しているため、最新の造船技術からすれば造波抵抗の面で不利であるが、深いV型であるため、氷片が船底に流入しにくい。氷海水槽試験で0.6mの破砕氷に相当する状態で模型試験を実施したところ、氷片が船底のソーナードームやサイドスラスタや推進器に流入せず、また、必要な操船が行えることを確認している。
a)暴露部
これまで述べてきたように、「みらい」は赤道から氷縁域までにおいて世界で唯一の能力を持った観測船である。このために、1隻しかないこの「みらい」に非常に多くのミッションが求められると考えられる。その能力を最大限に発揮できるように、ハードとソフトの両面から効率性についてもできるだけの対策を講じてきた。●観測効率の向上
a)観測設備と研究室配置の最適化
最も頻繁に使用されると考えられるCTD採水器、ピストンコアサンプラー、TRITONブイについては、第一に、荒天時においても機器の着水揚収、船内への取り込み等の作業が安全かつ迅速に行えるように、前述した荒天対策を講じているほか、キャッチャー、移動台車、リフトなどの設備を備え、なるべく吊り下げ状態を作ることなくハンドリングできるようにしている。
b)ミッション交換の迅速化第二に、試料の処理、分析、保管までの一連の作業を効率よく行えるように、研究室や保管庫の配置に留意し、研究室内の分析機器等の配置について実物大模型試験(モックアップ)を実施して最適化している。
船尾Aフレームクレーン(最大荷重:22t)は、異なるケーブルや治具を必要とする以下の観測機器をハンドリングできるものとするため、その設計には試行錯誤を繰り返した。
●船体固定観測設備による航走中の観測
・TRITONブイ(ワイヤーケーブル)
CTD採水器は試料汚染(コンタミネーション)を防ぐために油塗布しない同軸ケーブルと専用シーブを必要とする。一方、大きな荷重を受ける深海曳航体やピストンコアサンプラーには特殊ジンバルシーブが必要である。TRITONブイのハンドリング時には特殊ジンバルシーブやCTDキャッチャーを外す必要がある。
・大型CTD採水器(油塗布しない同軸ケーブル)
・ピストンコアサンプラー(ワイヤーケーブル)
・6,000m深海曳航体(電気光ファイバー複合ケーブル)
このため、これらのミッションを迅速に交換できるように、第一に、特殊ジンバルシーブやCTDキャッチャーをできるだけ洋上で交換可能な構造とした。第二に、採水器用同軸ケーブル、ピストンコアサンプラー用ワイヤーケーブル及び曳航体用光ファイバー複合ケーブルについては、巻き取りウィンチだけでなく、トラクションウィンチ、スエルコンペンセータ、転向シーブも3組を用意することによって、ミッションの交換を迅速に行えるようにしている。このほか、甲板上の可搬式の曳航式プロトン磁力計ウィンチや4,000m曳航体用ウィンチについても観測ブイハンドリング作業と干渉しない位置に常設することによって、観測機会をできる限り増やせるよう配慮している。
甲板上の作業を必要としない観測手段として以下のような船体固定の観測設備を充実させることによって、同時並行して多くの観測を実施できるようにしている。
●観測技術員の活用
気象観測:ドップラーレーダー、ラジオゾンデ自動放球コンテナ、総合海上気象観測装置
海洋観測:表層海水連続分析装置、大気ガス採取装置、波高計、海洋レーザー、音響式流向流速計ADCP(ドップラープロファイラ)
固体地球:船上3成分磁力計、船上重力計、SeaBeam 2112(マルチナロービーム測深機、サイドスキャンソーナー、サブボトムプロファイラ各機能を含む)
専門の観測技術員を確保することによって、基本的な観測項目についてはどのような航海においても一貫して観測を実施することとし、「みらい」を最大限に活用できるようにしている。
地球規模で観測を行う「みらい」は観測航海が長期にわたることから、必要な洋上の研究環境を確保している。
●研究室
採水や堆積物試料など、洋上での迅速かつ精度の高い分析が必要とするものを洋上で処理できるように、以下の研究室を備えている。
●船内データ管理システム
気象観測:ドップラーレーダー室、気象観測室、大気ガス観測室
また、ミーティングやリフレッシュのために、大会議室、図書室兼小会議室、娯楽室(洋室、和室)、運動室、サウナを備えている。
海洋観測:生物・化学分析室、生物・化学試料処理室、低温実験室、表層海水分析室
固体地球:ドライラボ、セミドライラボ、ウェットラボ、堆積物試料保管室、X線室、重力計室
共 通:調査指揮室、ネットワーク管理室、データ処理室、電子機器工作室
観測船としては世界最大規模の船内光LAN(基幹ネットワーク:100Mbps、支ネットワーク:10Mbps)と船内CATVを備え、観測データはリアルタイムで船内データサーバー上で共通フォーマットによりデータベース化され、さまざまな解析に利用することができる。
●衛星データ受信設備
さらに、インマルサット衛星やN-STAR衛星を経由して、世界中の研究所や同様の設備を持つ観測船との間でインターネットメールによるコミュニケーションを可能としている。
静止気象衛星であるひまわり・METEOSAT・GEOS、並びに、極軌道地球観測衛星であるNOAA・ADEOS・SEASTARの画像データを観測の現場海域において直接受信することができる。これによって特定の海洋構造に沿って観測できるなど、リモートセンシングと連携した効率的な観測が可能となる。
「みらい」はマルチナロービーム測深機、ドップラー流向流速計、音響航法装置などの水中音響機器を用いるため、水中放射雑音の低減が不可欠である。
このため、まず、翼面の負荷の減少とプロペラ没水深度の増大によりキャビテーションを減らすため、1軸から2軸に変更することとなり、これによって後部船体はほぼ新造に近い大改造となった。
また、主機関としてディーゼル電気複合推進システムを採用し、主機等の2段防振支持や制振材の使用、ハイスキュード可変ピッチプロペラ、フォワードスキュード・サイドスラスタの採用など、さまざまな水中放射雑音低減策を講じている。このほか、ソーナードームに気泡が流入してマスキング効果を生じないように、模型試験によりドーム位置、形状を決定している。特に「みらい」は従来の観測船よりも喫水が深いため、海象条件の悪い海域でマルチナロービーム測深機による観測を行う場合、雑音の少ない良好なデータが期待されている。
一方、船体前半部に旧船体を流用したことで大きな船首首飾り渦が生じること、また、耐氷プロペラとしたことから、プロペラのキャビテーションは発生しやすい欠点があるが、それでも航海速力16ノットで水深1万mまでのマルチナロービーム測深機による観測を可能とするとの設計目標をクリアしている。
観測船では長時間にわたる低負荷運転を強いたり、負荷を大きく変動させたり、運転モードを頻繁に切り替えたりする。このため、「みらい」では以下のように機関及び発電機の組み合わせをさまざまに変えることができる構成とするなど複雑なシステムとなっている。
・ディーゼル推進時は4台のディーゼル機関(1,838kW×4)で2軸のハイスキュード可変ピッチプロペラを回し、電気推進時は2台の電動機(700kW×2)によって固定ピッチモードでプロペラを回す(電気推進時は10ノット以下)。
このような複雑なシステムに対し、省力化及びヒューマンエラー防止のため、運転モードの自動切り替え等が可能な総合機関制御システム(MICOS)を採用している。
・発電機は、電気推進及び3台のサイドスラスタなどを賄うため、主発電機(2,200kVA×2)、主機駆動発電機(1,100kVA×2)、補助発電機(1,100kVA)を装備する。
・寒冷地でも主機を速やかに始動できるように、燃料油系及び清水冷却系だけでなく潤滑油系にも加熱器を有する。