■海洋深層水

 海洋深層水商品がブームになってきた。論文に基づいて「海洋深層水」の利点を探る。

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2004年2月28日更新

●海洋深層水はアトピー性皮膚炎に効くのか?
 アトピー性皮膚炎は、マクロファージ系細胞が外来の異物や細菌を食べて、抗原を出し、それによってT細胞が活性化し、最終的に肥満細胞好酸球ヒスタミンなどの炎症物質を出すことによって引き起こされる。
 アトピー性皮膚炎は、IgE(血中の抗体)値の高いTh2(液性免疫)優性型と、IgE値の低いTh1(細胞性免疫)優性型に分類されている。(「Th」は「ヘルパーT細胞」のこと)
 従来より海水浴療法は効果があると考えられてきたが、可能な季節が限られること、また、紫外線や混在細菌等による悪影響の問題があった1)。
 野村ら2)は、海洋深層水はアトピー性皮膚炎の治療に56%の有効率で効果があり、かつ、Th2優性型の患者で有効率が高く、Th1優性型の患者で有効率が低いと報告している。

 高木ら4)は、マクロファージ活性化物質が表層水よりも深層水により多く存在することを示し、その有力なT因子としてエンドトキシンを同定。
 患部の免疫担当細胞がエンドトキシンによって活性化され、Th2優性型からTh1優性型にThバランスが変化する。これによってTh2優性型のアトピー性皮膚炎患者においては症状の改善が見られ、Th1優性型の患者についてはさらに悪化したと推測している。
 この研究のきっかけを作った国立小児病院アレルギー科の野村医師は、

1) ダニなどの抗原を除去するための環境整備
2) ブドウ球菌をシャワーなどで1日2〜3回洗い流す
3) 上手にステロイドホルモンの塗り薬を使う

3点がなによりも大切としており、それを完全に行ったうえで、次の段階の治療として特定のタイプの患者には深層水浴が有効であるとしている。

 別の角度からの研究として、太田ら5)は、皮膚表層の健全な角層の形成にミネラル成分が関与していること6)に着目。深層水から過剰塩化ナトリウムを電気透析法で除去。ケイ酸とカルシウムによる角化促進効果を確認している。

 また別の研究として、久保ら7)は、富山湾の深層水から単離した珪藻Navicula directaの水抽出液に抗アレルギー活性の指標とされている Hyaluronidase阻害特性を測定。市販の抗アレルギー剤のクロモグリク酸ナトリウムより4倍も高く、熱や広い範囲のpHに対して安定であるという。深層水自体に抗アレルギーの効用があるという意味ではない。

1) 宮地良樹編 (1996)「アトピー性皮膚炎治療−最新のトピックス」より、椿俊和ほか「アトピー性皮膚炎と海水浴」209-218、先端医学社
2) 野村伊知郎ほか (1995)「海洋深層水によるアトピー性皮膚炎の治療」、アレルギーの臨床、Vol.16(6)、p.37-40
3) 高木邦明ほか (2000)「海洋深層水のマクロファージに及ぼす影響」、海洋深層水研究、Vol.1(1)、p.13-18
4) 高木邦明ほか (2001)「マウスマクロファージ活性化を指標とした海水中のエンドトキシン様物質の分析」、海洋深層水研究、Vol.2(1)、p.15-21
5) 太田裕紀子ほか (2002)「富山海洋深層水の正常ヒト表皮細胞に及ぼす影響」、海洋深層水研究、Vol.3(1)、p.15-19
6) Mauro. T.et al.「Acute barrier perturbation abolishes the Ca2+ and K+ gradients in murine epidermis」、J. Invest. Dermatol、Vol.111、1198-1201
7) 久保義博ほか(2002)「海洋深層水由来珪藻抽出物のHyaluronidase阻害特性」、海洋深層水研究、Vol.2(2)、p.71-76

深層水の古さ?
 ブロッカーのコンベアベルトの図を示して、北大西洋アイルランド沖で沈降してから2000年の古さであることを謳っている商品、温泉をよく見掛けます。日本周辺の水深数百mの深さの深層水であれば、おそらくオホーツク海、ベーリング海起源で、もっと若い(10年〜数十年?)ものと思われます。日本海で700年とか。ただし、10年以上も昔なら十分古いと思うし、そもそも古さ・熟成度になんらかの効用があるかは不明。若いからといって効用が劣るかどうかも不明。

1) 稲葉栄生ほか(2001)「駿河湾300m層の流動と水温の変動」、海洋深層水研究、Vol.2(1)、p.1-8
2) 木下淳司ほか(2002)「小田原沖海洋深層水の栄養塩類特性について」、海洋深層水研究、Vol.3(1)、p.7-13

高水圧のため水のクラスター(水の分子集団)が小さいのか?
 「水のクラスター」とは水分子が水素結合で集団になったもの。たぶん、常圧に戻した時点で普通の水に戻ってしまうような気がするが、果たして・・・?
 水のクラスターとNMR(核磁気共鳴)については以下のサイトが大変参考になる。
=>水の話(お茶の水女子大学冨永研究室のサイト冨永研究室びじたー案内より。「水のクラスター−伝搬する誤解−」など必読! ついでながら、活性酸素などの話も参考になる。)

海洋深層水はミネラル摂取方法として問題ないのか?
 海洋深層水が飲料水として商品化されるとは、研究開発に着手された20年ほど前には誰も予想しなかった。その後、清浄な深層水であれば逆浸透膜法で容易に淡水化できることが明らかとなった。除去した栄養塩のうち濃すぎるNaClの濃度を抑えたうえで元に戻すことも可能となった。

 赤穂化成(株)は、自社製品「天海の水」について、以下の論文で深層水のミネラル比が人の体液と似ていること、逆浸透膜装置と加熱濃縮装置を使って塩化ナトリウム以外のミネラルはほとんど保存することが可能となったと報告している。

1) 中川光司ほか(2000)「海洋深層水のミネラル供給源としての利用」、海洋深層水研究、Vol.1(1)、p.1-4

海洋深層水の汲み上げで海洋の肥沃化は可能か?
 これまで深層水の生物生産への利用は、陸上の水槽に汲み上げての利用に限られている。将来的な夢は、海域に深層水を湧昇させて、自然界の湧昇域のような豊かな海を作り出すことである。
 しかしながら、単純に汲み上げた深層水を海面に撒くだけでは、冷たい深層水がすぐに沈降してしまうようだ。 誤解の元になりそうなものに「湧昇堤」というのがある。底層流の強い海底にたかだか数mの高さの堤防状の構造物を置くことで水深200〜300mの深層水を表層まで上昇させるというのは難しそうな気がする。

 その後、深層水が有光層(水深30m前後)に留まるようにする方法がいろいろ試みられるようになってきたが、やはり難しいか・・・。
 (社)マリノフォーラム21では、相模湾三浦海丘付近の水深1,000mの海域にスパー型没水方式の浮体を1点係留。そこから長さ175mの海洋深層水汲み上げ用ライザー管(内径1,000mm)を垂らして深層水を組み上げる海洋肥沃化装置「拓海」による実験を開始している。ただ、相模湾はそもそも漁場として比較的豊かな方のように思われるが、そんな場所で効果が評価できるのか、いろいろ心配。
=>東亜建設工業

1) 瀬戸雅文ほか(2000)「深層水湧昇利用に向けた内部波エネルギー調査」、海洋深層水研究、Vol.1(1)、p.23-26
2) 乃万俊文ほか(2001)「連続成層下における深層水の湧昇技術」、海洋深層水研究、Vol.1(1)、p.49-55
3) 高月邦夫ほか(2002)「海洋深層水の新しい放水方式の検討」、海洋深層水研究、Vol.3(1)、p.31-40

 ちなみに、昔、太陽光を光ファイバーで300m以深に導入して、海底を緑化しようという研究があった。第一に集光器の面積以上の光を海底に導入することはできないし、曇れば極端に光量が減る。別手段で発電して海底で照明を点すほうが合理的と判明。さらに、深層水だけでは植物プランクトンは増殖せず、表層水と混ぜるなどしなければいけないことが判明しているようだ。

海洋温度差発電による汲み上げ?
 佐賀大学の上原サイクル(ランキンサイクルを用いたクローズド式海洋温度差発電システム)はなかなか優れものらしい。

磯焼け対策に有効か?
1) 藤田大介(2003)「海洋深層水をかけ流した磯焼け地帯転石の植生回復 II」、海洋深層水研究、Vol.4(1)、p.1-9


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