■ハインラインの開拓者精神

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1999年10月14日オープン

 ハインラインに最も多く登場するのは、新しい惑星への入植というテーマではないだろうか?
 ところが、ハインラインの「入植」というのは、ロビンソン・クルーソーのような知恵と工夫で快適な生活を築く夢のあるものではない。
 彼の作品では、生活の利便さが、さまざまな道具、発明、職業、制度などの歴史の膨大な積み上げの上にあることを冷徹に認識するところから始まる。そうして蓄積された資産が期待できない新しい世界で人間はどう生き抜いていくのかを厳しく問う作品が多い。

 「疎外地」では社会制度が整っていない世界での自由がいかに厳しいものかを問う。「未知の地平線」でも高度管理社会を単純に批判するよりも、むしろ不平分子の視野の狭さを批判していることが注目される。
 「月は無慈悲な夜の女王」では、税金ではなく実費徴収の社会システムの世界を描き、そして月から地球に送る米と同じだけ地球から月に水が送られなければ、飢饉が避けられない世界を描くことによって、「無料の昼食はない(タンスターフル:There Ain't No Such Thing As A Free Lunch )」ことを説く。

 このように、あって当たり前でその恩恵に気付くことのない水や空気のように、社会制度や政治についても、それがなければ人々がどんなに困ったことになるかを気付かせる。

 そのうえで、ゼロからスタートする人々に熱い声援を送る。「栄光の星のもとに」では少年が1文なしの食器洗いからスタートする。「銀河市民」では奴隷からのスタートだ。「帝国の論理」でも弁護士が突然、奴隷の身に投じられてしまう。「夏への扉」の主人公は恋人と親友に裏切られたどん底からのスタート。『月を売った男』ではD.D.ハリマンは原子力衛星が失われたにもかかわらず、月面での入植地の市長となるという熱意を抱いて、政府の援助なしにスタートする。

 それから、安易で無鉄砲な勇気ではなく、勉強し工夫し知恵を凝らし努力で立ち向かっていくべきことの大切さを説く。入植地での備えについてのハインラインの描写は徹底している。「自由未来」の核シェルター、「ガニメデの少年」でのテラ・フォーミングと土壌作りまでを含むリアリズム、『ルナ・ゲートの彼方に』でのサバイバルは、政治・法律システムを作り上げるところまで徹底する。「愛に時間を」のある養女の話での開拓者生活でも、そのリアルな描写はSFであることを忘れさせるほどである。

 そこで、ハインラインが伝えたいこと、それは、ゼロからスタートできる人とは、与えられた状況をちゃんと認識しつつ、でも既成概念に縛られずに、新しいことを切り開いていける人である、ということではないだろうか。


ハインライン