御三家のアシモフ、クラーク、ハインラインの中で、ハインラインのみが海洋SFを一つも書いていない。
「海底牧場」と「イルカの島」で有名なアーサー・C・クラークは、自らもスリランカでスキューバ・ダイビングを楽しみ、短編「輝くもの」、「グランド・バンクスの幻影」などの海洋モノのほか、海溝型巨大地震の予測と制御を扱った「マグネチュード10」、地球環境変動と生命進化史、さらには地殻内完全独立栄養生態系までが登場する「過ぎ去りし日々の光」、エウロパの生態系の登場する「2010」など、地球科学への造形が深い。
海洋SFはないと思われたアシモフも、短編「ウォータークラップ」(”水雷”の意味)でプエルト・リコ海溝の底にある海底植民地「オーシャン・ディ−プ」を舞台とした海洋SFを書いている。「ミクロの決死圏」も原子力小型潜航艇<プロテュース号>が活躍する点では海洋SF的である。
古典ではどうだったかというと、ご存知、不朽の名作「海底2万リーグ」を書いたヴェルヌは、ほかにも「動く人工島」で浮遊人工都市<スタンダード島>を舞台とした海洋SFを書いており、さらに「地底旅行」が有名。巨大な大砲を利用した「地軸変更計画」という作品(「月世界旅行」の続編)もある。
コナン・ドイルは「マラコット深海」
エドガー・アラン・ポーは「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」で地空世界の存在を匂わせた海洋冒険小説を書いている。
ウェルズは短編「深海にて」で、カエルに似た疑似人間と海底都市を登場させている。
その他の主要なSF作家を見てみよう。レイ・ブラッドベリは「霧笛」で恐竜の生き残りが登場。
「砂の惑星」で有名なフランク・ハーバートは「21世紀潜水艦」が処女作だった。
「ゲイトウェイ」シリーズで有名なフレデリック・ポールはジャック・ウィリアムスンとの共作で「ジムくんの海てい旅行」、「深海の恐竜」及び「海底の地震都市」からなる深海三部作を書いている。
マレイ・ラインスターには「青い世界の怪物」がある。
ロバート・L・フォワードの「ロシュワールド」では、惑星表面探査航空機<マジック・ドラゴンフライ号>が50気圧の圧力に耐えて水とアンモニアの海に潜る場面がある。
このように、海洋SF作品を一つも書かないというのはむしろ不自然な気がするぐらいであるが、ハインラインはひとつも書いていない。どうしてだろうか?
ハインラインは空母レキシントンに乗り組み、その後駆逐艦ローパーで体調を崩し、結核になって中尉か少尉の位で退役。奥さんのバージニアも元海軍中佐だった。矢野徹さんによると、ハインラインが亡くなった時、バージニアは海に散骨して欲しいとの遺言を実行し、バージニアが亡くなった際も海に散骨している。このようにハインラインは海に詳しく、また、海への愛着もひとしおだったらしい。
それなのになぜ書かなかったのか? 海軍で苦労したためか、海へのこだわりが強すぎて書けなかったのでは、というのが矢野徹さんの推測である。