ハインラインの作品を執筆年順に並べてみると、いくつか奇妙な逆転現象が見られる。
1940年出版の「爆発のとき」で、エネルギー衛星が誕生する経緯と爆発する可能性が書かれているが、その続編は、10年も経った1950年にようやく「月を売った男」が出版され、エネルギー衛星が爆発したせいで、化学燃料で初の有人月面到達に挑まなければならなくなった企業家ハリマンの物語が書かれている。
それはいいとして、そのハリマンの晩年の物語「鎮魂歌」は、不思議なことに10年前の1940年に出版されてしまっている。
短編集では1950年「月を売った男」の後に1940年「鎮魂歌」が収録されているが、続けて読んでもなんの違和感も感じず、出版年に10年もの逆転があるとは思えない。
別の例として、1948年に出版された「深淵」の続編として、36年も後の1982年に「フライデイ」が出版されている。36年間というのはかなりの長年月であり、その間に34作品も書かれている。時間的逆転はないものの、なぜまたこんなに昔の作品の続編をこれだけ経ってから書いたのだろうか。
同じく時間的逆転はないが、1939年出版の「不適格」で登場するアンディ・リビイが、それから19年も後の1958年出版の「メトセラの子ら」に再登場する。が、こちらは「メトセラの子ら」の単行本としては1959年に出版されたが、雑誌掲載は1941年からなので、矛盾はない。
当時、雑誌掲載から単行本出版までかなりの年数を経ることが多かったようなので、それに惑わされないようにしなければならない。
時間的逆転のある他の例として、1966年出版の「月は無慈悲な夜の女王」の月革命で活躍した少女ヘーゼル・ストーンは、その14年前の1952年に出版された「宇宙の呼び声」でおばあさん役で登場、さらに、その33年後の1985年に出版された「ウロボロス・サークル」に意外な形で再登場する。
「宇宙の呼び声」の中に月革命でのエピソードがちらほら登場するが、まさに「月は無慈悲な夜の女王」で起こったことを昔懐かしく思い出すかのように書かれている。
わずかな時間的逆転ではあるが、1949年に書かれた「果てしない監視」は、犠牲的活躍をしたダールクィスト中尉の物語であるが、その1年前に書いた1948年「栄光のスペースアカデミー」ではダールクィスト中尉は伝説の男として登場するが、どんな活躍で称えられたのか、全く触れられておらず、あたかも「果てしない監視」が出版済みであるかのように扱われている。
同時期に執筆して完成年が違うと考えられないこともないが、先に出版された「栄光のスペースアカデミー」の方がずっと長編であり、それより後に出版された短編の「果てしない監視」の方が先に執筆開始していたとは考えにくい。
それに、この「栄光のスペースアカデミー」にも奇妙な点があって、ハインライン全作品の中でも実現性の高い未来予測が多く盛り込まれている。1948年に存在しなかったものを書く場合、普通は丁寧な描写が伴うものだが、あたかもありきたりのもののように素っ気なく書いている。
これらの疑問をうまく説明しようと思ったら、以下のようになる。
ハインラインは先ず「爆発のとき」、「月を売った男」、「鎮魂歌」の執筆を同時期に開始し、1940年に「爆発のとき」と「鎮魂歌」のみを出版したのち、8年間の人工冬眠。
目覚めて1948年に「深淵」を出版。翌1949年に「果てしない監視」を出版、さらに長編であるため完成していなかった「月を売った男」を翌1950年に出版したとする。
次に、人工冬眠の期間を2倍の16年間に伸ばし、1966年に「月は無慈悲な夜の女王」を出版した後、そこで革新的技術を得て18年過去にタイムトラベル。
そこで1960年代の知識をもとに「栄光のスペースアカデミー」を執筆して1948年を出版、1952年に「宇宙の呼び声」を出版してから、一気に30年後の1982年までロング・スリープして「フライデイ」、1985年に「ウロボロスサークル」を出版・・・と考えると辻褄が合う。
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