矢野徹さん、安らかに

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2004年11月1日更新

 ハインライン作品の翻訳の多くを手がけてこられた矢野徹さんが2004年10月13日に大腸がんで永眠されました。81才。
 矢野徹さんは日本のSF界の草分け的存在であり、日本SF大会にも多大な貢献をされてきて、「孤島ひとりぼっち」でも有名ですが、私にとってはハインライン=矢野徹さんでした。ですが不運にも矢野徹さんのパティオ(nifty)「狂乱酒場」の存在を知って入ったのが1年半ほど前。
 ほかのハインラインのファンサイトがみんな休眠状態になってしまっているこの頃、ハインラインのことを聞ける人、それももっとも近い存在の矢野徹さんと言葉を交わせるようになって、でもその期間がこんなにも短かったとは。
 これなら去年の栃木のSF大会で引っ張り出しておけばよかった。来年の横浜なら近いからと待ったのがこんなことに。
 矢野徹さんは本当にハインラインのことが好きでした。西村屋サイトのハインライン・ページを読んで、「負うた子に教えられたとはこのこと」とおっしゃって喜んでくれました。最近もハインライン・ページが西村屋サイトで一番アクセス数が多くなったと話したら、大変喜んでおられました。
 登場人物では「月は無慈悲な夜の女王」のコンピュータのマイクがお好きでした。なぜハインラインが海洋SFを書かなかったか理由を尋ねたら、本人も妻も元海軍軍人で、死後やはりともに海に散骨するほど海には強い思い入れがあったはずだが、海軍時代は辛い思い出が多すぎたのかもしれないとのことでした。
 ハインラインはハト派なのかタカ派なのかという話題では、ハインラインは実は社会主義者だ。酒を飲んだときは共産主義者かと思えたぐらいという意外な話、それから無神論者としか思えないのに敬虔なキリスト教徒だった、だけどやはり無神論者だったという話をうかがいました。
 これで全部です。まだまだ聞きたいことがあったのに、またそれを聞ける十分な時間があったのに、それが悔やまれます。ご冥福をお祈りします。



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