■海の恵みの銀化ビン

by 普及・広報課 山田 稔

海人のビューポート
 

2006年7月10日オープン

はじめに

 ”銀化ビン?”と聞かれてもイメージしにくいと思いますが、ガラスで一般に使われているものはソーダ石灰ガラスです。これが長い年月を経ると丈夫なガラスがしだいに劣化するのです。といってもガラスビンには濃塩酸をはじめ劇薬などの容器にもなっていますので、簡単には劣化はしません。しかし、条件によっては美しく煌めく"銀化現象"を経て劣化するのです。
 銀化現象とは一般的には古いローマ時代のガラス容器が、土の中で500年〜1000年の刻を経てガラスが化学変化をおこして"煌めく"のを銀化ガラスと呼んでいます。
 今回紹介するのは、ローマ時代の古いガラスではなく、大正、昭和のガラスビンが海底の砂泥に30〜50年浸かっていると、ローマ時代の銀化ガラスと同様な銀化現象を起こしていることが確認されたので、"海の恵みの銀化ビン"としてご紹介します。

1.ガラスビンを海辺で拾う
 日本の沿岸ではシーグラスビーチグラスとも言う)がどこでも拾えますが、シーグラスの元は大半がガラスビンです。地域で使っていたガラスビンや窓ガラスなどがビン置き場や廃材置き場から台風などで流されて割れたかけらが海辺で荒波にもまれて、やがてシーグラスになっています。
 中には幸運にも割れずに海へ流されたガラスビンもあって、海底に長く埋まったままのものがあります。これが大きなうねりで海底が巻き返されると、昔のガラスビンなどが沖からの波で砂浜へ打ち上げられるのです。
 近くの海岸を眺めて下さい。以下の条件を備えていると、きっとガラスビンが拾えるはずです。
@ 湾口まで遠浅の浜が続いている できれば水深数メートル以内が良い。
A 湾の奥が深く入り込んでいる。
B 昔からの市街を通る川が湾奥へ流れ出ている。
C 湾口から奥へ向けてうねりや波が入ってくる。
D 海岸には古い陶器の大きめのかけらが打ちあがる。
E シーグラスもあまり角がすり減っていないのが打ちあがる。
F ときどき入れ歯がみつかるような浜は生活に使っていたものが打ちあがる。
 このような海岸では、大きなうねりが来た後の2〜3日後にビンが打ちあがることが期待されます。
 海底に埋まっていたガラスビンは堆積物ですから、近くの地域で昔使われていたもので、歴史的な価値があるものもあります。例えば、明治・大正時代に使われていた古いガラスビン、コルク栓のインクビン、コバルトブルーで目立つ目薬のビン、凹凸文字(エンボス)で書かれた白髪染めや右横書きのクスリのビンなどです。これらはガラスの中に気泡が入っていたり、ビンの口が曲がっていたりとゆがんだ形になったりと粗雑な作りが読み取れます。しかし、当時の生活の証人でもありますので存在感があります。
 海から打ち上げられたビンの中には、透明なガラスなのですが、ブルーやシルバー、ゴールドなど虹色に煌めいているガラスビンがあります。これらをよく見ると、いずれもガラスビンの内部の表面が光を反射して煌めいています。私たちはこの煌めくガラスビンを"銀化ビン"と呼んで大事にしています。



2.銀化ビンとは?
 "銀化ビン"は、透明なビンが大半ですが、コカコーラのビンのような薄いグリーンのビン、茶色のクスリビン、黒いクスリビンなども"銀化"しているものがあります。
 海からの"銀化ビン"は、何と言っても海の底で長い間はぐくまれて、はじめてガラスが化学変化を起こして"煌めき"が形成されるものですから、さしずめ"真珠"のように価値あるものと言えるでしょう。 古いビンは存在価値があって窓際などに並べて飾っている方もいますが、同じように窓際に一緒に"銀化ビン"を並べると"銀化ビン"が一層輝いてみえます。

 (1)いつ使われていたガラスビンが銀化するのか
 ほのかに煌めきはじめたブルーのガラスビンを調べてみました。最初は森永の牛乳ビンです。180ccのこのビンはエンゼルマークが肩の所に描かれています。この特徴から昭和30年代(約40年前)のビンであることが分かりました。
 次は調味料のビンです。味の素のハイミーのビンです。このビンは昭和40年(40年前)のものです。
 飲料水のビンも製造年が書かれているものがあります。特にコカコーラは胴のくぼんだ箇所に西暦の下2桁が書かれています。また、容量の単位表示の ml の小文字や ML の大文字やロゴマークからも年代が分かります。こうして銀化していたビンは進駐軍が飲んでいたもので昭和25年(56年前)のものとわかりました。ペプシコーラのビンも銀化していましたが、このビンはペプシコーラとカタカナで書かれているので昭和45年(36年前)のものでした。
 このようにして比較的新しい(と言っても30年以上前のものですが)ものでも"銀化"しはじめているものがありました。仮にこの間全て砂泥の中に埋まっていたと考えると30年〜50年で海底の砂泥の中で銀化すると考えられます。

 (2)どこが銀化しているのか?
 集まった"銀化ビン"を観察してみました。まず、銀化したビンの形ですが、口の部分が狭い・小さいものが多いことです。コップ状のものや広口ビンなどの口の大きなものには銀化ビンが見られません。牛乳ビンの中にも銀化したものがあるので、口の大きさは牛乳ビンが限界なのでしょうか?
 次は外側ですが、海まで流されてきただけあって擦り傷、肉厚のビンの表面が剥がれていたりしたものがあります。外側は他に変わったところはありません。
 次はビンの内側を観察してみます。煌めいている層は、どのビンもガラスビンの内部表面です。内側全体が煌めいているものや、内側の半分ほどが煌めいているもの、肩の部分だけが煌めいているものなどまちまちです。場合によっては内側が流れたような縞模様があり、銀化の手前の状態らしきものもあります。
 銀化した層をツメでスジを引くと、一見ツルツルしたような中にも内側表面は角質化したような感じがあります。そしてツメの跡もスジで残っているので薄い膜が張ったような状態です。
 銀化ビンの中でも内側の銀化した膜がガラス面から離れて凹凸の状態になっているもの、ビンの一面の壁から剥がれて銀化した膜全面が浮いているもの、膜が剥がれてそれが細かくなって、ビンの中で逆さに振ると口の部分から落ちてくるものなどがあります。

 (3)どうして内部だけが銀化するのか?
 どうしてビンの内側だけが"銀化"するのでしょうか? 割れずに海底に堆積したガラスビンは、砂や泥の混ざった海底に埋もれていたようです。
 今のところ考えられるのは、
@ 海に流されてきたビンは重いので海底の砂泥に埋もれてしまい、ビンの中に海水とともに砂泥が入り込んでいる。
A ビンの中に入り込んだ砂泥にはプランクトンの死骸など有機物が含まれていて分解が進む。
B 有機物の分解によって中の海水から溶存酸素量が次第に減って、ビンの中は貧酸素状態になる。
C ビンの中では海水と貧酸素状態がトリガーとなってビンの内側表面からガラスの化学変化が始まる。
D 口の小さいビンでは中へ新鮮な海水が供給されずにガラスの化学変化が続く。
E 牛乳ビンのように広い口のビンでも海底の砂泥の中での姿勢しだいでビンの中に新鮮な海水が供給されないとガラスの化学変化が進む。
F 海底で30〜50年間このようなガラスの化学変化が進むとガラスビンが"銀化ビン"になって行く。
G どうして外側は銀化しないかと言えば遠浅の浅い水深の海底の砂泥の中は、潮の満引き、うねり、波の影響で新鮮な海水が出入りしているのでガラスビンの外側は銀化しないと考えています。
 (4)"銀化"とは何か?
 ガラスビンは一般にソーダ石灰ガラスからできています。このソーダ石灰ガラスは主に二酸化けい素、酸化ナトリウム 酸化カルシウムからできています。そして色を出すためにコバルトや鉄、銅などが加えられています。
 このソーダ石灰ガラスは、長年使っているとガラスに劣化がおこります。
 ガラスの透過率が低下したり、薄く曇りガラスのようになったり、白い曇り(白やけ)が現れたり、昔の写真乾板のガラス板が劣化して剥離がおき、虹色の膜ができることなどです。これらはガラス自体の変化によっておきています。
 海から拾ったガラスビンと同じ年代の骨董屋から買ったガラスビンを比べてみると、海からのものが劣化が進んでいるのが分かります。
 海底に長く浸かっていたガラスビンの銀化現象は、私にはうまく説明できませんが"銀化"の条件、つまり海水と砂泥と貧酸素状態が整うと、ガラスビンの内側の表層の酸化ナトリウムが少しづつ溶け出して、残った二酸化けい素の網状の薄膜が形成されるようです。この網状の薄膜が光を偏光させて虹色に見えるのです。さらに"銀化"が進むと薄膜が部分的に剥離してきます。そして更に進むと薄膜が壁面から完全に剥離してビンの中央にフィルムのように出てきます。こうなるのには海底の砂泥の中に数十年以上あることが条件のようです。



 おわりに
 浜辺に打ち上げられたガラスビンの中には、金色にきらめく"銀化ビン"が見つかることがあります。この"銀化ビン"は海底に数十年間もはぐくまれてはじめて銀化現象を起こすもので大変貴重なものです。まるで真珠のようなこの"銀化ビン"貴方も探してみませんか?


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