■軍用イルカとは何か?

by 山田 海人(かいと)

海人のビューポート
 
2003年8月12日オープン

出展:U.S. Navy Marine Mammal Program

1.はじめに
 今回のイラク戦争に軍用イルカが使われました。クエートに近いイラクのウムスカル湾の掃海に出動したものです。イルカの任務は、設置された機雷を見つけること、掃海艇で引けるように金具を付けることです。
Rigid Hull Inflatable Boatの中に横たわるバンドウイルカ。イラク戦争中のアラビア湾で.ジャンプしているバンドウイルカ。イラク戦争中のアラビア湾のUSS Gunston Hall (LSD 44)近くで訓練中。フィンに装着しているのは音響追尾装置。

 アメリカ海軍は1950年頃からイルカやアシカの能力を高くかっていていろいろ研究を進めるとともに飼育技術を高めてきました。そして今ではイルカやアシカも海兵隊の一員のように“大切な仲間”として扱っています。

 一般には、賢いイルカを戦争に引き込むのはけしからん、「イルカの日」のように爆弾を背負って船に向かうのではないかとの意見もあります。しかし、「海の地雷」である機雷は、だれかれ区別無く近寄る船舶を破壊し、多くの人々を苦しめています。この恐ろしい機雷を効率よく見つけて掃海する方法は現在イルカ以外に考えられないと言い切る米国海軍の意見も私は理解できます。

2.これまでの展開
 今、アメリカ海軍は、バンドウイルカ(Tursiops truncatus)、およびカリフォルニアアシカ(Zalophus californianus)の2種を保護し、訓練しています。サンデイエゴの施設ではこのイルカ・アシカを約250頭飼育するとともに2頭のベルーガ(シロイルカ)も飼育しています。
 これまでアメリカ海軍のイルカ・アシカチームが展開した場所は、国内ハワイ、サンフランシスコ湾、メイン、テキサス、アラスカなど14個所、国外ではドイツ、デンマーク、リトアニア、オーストラリア、プエルトリコ、グアム、バーレイン、韓国、ベトナム、イラクの11ヶ国です。
 この展開内容は、コードネームMK 4の海底のシンカーから中層に浮かぶ機雷の捜索と掃海作業、MK 6と呼ばれる湾内の不審者(ダイバー、船舶など)の警戒作業、MK 7と呼ばれる海底に設置された機雷(堆積物の中に埋まっている)の捜索と掃海作業、MK 8と呼ばれる最初の上陸作戦の折り、艦から岸までの浅い海域の安全ルートの確保作業です。
特に有名なのは1971〜2年のベトナム戦争、1986〜7年の湾岸戦争のバーレーンでの展開はMK 6と呼ばれる湾内の不審者(ダイバー、船舶など)の警戒作業でした。

3.アメリカ海軍のイルカ等の研究
(1)海棲哺乳動物の研究
 アメリカ海軍は海棲哺乳動物について1950年代後半から研究を始め、これまでバンドウイルカ、シャチ、ゴンドウクジラ、シロイルカ、カリフォルニアアシカ、ゾウアザラシ、オットセイなどいろいろな海棲哺乳動物の研究が行われました。

(2)機雷掃海のための研究
 これまでアメリカ海軍は、1950年以来19隻もの艦船が被害を受けていますがこのうち、14隻が機雷によって破壊されています。機雷には磁気機雷、音響機雷、圧力機雷などありますが、海底にシンカー(重り)があって機雷は浮力で浮きその間をワイヤーで接続されているもの、海底にそのまま設置されて、堆積物に埋まっているものなどがあります。いずれにしろ、海面下にある機雷の捜索は困難でソナーなど装備している掃海艇郡が専門の任務として行っているが極めて危険で捜索の難しい任務です。


訓練目標にマークするベルーガ


回収する飛行体を発見するMK 5アシカ

 これまでのイルカの研究で、エコーロケーション(イルカから出されたクリック音が対象物に当たり弾んでイルカに戻ることで"対象物が見える"のです、方位や距離、更には対象物の材質(銅とアルミ)の情報も分かるのです)と呼ばれる生物学的ソナーでイルカは機雷を80%も認識できる能力があることが分かりました。
海底から立ち上がった状態の機雷をはじめ、海底の泥の中に埋まっている機雷をも見つけたことには専門家も驚く能力でした。この能力を人工的に作ろうと海軍は試作品を作ってみましたがイルカの能力は遠く及ばず、機雷の場所を見つけるには、イルカが唯一有効な方法であるのが分かりました。
 ですから、1) イルカの知覚の能力; そして、2) イルカのダイビング能力。からアメリカ海軍はイルカを今後も重要な"仲間"と認識しています。

(3)不審者や不審船の警戒能力
 また、イルカのエコーロケーションは警戒水域内の不審者、つまり権限のない泳者(SCUBAダイバー、閉回路ダイバー)や水中スクーター、不審船に対しても有効なことが分かり、この分野の能力が高いアシカとともに作戦が展開され、1971年から1972年までのベトナム戦争と1986年から1987年までのバーレーンに配備されました。

(4)ダイバーとの共同作業
 海軍のダイバーにはいろいろな任務がありますが広い海の中で活動するダイバーにはイルカやアシカが貴重なアシスタントの役目を果たします。また、潜降能力も高く、減圧症の心配もありません。イルカとアシカはダイバーにとって高い信頼性があることが分かりました。
 その任務の一つにダイバーの支援として人食い鮫の排除があります。
 ダイバー作業では、これまで人食い鮫のアタックをたびたび受けていますので、サメ除け剤の散布や散弾銃の弾を銛のヘッドにつけてサメに突き刺すと火薬が炸裂して散弾が飛び出すもの(パワーヘッド)や、炭酸ガスをサメの腹部などに注入するもの(シャークダーツ、これは私も試作品を作りました)などいろいろな“サメ向けの武器”が使われサメを殺していました。
 しかし、イルカの「人食い鮫」の排除ではサメを殺さずに済んでいるようです。具体的には、イルカは大型の人食い鮫が近寄ってくると体当たりする、胸鰭を咬んで前進を止めたり、外側へ排除したりと「人食い鮫」を殺すことなくダイバー作業範囲から出してしまうそうです。これもアメリカ海軍はイルカ以外に出来ない任務と位置付けています。


海中でダイバーを支援するイルカ

(5)イルカの繁殖と健康管理
 イルカとアシカは1988年からは施設内で繁殖させられるようになったので、自然の中から捕獲はなくなりました。これら繁殖をはじめ多くの研究では、民間のイルカ・アシカトレーナーや獣医などが協力し、海軍からの海棲哺乳動物の800以上の論文が流体力学、知覚システム、解剖学、生理学、生態学、健康管理、外洋での取り扱い、および環境エコロジーを含む広い分野をカバーしています。そして、アメリカ海軍は海棲哺乳動物の保護活動も行うようになり、カリフォルニアアシカなどの捕獲禁止令など多くが海軍の提案で審議され施行され、保護区は海軍が責任をもって海洋環境を保護して、最も良い健康状態を維持できるよう配慮しています。

 現在飼育中のイルカ・アシカについては、健康状態をモニターするために血液検査、内視鏡検査、超音波検査などを行って、免疫システムの研究、DNAベースのワクチンの開発、および伝染病などを研究し、この大規模なデータベースは世界中の動物園や水族館で飼われているイルカ・アシカなどの治療などに役立つよう整理されています。


Open water training session

4.アメリカ海軍の海棲哺乳動物の作戦内容
 アメリカ海軍の Marine Mammal Program は Naval Warfare Systems Center のサンディエゴ (SSCサンディエゴ) のBiosciences部に置かれています。以前はサンディエゴの他にハワイ、フロリダにも関連施設があったのですが現在ではサンディエゴの1カ所のみです。

(1)MK 4 MARINE MAMMAL SYSTEM
MK 4 MMSは、海底からつながる機雷の位置を検出するもので、イルカを使用します。

(2)MK 7 MARINE MAMMAL SYSTEM
MK 7 MMSでは、イルカが海底に設置された、あるいは泥に埋まった状態の機雷の位置を検出します。そして、追加部隊と安全に取り除くための作業を補助します。

(3)MK 8 MARINE MAMMAL SYSTEM
 MK 8 MMSは最初に近づいた艦艇から海兵隊が上陸するために岸に近い安全なルートをすぐに確保する海兵隊とイルカのチームです。 非常に浅い水域での活動にMK 8 MMSは展開します。

(4)MK 6 MARINE MAMMAL SYSTEM
 MK 6 MMSは、警戒水域での不審者や不審船の警戒に対応するもので、イルカ、アシカのチームです。MK 6イルカは埠頭や船舶の近くで侵入者と疑わしげな者の場所を見つけるよう訓練され、アシカは水中の音に対して敏感で海上の障害物も乗り越えるなど能力が高く、特に訓練されたアシカはバーレーンに配備されました。

5.イルカ繁殖プログラム
 アメリカ海軍では、1988年以降自然の海からイルカ・アシカを捕獲しなくても管理の元で繁殖できるようになりました。施設で生まれた若いイルカは好奇心が旺盛で親のトレーニングを場合により側で学習しています。
 トレーナーとの関係やボート、ダイバーなど訓練環境を良く理解し、特に外洋での訓練では親との共同訓練がプラスの効果を生んでいます。海軍ではこのようにイルカ・アシカのチームがあることからクジラのストランデイング(漂着)などにも積極的にボランテイア達と協力し、船舶や車両の提供も行われているようです。

おわりに
 軍用イルカについてはいろいろな意見があります。まずはどのようなことにイルカ・アシカが使われているのか知ることが大切です。その先にこれからの人とイルカのフレンドリーな共同活動が見えてくるように思います。


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