■イルカと人との素晴らしい関わり
by 山田 海人(かいと)
海人のビューポート
2003年8月12日オープン
最後に野生のイルカと人との素晴らしい関係の例を見ていただきましょう。
- 1955年〜56年、ニュージーランドのオポノミの海岸では、一頭のメスのイルカが海水浴客と仲良くなり、特に子供に愛情を示した。彼女は、一人の子供が背中によじのぼるのを待って、海の散歩に連れていくのだった。イルカは1日に5〜6時間そのように遊んで過ごした。彼女はたいそう有名になり、ニュージーランド政府は人々の要請に応じて、彼女に法的な保護を与えることを認めた。
1956年3月8日、官報に次のような政令が掲載された。「当政令が実施された日から5年間、ホキアンガの停泊地の海にいるいかなるイルカも捕獲したり傷つけてはならない」
そのイルカは不可解な状況で死んだ。政令が公布された翌日の3月9日、金曜日、イルカの死体が岩に打ち上げられているのが見つかったのである。
1980年代末に、フランスのコリュールで、別のメスのイルカが6年間、若い海水浴客の遊び友達になっていたが、彼女もまたあるときふっと姿を消してしまった。
モーリタニアでは、地元の漁師達が毎日、野生のイルカと協力して漁を行い、イルカたちは勢子の役割を演じて海岸の網のほうへ魚を追い込んだ。ブラジルのサンタ・カタリナ、さらにインドや中国の海岸でも、同じようにイルカを用いた漁法が見られる。漁師たちのあいだでは、イルカの恩恵を独り占めしようとして、お互いになじみのイルカを横取りしたと非難し合い、争いがおきることもあるという。
1960年3月に、フロリダで、船から落ちた女性をイルカたちが救った。女性がそうとは知らずに沖へ向かって泳いでいるのに気づき、方向を変えさせたのである。
1888年、イルカの一種で、ずんぐりとした口吻のない、明るい灰色のハナゴンドウが、ニュージーランドのペロルス・サウンドに初めて姿を現した。そのイルカはクック海峡とフレンチ・パスの岩場の水路を、船を先導して泳ぐのだった。それら通行困難な水路を通り抜けるとき、船長たちはイルカの背びれについていくようになった。
そのイルカは「ペロルス・ジャック」と呼ばれ、ペロルスの港の名物になった。彼は1904年9月26日に公布されたニュージーランド政府の政令に保護されて、1888年から1912年まで水先案内人の仕事を行った。
図説動物兵士全書 1998年刊より
=「イルカ・クジラSF」へのショートカット
=>クジラやイルカの知能/殺戮者としてのイルカが明らかになりつつある
=>**イルカ**
イルカの思考を解明する
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