■ヘリウムボイスとは?
by 山田 海人
海人のビューポート
2006年9月1日オープン
●ヘリウムボイスって?
ダイバーが深海へ潜って仕事するには圧縮空気に替わって
ヘリウム・酸素の混合ガス
を吸っています。このヘリウム酸素のガスを吸って話すと高い音声、つまり"
ドナルドダックボイス
"になってしまいます。この高い音声を”
ヘリウムボイス
”と呼んでいます。
大気圧状態でもヘリウム・酸素の混合ガスを吸って話すと簡単に声が変わってしまう面白さから、一時東急ハンズなどで大々的に「ヘリウムボイス」などの商品名で販売されていました。
●なぜヘリウムガスを吸うのか?
水中へ潜るダイバーは通常、水圧と同じ圧縮した空気を吸っています。水深30mでは4気圧の圧縮空気を吸っているので、空気の中の窒素が麻酔作用を起こします(
窒素酔い
)。
ここでちょっと窒素酔いについて説明しましょう。
空気潜水で深く潜るとアルコール中毒のような症状になることが知られています。これが窒素酔いです。昔は「
マティーニの法則
」と言われ、深く潜るごとに一杯づつマティーニを飲むように酔ってしまうことを言っていました。また、「
深海の歓喜
」とも呼ばれ、海底での幻想、見間違いなどから恐怖心を覚えたり、危ない行為や判断力を誤ったりするのもこの窒素酔いとされています。
具体的には水深30mでは人によって違いますが"
何だか楽しくなってきたぞ?
"と感じるレベルです。ビールの酔いに例えると500ccを2本ぐらい飲んだ酔い具合でしょうか。
さらに水深50mでは、空気の密度は大気圧の6倍になり、ドロ?っとした感じで意識して呼吸するようになります。窒素酔いもはげしく目つきが怪しい、物忘れがひどくなる。本人は頭が重たくなる、視界が狭くなるなどで日本酒7合ほど飲んだ酔い具合でしょうか。
かなりの酔っぱらいですから危険な箇所へ近づいたりとてもあぶない状態です。このように書くとスクーバ潜水されている方はそんなには感じないとおっしゃるかも知れませんが、水中の緊張感でそこまで感じないことがあります。ですが海底でメジャーで測った3つの数字もうまく思い出せない経験はあると思います。
従って、国際的なルールでも水深50mより深いところで潜水作業するには、空気潜 水は禁止されていて、ヘリウムと酸素の混合ガスを吸わなければならないのです。
●ヘリウムボイスとは
ヘリウムは、1モル当たり約4グラムの分子量です。空気(約80%の窒素)の場合は、1モル当たり約28グラムの分子量を持っています。ですからヘリウムガスでは空気に比べ1/7も軽く呼吸ができるのです。
ヘリウム・酸素の混合ガスではその物性から音の伝搬速度も異なり、空気環境下での音の速度は、約331.3m/sに対し、空気中の2.7倍の891.2m/sにもなります。このため、声のオクターブが高く変化してしまうのです。
大気圧状態でもヘリウムボイスが体験できますが、実際に深海潜水している際にはダイバー同士の会話が難しく、水深200mでは1/3程度しか理解できず、水深300mでは1/5程度の理解になってしまいます。ですから深海潜水のトップサイド(指揮所)ではダイバーと交信する場合には
ヘリウム音声修正機
を使用して交信しています。
●ヘリウム音声の出方
音声とは2つの異なる方法で音を出しています。一つは唇、歯などの間の小さな口径に空気を通して音を出すことができます。もう一つの方法は、喉の声帯に空気を通じて音を出す方法です。
音声の出る仕組みは、なかなか複雑で分かりやすく説明しづらいのですが、喉の声帯を振動させてそこへ空気の流れを作って共鳴させて音声を出しています。声帯の振動は筋肉の緊張とゆるみで発生しますが、空気とヘリウム・酸素ガスでは、これまで述べてきたように物性(密度・音速)が異なるので、空気中とは変わった音声になってしまいます。
ヘリウム・酸素のガスを吸って話すと、普通に話しても甲高い声に変わってしまうので自分でもビックリします。 何か喉からの声というより頭の先から声が出ているような感じです。
しばらくすると相手に分かってもらおうとなるべく低い声が出せないか努力するのですが、なかなかうまく行きません。有名な海底探検家のクストーもこのヘリウムボイスで悩んでいて、会話の時だけヘリウムの替わりのガスを吸って会話したと記録に残されています。
ちなみにヘリウムガスでも明瞭度の高い言葉はドイツ語、日本語で、分かりにくいのはフランス語、英語だそうです。
●ヘリウム環境の音は?
飽和潜水
が行われる
DDC
(
船上減圧タンク
)や
SDC
(
水中エレベータ
)の中は高圧ヘリウムの環境です。この中の音声は、ダイバー同士のヘリウムボイス、トップサイドからの普通の音声、中にも休憩時にはラジオ、テレビの音声などが流れています。この中でヘリウムボイスなのはダイバー同士の音声だけです。 このようにヘリウムボイスと普通の音声の両方を同時に聞いていると、ヘリウムボイスだけに慣れて行けない感じがします。
今までの説明でヘリウム環境では音速が3倍といいましたが、ラジオや液晶テレビの声は普通に聞こえるのって不思議な感じですね。これまでの経験から高圧ヘリウム環境で楽器を演奏しても変化しません。通常の音色なんですね。これも不思議ですね。
(水深50m相当圧の高圧空気環境でも音速が速くなるので音声が少し甲高くなります。)
●何で人が潜水するのか?
人はこれまで海の中へ潜って、魚介類を採ったり、港を作ったり、落としてしまった物を回収したりしていました。しかし潜る深さが増すとともにヘリウム・酸素潜水が行われ、最初にヘリウム・酸素による潜水が行われたのは1956年でイギリス海軍が水深180mに潜水しました。その後、石油・天然ガスの採取や潜水艦救難作業などにヘリウム・酸素潜水で行われています。
日本でも本州と四国を鉄道でつなぐ
本四架橋工事
(昭和54年 作業水深50m)ではヘリウム・酸素の混合ガスが使われていました。もちろんこの時の会話もヘリウムボイスでした。今では石油価格が高値で安定していますけれども、イギリス沖の北海、メキシコ湾、インドネシア沖などで深海ダイバーがヘリウム酸素のガスを吸って石油生産量の増加に貢献しています。
●ヘリウムの風船は吸ってはいけない!
ヘリウムボイスは感動的な体験です。話している本人もいつもの自分の声、骨伝導で聞いてる声がまるで聞いたこともない声になるので感動というより、ショックを感じているようです。
パーティなどで宙に浮いているヘリウム風船を見付けて試した人がいました。この風船には酸素は入っていませんので、一息吸ったとたんに脳から酸素が吸い取られて痙攣して倒れ、頭を打って亡くなった方がいます。くれぐれもヘリウムの風船を吸ってはなりません!。
参考:
Physics in Speech
An introduction to some of the physics in speech
(including some notes about helium speech)
Content : Joe Wolfe
http://www.phys.unsw.edu.au/PHYSICS_!/SPEECH_HELIUM/speech.html
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