■深海のマスコット「コウモリダコ」

by 山田 海人

海人のビューポート
 
2007年3月オープン

 海人のビューポートへようこそ! 太陽の光や月の光も届かない深海の闇に潜む生き物には、奇妙で、不思議な、想像を超えた生き物達がいます。今回は恐ろしい名前"地獄の吸血鬼イカ"と名づけられていますが、深海生物の中ではパンダ的な存在で深海のマスコットとして人気の高いコウモリダコを紹介します。

和名:コウモリダコ  学名 Vampyroteuthis infernalis
英名:Vampire Squid
Vampyromorphidaと呼ばれる属の一属一種
分布:太平洋、大西洋、インド洋の深海
体長など:体長は最大で30センチ、通常遭遇するのは15センチほど
これまで化石としては発見されていない。

 コウモリダコは世界の温帯から熱帯の深海に生息し、体長は13〜30pほどです。ゼラチン状の身体、つまりクラゲのように柔らかい身体をしています。コウモリダコのゼラチン状の身体は、ビロードのような、真っ黒のような、赤みがかったような色をしています。8本の腕の間は外套膜があってその内側は真っ黒になっています。腕の脇には目立たない袋の口があって、そこに収まる2本の細い触手は体長より長く伸びます。この細い触手はイカのような餌を捕らえるためのものではなく、知覚を持っていて餌を見つけるためのフィラメントと考えられています。
 目の色は赤ですが青くみえる時もあり、この目は外径が2.5センチもあって身体の割りにはとても大きな巨大な目を持っています。動物界で最大のサイズの目は非常に複雑で、深海の暗黒の中で小さな発光も見逃さない素晴らしい目を持っています。

 オスはメスよりやや小さな体形で、子供のコウモリダコは主にジェット推進にたよっていますが、大人の身体には側面に突き出た耳状のフィンがあり、このフィンを効率良くはたくように動かして移動しています。これまで身体の2倍の距離を1秒で泳ぐ様子が観察され意外と速く泳ぐことが分りました。餌は中層のエビなどを食べています。

 タコやイカの仲間には墨袋を持っていて捕食者に襲われると墨を噴き出して逃げますが、このコウモリダコには墨袋がありません。さらにタコやイカには活発な色素があって体色を明るくしたり、暗くして捕食者に見つけられないようにして逃れますが、コウモリダコにはこの活発な色素もありません。こうして捕食者への武器を持っていないコウモリダコは捕食者の少ない酸素の少ない中層で生息しています。
 これまでコウモリダコはマッコウクジラやアザラシ、深海の魚の胃の中から見つかっています。コウモリダコの英名は Vampire Squid で地獄の吸血鬼と言う名がついています。これは奇妙な形から名付けられたようです。

 次にイカとなっていますが、なぜ日本名はタコなのに、英名はSquidとイカなのでしょうか? それは発見された1903年に遡ります。最初の発見の記載では8本の腕であったため、タコの一種と考えられていました。その後の観察で2つの腕がポケットの中から発見され10本の腕でイカの仲間になりました。ですが最近の学説ではイカと呼ばれる特徴を持っていないことが分かり、タコの仲間とされていまして和名の方がまとを得ていたことになります。
 コウモリダコは深海の中層に生息していますがただの中層ではありません。中層のなかでも酸素の最も少ない低酸素層OMZ)の600m〜1,000mで見つかっています。この低酸素層は 0.22ml/l と酸素が低すぎるので、他の高等生物は生息できない環境です。正に地獄と呼ばれるに相応しい環境でコウモリダコはここで生息しているので"地獄の吸血鬼"と呼ばれる理由でもあります。ではなぜ酸素の低い所で生息できるのでしょうか? この理由は、コウモリダコがすべての深海の頭足類の中で最も遅い代謝速度であることが分かっています。次にヘモシアニンによって少ない酸素を効率的に体内に輸送できる能力があることも分かりました、こうして酸素の低い所で生息できるのです。また、アンモニア系の浮力によって少ない運動量でも中層に浮いていられます。加えて精巧な平衡器官(人間の内耳と同種の平衡を保つ器官)を持っていることも知られています。


 コウモリダコは発光器を持っている深海生物で、一般の発光する深海生物は、捕食生物から自分の姿を見え難くするため、餌の生物を誘うため、繁殖相手を探すためなどに発光器は使われるのですが、コウモリダコの場合は強烈な光を発する発光器ですので、発光バクテリアによる発光ではありません。発光器は捕食者から逃れるために使われているようです。コウモリダコを長年研究してきたブルース・ロビソンさんやジェームス・ハントさんの詳しい報告から紹介しましょう。
 コウモリダコの発光器には三つのタイプがあることが最近の研究で明らかになりました。第1の発光器官は生物発光ディスプレイです。これはフラッシュのように明るく光り、2分以上も光っている。その強烈な光ディスクは光り終わると強度、直径をしだいに弱め、小さくなっていきます。
 第2の光は8本の触手の先端に発光器官を持っています。この第1と第2の光は同時に光り、毎秒1〜3と閃く、鼓動するように光るのです。その中でも8本の触手の先の光は連続的に光っていて、これを意図的に動かしています。
 8本の触手の先端は半透明で、虹色の緑・黄色の粒子の列があり、粘着性の発光液を分泌することができます。普段は発光器官として光っていますが、必要な時には第3の発光器官である発光雲を発射することができます。発光雲は、粘液の中に埋め込まれている1000個以上の光りの粒子がそう見せているのです。この光の粒子はこれまでの観察結果から9分ほど光ることが報告されています。捕食者のサメに襲われそうになると8本の触手から一斉に発光雲が発射され身体のサイズほどの発光雲が形づけられます、この10分近くも光る発光雲で捕食者のサメはそっちに注意が行って当惑してしまうのです。その間にコウモリダコは最大のスピードでその場を逃げ出すのです。この様子はまるで忍者のようです。このような発光雲はコウモリダコ以外にもチョウチンアンコウのルアーからも発せられることが確認されています。

 コウモリダコの行動を観察していると他の頭足類では考えられない行動をします。それは捕食者からの回避行動の一つである「パイナップル姿勢」です。
 迫ってくる捕食者に発光雲を放ち、逃げてもさらに追いかけられて万策尽きた段階、最後の手段として使われるのが「パンプキン」または「パイナップル姿勢」と呼ばれる行動です。青い大きな目を一瞬に閉じて、この傘のように広げた腕と外套膜をしだいに裏返して、最終的に濃厚に着色された暗幕のような外套膜で身体を包んでしまいます。この丸まった姿勢には触手の吸盤の筋からパイナップルのようだとしてこの名が付けられました。この姿勢からは目からの情報も得られず、泳ぐこともできず、攻撃といえばカラストンビと呼ばれる口で相手を咬むことしかできません。まさに万策尽きたお手上げ状態、もう観念した状態の姿勢です。

 コウモリダコの繁殖は、他の頭足類と同様にオスから精莢とよばれる精子の詰まった円筒状の容器をオスの漏斗から受け取って繁殖します。この精莢はメスの体内で400日も保存されます。産卵期を迎えると餌も取らなくなり、産卵は受精卵を海中へ直接放出します。メスは産卵を終えると死んでしまいます。産卵は比較的大きな直径3-4mmの卵を少数産んでいます。卵からふ化した幼ダコは8ミリほどの大きさで透明な身体です。形は親と同じようでサイズがミニチュアです。そして子供の時は2本の長い触手はありません。また、眼のサイズも成熟した個体のように大きくはなく、小さめの眼をしています。産まれたばかりはヨーク卵黄)が付いていて餌を採らなくても大丈夫です。ヨークが吸収されると餌を取り始めますが主にマリンスノーを食べています。
 コウモリダコは他の生き物が少ない貧酸素状態の深海の中層にいて、広く分布しているので仲間と遭遇する機会は少なく成長も遅いことが知られています。
 また、最近のレポートでは水深1,000mほどから捕獲したコウモリダコを調べたところ、PCBやDDTなどの有害化学物質が検出され、深海生物と言えども化学物質に汚染されていることがわかりました。

参考:
Robison, Bruce H. (2003): Light Production by the Arm Tips of the Deep-Sea Cephalopod Vampyroteuthis infernalis. PDF fulltext

The Vampire Squid

Science and Animals - Vampire Squid from Hell YouTube - Vampire Squid from Hell


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