■シャチ・鯱・オルカ(その1)

−クジラを襲う残忍なシャチ−

by 山田 海人

海人のビューポート
 
2007年6月2日オープン

 海人のビューポートへようこそ!今年は国際イルカ年です。この機会に海棲哺乳動物への関心をまとめましょう。
 今回は南極から赤道、北極まで広く分布している海の王者シャチについてご紹介いたします。たいてい海の生き物は天敵がいるのですが、シャチを襲う海の生き物はいません。食物連鎖の頂点に立つのがシャチなんです。
 シャチは魅力的なクジラですので、今回は「シャチ・鯱・オルカ(その1)」として、クジラを襲う様子など紹介します。(沖合でのシャチとクジラのバトルは目撃された例も少ないので目撃例を基に想像して記載している部分もあります。)

1.シャチとは
 シャチは、歯クジラの一種で、イルカより一回り大きな体型をしています。シャチはイルカ38種のうちの1種で、これまで500万年前から存在が知られていて、イルカよりも古く、イルカの先祖とも言われています。
学名:Orcinus orca
和名:シャチ   英名:Killer whale または orca
分布:世界の海に分布し、クジラ類としては珍しく地中海やアラビア海にも生息する
体長など:
 シャチの体型は、クジラ類の中でも力士のような筋肉質で太い、ぶ厚い体型と大きな背びれを持っています。大きさは、オスで9.8m、体重8トンというワシントンでの記録がありますが、オスで体長8m、メスはやや小型です。シャチは生まれたての赤ちゃんでも体長2.4m、体重180kgにもなります。

2.シャチは5種類か?
 現在シャチは1種としていますが、亜種あるいは別種とする意見があります。それは沿岸に生息するシャチと沖合に生息するシャチの体型上から違いからきています。 この違いは遺伝子情報の研究から200万年前から始まり、ここ1万年前からグループ間の接触はなく分離していると言われています。
 南極付近に生息し、ミンククジラを常食にしているシャチがいます。これを基準とします。一方、アザラシを常食にするシャチは少し小型で、白い眼帯は大きく、背びれ近くに灰色のパッチを持っています。さらに南極の近くに生息するシャチはさらに小型で群れの個体数が多いのですが、白い眼帯も前方向に傾斜しているのが特徴です。またこのシャチも背びれ近くに灰色のパッチを持っています。他にもアラスカの沿岸に生息していて主にサケを常食しているシャチ、ノルウェーの沿岸で主にニシンを常食しているシャチが知られています。

3.クジラを襲うシャチ
 シャチは、クジラ類を獲物にする唯一のクジラの仲間です。これまでシャチが獲物として捕食していたクジラは、シロナガスクジラマッコウクジラの大型クジラをはじめコククジラミンククジラからイルカなど22種にも及びます。ですがこれまで同じシャチが共食いとしてシャチを捕食した例はないのです。獰猛なシャチですが決して仲間を襲わないのがシャチなんです。
 シャチは、シャチを襲う生き物がいない、つまり食物連鎖の頂点にいる肉食獣です。自然界の食物連鎖は、生き物が生き延びるために、自分より小さな生き物を捕食しています。一方、弱ってしまった大型の生き物も自分より小さな生き物に襲われて食べられています。自然界では一般的に弱った生き物を淘汰する使命、厳しい自然淘汰が行われています。

(1)ミンククジラを襲う
 シャチの中にはミンククジラを主な獲物としているグループもあります。ミンククジラは、ナガスクジラの仲間ですがその中では最小のクジラです。小さいといっても体長8m、体重10トンもあって主にオキアミを主食としています。シャチは生き延びるために、ミンククジラの生息域でまだ力のない若いクジラや弱ったクジラを獲物として攻撃しています。こうして今でも南極海ではミンククジラの群の周りからシャチが多く目撃されています。
 シャチは獲物を襲う作戦にたけていて、5頭以上のグループでは、大人の健康なミンククジラも襲うことがあり、クジラを襲う時は数時間もかかったことが報告されています。
 若いクジラを襲う手口は、非常に残忍なやり方です。若いクジラは母親と一緒に行動していますが、狩りが始まると親子を執拗に追い回すのです。ミンククジラはオキアミなどのプランクトンを食べているので武器らしいものはなにも持っていません。頭突きをする、尾びれでたたく程度しか反撃できないのです。
 シャチは追い回すだけでなく、胸びれを噛んで行動を抑えるなど、親子双方がくたくたになったのを見計らって離れ離れにし、若いクジラが息をするために水面に顔を出そうとすると上にのしかかって息継ぎを防いで、しまいには溺れさせてしまうのです。
 このようにいつも若いミンククジラだけを襲うのではなく、時には健康な成熟したものも襲っています。調査捕鯨で捕獲したミンククジラを調べると、多くの個体の胸びれなどにシャチの噛み傷があって、シャチに襲われた経験を持つものがいます。噛み傷が残っているミンククジラはシャチの攻撃を逃れたものですから、シャチも必ず捕獲している訳ではなく、襲ったものの尾びれの攻撃などであきらめる場合、あるいは捕獲のトレーニングをしていることもあるようです。
 シャチのミンククジラに対する攻撃方法は、息継ぎをさせないで溺れさせて殺す方法です。シャチはいきなりミンククジラの身体に噛みつくこともなく、大量に出血させる訳でもなく、身体の上に乗ったり、胸びれを噛んで息継をさせずに溺れさせているのです。海の哺乳動物であるクジラは水面に出て空気を呼吸しなければなりませんので、シャチの息継ぎをさせないで殺す方法はシャチにとっても被害が少ない攻撃作戦と考えているようです。

(2)シロナガスクジラを襲う
 これまではミンククジラを常食とするシャチの紹介でしたが、シャチは時に自分の身体の数倍もあるシロナガスクジラ(体長30m、体重200トン)を襲う場合もあります。殺す手段はミンククジラと同じ方法、息継ぎをさせないで殺す方法で行われています。シロナガスクジラを襲う場合も仲間と共同で息継ぎをさせないように上からのしかかるもの、下から挟むように威嚇するものがいます。
 シロナガスクジラもプランクトンを食べているので武器はなく、頭突きと尾びれの攻撃だけです。これも執拗に追いかけ、逃げるように潜水した時がチャンスです。シロナガスクジラは潜って逃げられるならいいのですが、シャチには音を使ってエコーロケーション能力がありますから、水深深く潜ってもシャチは位置を把握しています。潜水能力もシャチは水深1000mも潜れますので、時には潜って追いかけることもあるでしょう。
 こうして深く潜水するとシロナガスクジラの身体には二酸化炭素が溜まり息苦しくなります。水面に向かって息継きをしようとするとシャチたちは息継ぎを邪魔してきます。もう後がないシロナガスクジラは息継ぎができずに溺れてしまうのです。シャチはこうして深い潜水に追い込むのが作戦のようです。
 水面での攻防では長引いたり、尾びれで攻撃されたりと手こずるので、勝負に出る時は深い潜水を仕向けているのでしょう。
 こうしてシャチたちは溺れ死んでしまったシロナガスクジラの大きな口の中に頭を突っ込んで、一番美味しいと言われるヒゲクジラの舌を我先に食べ始めるのです。シャチたちは空腹を満たすとシロナガスクジラの身体の大部分を残したまま去って行きます。

(3)マッコウクジラを襲う
 シャチが襲うマッコウクジラの場合はちょっと異なります。マッコウクジラは下あごに歯が生えている歯クジラです。この下あごが武器となるのでこれまでのヒゲクジラより手ごわい相手なのです。
 大きなマッコウクジラを襲う場合も、潜水しているときに狙われています、マッコウクジラはオスでは水深2000mから3000mも潜水し、餌の15mもあるダイオウイカと格闘して約1時間もの息こらえをするのですが、水面に上がってきた時は早く呼吸をしないと溺れてしまうという切迫感があります。この瞬間をシャチは狙っています。もちろんマッコウクジラも下あごを武器にシャチを攻撃するのですが、敏捷なシャチの動きとグループでの波動攻撃にさすがのマッコウクジラも息継ぎができずに溺れてしまうのです。
 こうしてシャチの2倍もある大きなマッコウクジラを仕留めているのです。1時間も息を止めて深海へ潜ってきて体力は限界に達しているマッコウクジラ、水面で新鮮な空気を吸うことで身体のすみずみまで酸素を供給し、溜まった二酸化炭素を排出しなければならない限界の時点で、数頭のシャチの執拗な攻撃、これにはさすがのマッコウクジラでもたまりません。なにより輝く水面に戻りたいと思って浮上している最中に数頭のシャチが水面で待ち構えていると知った時の恐怖感はそれはそれは大変なものでしょう。
 他から見ていると地獄絵図のような残忍なシャチの攻撃ですが、マッコウクジラの感覚では息継ぎができないことから酸素欠乏状態になって息苦しさは当然ありますが、次第に意識が遠のいて行く、遠くなる意識の中でこれまで経験してきたことが一瞬よぎって無に向かうのです。

 若いマッコウクジラもシャチにねらわれることがありますが、マッコウクジラは集団で子育てをしています。さらにマッコウクジラは下あごを武器として、残忍なシャチから子供を守ることができます。子供を円の中心において襲ってくるシャチを下あごと尾びれで攻撃して子供を守り通した例が報告されています。

 私もダイバーでしたから、息を止めて水中へ潜る、息苦しくなる限界まで水中に留まって、明るい水面に新鮮な空気を吸いに戻るという経験をしていました。こうして限界ぎりぎりの潜水をすると水面近くに上がってきてもフッと失神するダイバーがいますが、私は4分近くも息こらえができましたが、幸いにも息苦しさで失神したことはありませんでした。
 水中で失神した仲間は、息苦しくなって溺れる(失神)感覚は、息苦しさを忘れて次第に意識が遠くなる、苦しいというより安らかさがあると言っていました。身体の中で酸素欠乏が起きると息苦しさよりも意識が遠のくという症状になりますから、シャチも賢い動物として、淘汰といえども安楽死に近い方法、溺れさせる方法を選んでいるのかもしれません。


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