■シャチ・鯱・オルカ(その2)

−シロクマも襲うシャチ−

by 山田 海人

海人のビューポート
 
2007年6月5日オープン

 海人のビューポートへようこそ!今年は国際イルカ年です。この機会に海棲哺乳動物への関心を高めましょう。今回は前回に引き続き、南極から赤道、北極まで広く分布している海の王者シャチについてご紹介いたします。
 たいてい海の生き物は天敵がいるのですが、シャチを襲う海の生き物はいません。食物連鎖の頂点に立つのがシャチなんです。
 前回はシャチ・鯱・オルカ(その1)としてクジラを襲う残忍なシャチをお送りしました。今回はシャチ・鯱・オルカ(その2)として、シロクマをはじめアザラシなどを襲う様子など紹介します。(実際のシャチとシロクマなどとのバトルの目撃例を基に想像して記載している部分もあります。ご承知おき下さい。)

1.シャチの寿命
 シャチは海の自然界の中で天敵がいない頂点の存在ですから、多くが寿命をまっとうしています。シャチのグループを率いるのはメスですが、メスの平均寿命は50歳です。オスでは45歳です。長生きしているものはメスで90歳、オスでは80歳と言われています。メスは15歳で成熟し、およそ5年ごとに一頭産んでいます。
 シャチの子供は、厳しい環境ですから産まれた半数は6ケ月以内に死んでしまうようです。生まれて12ケ月は母乳ですが、それを過ぎると親から獲物の一部をもらって食べ始めます。
 オスもやはり15歳で成熟しますが、父親になるのは21歳ごろと言われています。

2.大食漢なシャチ
 シャチはとても大食漢な動物として知られています。体長6.4mのオスの胃内容物からアザラシ14頭分、イルカ13頭分の死骸の一部がみつかったことも有名です。シャチは平均で、毎日227kg(500ポンド)も食べると言われています。
 シャチが捕食する動物はさまざまです。前回紹介したシロナガスクジラをはじめマッコウクジラなど22種のクジラ・イルカ類、ミナミゾウアザラシアザラシオタリアアシカ、それに今回紹介するシロクマ、人食いザメとして知られるホホジロザメウバザメホワイトチップサメマグロカジキエイシャケニシンなど魚類30種、イカタコ海亀ペンギン海鳥など、さらには河を泳ぎわたるシカ(シャチは河を遡ぼることも知られています)、シャチが捕食する生き物は実にさまざまです。
 ニシンを主食とするシャチは、気泡のカーテンを作ったり、白いお腹で威嚇してニシンの群れを集め、圧縮音でニシンをしびれさせる、尾びれでたたいて気絶させるなどして、一度に10〜15匹も口に入れてしまうそうです。
 前回はシャチはシャチを食べないと書きましたが、残念な報告も見つかりました。それは1975年のことです。南太平洋でシャチを30頭捕獲しての調査でしたが、胃内容物に他のシャチの残骸が2頭のシャチから見つかったのです。このうち他の11頭のシャチはすべて空腹だったことが確認されました。
 また、これまでシャチはを襲ったことがないと言われていますが、北海で石油掘削の深海ダイバーがシャチに襲われて行方不明となった例もあります。
 水族館などで飼育されているシャチの観察では、海鳥に興味があって餌の魚を使ってカモメをおびき寄せて、カモメを食べた例も報告されています。
 シャチはとても狩りの技術にたけていて、獲物をよく理解し、獲物を無駄に殺さず、獲物の資源量を考えて?生活しているようです。海はシャチにとって“海洋牧場”なのかも知れません。

3.シャチの泳ぐスピード シャチは最速の泳者
 沖合の自然の中で海獣類の遊泳スピードを測るのはなかなか難しいのですが、データロガーを取り付けて測る技術が進歩し、徐々に海獣類の遊泳スピードが分かってきました。
 まずはバンドウイルカの遊泳スピードですが、普段の移動では8 km/時ほどで1日に128 km移動したことが計測されました。
 イルカは1日に8時間は睡眠をとるので、残り16時間での移動距離になります。イルカは時にボートなどとともに競うように泳ぐことがありますが、この時のスピードは56〜40 km/時が記録されています。
 他の目撃例では60 km/時もあるので、イルカの最大遊泳スピードは約60 km/時となります。
 シャチでの計測例はイルカに比べれば非常に少ないのですが、40〜32 km/時の遊泳記録や56 km/時、80 km/時があります。この80 km/時を見ると海獣類最大の遊泳スピードをもっていることになります。シャチは一日で時々160 km(100マイル)も移動して、絶えず動いています。このようなシャチのグループではほぼ日本列島にあたる1300 km(800マイル)が縄張り、少なくみても東京・名古屋間に相当する320 km(200マイル)ほどかもしれません。ともかくシャチは広い範囲を行動していますので、獲物となる生き物からみると、どこからともなく現われて突然襲う、神出鬼没なハンターと感じているでしょう。

 参考までに海の生き物で速く泳げるのは魚類でしょうか?海獣でしょうか?
 魚類では体型、全長、体重、尾びれの形状からの計算式で遊泳スピードを求める方法があって、メカジキは96 km/時、クロマグロは80 km/時、キハダマグロは60 km/時、カツオは60 km/時、サケは45 km/時、サバは11 km/時と報告されています。でも実際のメカジキの96 km/時やマグロの80 km/時の実測記録ってあるのでしょうか?
 もしまだだとするとシャチの80 km/時が最高となります。

3.シャチの獲物
(1)シロクマを襲うシャチ
 北極の海に生息するシロクマは、シャチ同様に獰猛な性格で、オスでは体長3m、体重600キロにもなって、アザラシベルーガシロイルカ)、セイウチクジラトナカイなど食べています。
 このシロクマは北極域では危険な動物として、人々から警戒されています。これまでもテントを襲われたり、直接人を襲ったりとシロクマの出没する海域では銃が離せません。と言ってもシロクマを狙って撃つのではなく、最初は威嚇するための銃の発射です。
 このシロクマを時折、シャチが襲っている様子が観察されています。シロクマは氷の上を移動してアザラシなどを捕獲していますが、シャチがこの氷の上を移動しているシロクマを見つけると、グループで氷を下から割ってシロクマを襲うのです。
 シャチは氷を下から頭突きで割ってシロクマを海面に落とすのですが、一回の頭突で割れないような厚い氷でも2〜3回と頭突きをして氷を割っています。
 この氷を割る様子を最初に見たのは北極点を目指した探検隊でした、探検隊は最初氷の下でシャチが息ができなくてもがいているのではないかと誤解していましたが、移動してもその下にシャチが来るので、自分たちが獲物としてねらわれているのだと気付き、あわてて隊員たちは四方八方へ散ったそうです。そして引いてきた荷物の大きい影が狙われ、荷物が落とされ、シャチの検問?を受けたそうです。
 このようにして、氷の上を移動しているシロクマも襲われて捕食されています。小さな氷の上で休むシロクマの場合には、氷ごとシャチにゆすられて、驚いたシロクマが泳ぎ出したのを襲うシーンも目撃されています。海に落ちたシロクマや氷にしがみつくシロクマには、シャチが威圧するように水面に大きく上半身を出してから攻撃しています。
 シロクマは強力な牙と顎、両腕の爪を持っていますので、おいそれとは負けていません。シロクマは日ごろアザラシを水中で捕まえて食べているのでなかなか手ごわい相手です。水中でもまともにシャチとシロクマが正面から組んだら、シャチにも大きな痛手を負うでしょう。
 しかし、水中ではシャチの方が有利です。長い息継ぎ時間、1000mも潜る能力があるのです。シャチは賢い動物です、危険なシロクマに向かう時でもシャチが傷付くような攻撃は避けています。クジラの時と同様に息継ぎをさせないで溺れさせているようです。その方法を推察すると、シロクマの後ろ脚を背中側から噛んで猛スピードで潜り、シロクマの攻撃をかわしながら深場へ引きずり込んで溺れさせていると考えられます。こうしてシロクマとのバトルでもシャチは、傷つけられないように、より安全な方法で狩りを行っています。

(2)アザラシを襲うシャチ
 アルゼンチンのパタゴニアに生息するシャチの群れは主にアザラシアシカセイウチラッコなどの海獣類を食べています。
 これまで紹介したマッコウクジラ(前回)やシロクマのように武器を持っている獲物と比べると、これらの海獣類は、シャチからすると武器はないに等しいし、体型もシャチより小型ですからシャチが断然有利な獲物です。シャチの戦略にも余裕が見られ、ただ襲って食べるだけではなく、若いシャチに狩りを教えていると考えられています。
 アザラシを水中で襲うときには、シャチの頭が武器になります。水中にいるアザラシに向かって頭突きをするのです。速いシャチに頭からぶつけられたらひとたまりもありません。アザラシは失神してしまいます。もう一つの攻撃は尾びれを使います。水中でも水面でも威力のある尾びれで叩かれると、これも頭突き同様に失神してしまいます。
 シャチはこうして失神したアザラシを海面高く投げ上げて、獲物を捕らえたことを仲間に誇示しています。特に若いシャチが作戦通りに捕獲が成功すると、教えられた通りに襲って獲物を捕らえたと仲間へ報告するのです。さらに海面へ高く投げる理由は、失神したアザラシが海面に落ちる場所で待ち伏せし、激しく尾びれで叩くことでアザラシに止めを刺していると考えられています。
 こうしてシャチは若いシャチに対して狩りの方法を教えたり、複数で追い込むもの、待ち伏せするものなど役割分担とより怪我をしない方法で獲物を捕える作戦のレベルを高めています。時には若いシャチが母親に浅瀬に押し上げられ、そこからの脱出方法を教えている様子も観察されています。
 シャチにとって危険な浅瀬での攻撃は、砂浜へ逃げようとするのを追いかけるシーンです。アザラシの砂浜との距離、波の状態、水深、流れ、これらを読み違えると、浅瀬が苦手なシャチは座礁して水面に戻れなくなってしまうのです。いつも沖からの波をうまく利用して素早く岸へ揚がるアザラシですが、シャチは素早い行動で逃がすまいとするなど苦手な浅瀬での高度な狩猟の知恵を絞っているのです。このようなシャチにとって危険な狩りでは、近くで見守っている仲間に、狩猟の作戦をゲームのように行って、食欲を満たすのではなく、時には捕らえた獲物を陸へ投げ返して、仲間に自分の狩りの技術を誇示しているのです。

おわりに
 皆さんが目にする水族館などの賢いシャチの行動、そしてシャチの強靭な身体、シャチはグループの強いきずなのもと、人から遠く離れた沖合で厳しい生活を送り、寿命をまっとうしている数少ない生き物です。
 シャチは人にとって遠い存在の生き物かも知れませんが、国際イルカ年はこうした海棲哺乳動物のことを人はもっと考えて欲しいと制定された年です。

おわり

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