(グリーンランドの北方。アポロノーム3のCIC)
副長の一人が、
「アルテミス6が撃沈されました。直撃です。乗組員は絶望でしょう。
この爆発で多数の氷山の間に3つの艦影が検出されました。一つはかなり大型で、UXを上回ります。残りはU-Subと思われますが。」
アルデミタス艦長が、
「ついにUSRの本拠地が姿を現わしたようね。アルテミス6を沈めた相手は。」
「手前のU-Subだと思いますが、氷山の背後から発射したようで、はっきりした射点は確認できません。
例のUXの所在も確認できません。海底反射成分も解析したのですが。
どうします、アポロノーム2との合流を待ちますか。」
「相手の防御能力も試さないまま待ってたんじゃ、バーブラに何言われるか分かりゃしない。アポロノーム2の攻撃力に頼らなくても本艦で十分よ。
超音速魚雷を用意! 雑魚はほっといて、射程内に入ったら直ちに攻撃する。」
「了解。1番から12番まで射出準備完了。射程距離に入るのは7分後です。対魚雷弾幕、スタンバイ。」
・・・・・・
海氷下を悠々と進むアポロノーム3。その行く手、海底渓谷の奥のブライン層にUXが身を潜めていることも知らずに。
ソーナー員より
「副長、沈没したアルテミス6から何か聞こえます。生存者からの合図のようです。水深240m、」
「SESCが届く深度だな・・・。艦長、どうしますか」
「直ちにSESCを出しなさい。」
「ありがとうございます。艦長。」
アポロノームにはSubmersible Evacuation & Survival Craftという脱出100人乗り潜水艇が20隻搭載されている。
そのうちの1隻が船底ボンクから離脱し、アルテミス6に向かう。
副長が、
「そろそろ射程距離です。」
「1番から4番を想定位置を中心に50m格子位置で自動爆破させる。
その前に迎撃魚雷の射出音又は回避のためのプロペラ音を検出すれば追尾モードに切り替え。」
「入力完了です。」
「発射せよ。」
「発射しました。」
「爆発エコーを検出次第、想定目標を更新して同じ条件で5番から8番を直ちに発射する。
次の9番から12番も用意せよ。」
アポロノーム3から発射された4本の超音速魚雷はやがてキャビテーション・シートに覆われ、超音速に移行。
氷山群を回避しながら推定目標位置に向かい、そこで次々と自動的に爆発する。その衝撃波は海氷と海底に挟まれた間を氷山群で撹乱されながら伝播していく。
「4発とも目標位置で爆発。相手のエコーは・・・、方位130度方向に350mです。迎撃音も回避音も聞こえません。
入力データ修正完了!」
「よし、5番から8番発射! 9番から12番待機。」
発射された超音速魚雷は再び氷山群の間をぬっていく、そして爆発。
「相手のエコーは・・・、方位65度方向に400mです。やはり迎撃音も回避音も聞こえません。
入力データ修正完了。」
「なぜ? 誤差が縮まらないわね。とにかく発射しなさい。」
「発射しました。」
次々と打ち出される超音速魚雷。
氷山群の向こうに達し、キャビテーション・シートに覆われていない頭部のパッシブセンサーが迎撃兵器の発射音や回避のための推進音を捉えようとし、また、アクティブセンサーが艦影を捉えようとするが、何も捉えられないまま推定目標位置で次々と爆発する。
爆発音とそのエコーは複雑に反射しながらアポロノーム3に届くが、近接爆発による破壊音が聞こえないどころか、ふたたび推定位置から数百m離れたところにUSR本拠地らしき姿を映し出す。
「おかしいわね。海底反射成分の解析結果も調べたのか。」
「同じ位置です。ん、・・・艦影がおかしいですね。」
「どうしたんだ。」
「かなり不明瞭ですが、直接成分では縦長の大きな海洋構造物らしき形状です。ところが、反射成分ではやはり潜水艦と同じような形状です。サイズはかなり大きいですが。」
「そう、アクティブソーナーキャンセラーで幻影を作っているのかもね。」
その時、ソーナー員が、
「ロケット弾接近! 真下から!」
間髪入れず、巨大なアポロノーム3のどこかで爆発音が聞こえ、振動が伝わってきた。その途端、わずかに聞こえていたアジマススラスター音が途絶えた。
「どうしたんだ。」
「ゾーンA(注:アポロノームは電気系統がゾーンAからゾーンDまで4つのゾーンに分割されている)がブラックアウト! 高圧配電盤室に浸水警報! 配電盤内で短絡が生じたようです。
それから・・・、アジマス10基が全て停止!」
「どういうこと。なぜゾーンA以外のアジマスも止まったのか。」
「保護装置が働いたようです。本艦は電圧不安定問題の臨時処置として4つのゾーンの間のBus Tieブレーカーをクローズで運用していますので。」
「なんということか。早く復旧しないと。」
「再起動シークエンスが自動的にスタートしていますが、7分以上かかります。」
「SESCが帰還します。」
「もう? 順調に救助したとしても早すぎるな。異常があったのか?」
「交信エラー状態ですが、IDは合っています。」
「やっぱり故障か。インスト(インストルメント・エンジニアのこと)をドッキングポートに派遣してやれ。」
「了解。」
「どうやらIDを受け付けたようだな。」
「そもそも脱出艇のセキュリティーまでは考えませんからね。」
遠くでアポロノーム3のスラスターが次々と再起動する音が聞こえてきた。
「突入準備の最終確認!」
全員のOKサインを見て、
「よし、ハッチを開け。」
開けられたハッチから2人の傭兵が無人のマスターステーション(注:脱出艇への乗り込み集合場所のこと)に飛び出す。
「まだ誰も来ていません。」
「全員突入!」
次から次にハッチを抜けた傭兵たちは、LECCとは反対方向の通路を、最も近いHVAC(Heating, Ventilation & Air Conditioning)室を目指して巨艦の中を進み、誰に出会うこともなくHVAC室に入る。
「クロイツェンバッハ教授の言うとおりでしたね。戦闘時にはこの区画に人が配置されないというのは。」
「そうだ。戦闘艦としてはあまり重要ではなく乗組員が配置されていない、しかも艦内総合監視コンソールが置かれている。あとはここからログオンできるかどうかだ。」
「やはり画面ロック状態です。」
Ctrl+Zlt+DelキーでID入力画面が出る。"Administrator"の次にクロイツェンバッハから教えられたメンテ用パスワードを打ち込む。すると総合監視システム用クライアントがすでに起動している状態となる。
「驚いたな。これだけの軍事施設だから声紋確認ぐらいはあるかと思ったが、ただの画面ロックとはな。」
「クライアント・ソフトのパスワードは定期的に変更が掛けられるのでログオフしていたらお手上げでしたよ。
それにしても画面ロックがフィールドエンジニア(注:建造・試験中に乗船するメーカー技術者)が設定したままとは。」
復旧担当コマンダーが、
「艦長、スラスター全機、再起動しました。
ゾーンA配電盤室の浸水も止まっています。
ゾーンA原子炉を緊急停止し、ゾーンBからの給電に切り替え。
ゾーンCとDはBus Tie Openモードで運用中。
ゾーンBが特に負荷異常に脆弱になっています。」
アポロノームでは4つある原子力発電プラントの一つが停止しても全機能を喪失しないように高圧配電系統をゾーンAからゾーンDの4つに分割している。
本来はゾーン間を結ぶ母線に設けられたBus Tieブレーカーは「Open」状態になっていて、一つのゾーンでの異常が他のゾーンに及ばないようになっている。
しかしながらアポロノーム3では就航後、巨大システムゆえの電圧不安定に悩まされ、苦肉の策としてBus Tieブレーカーを「Closed」状態で運用することで凌いでいたのだった。
今回、ゾーンAとBの間を除いて再び「Open」状態に戻さざるを得なくなり、しかも原子力発電プラントの一つが停止している。
復旧担当コマンダーは負荷異常によるブラックアウトが起き易くなっていること、特にゾーンBが脆弱になっていることを艦長に伝えたのだった。
アルテミダス艦長は、
「なんてことなの。攻撃してきた相手はまだ見つからないのか!」
副長の一人が、
「迎撃システムが自動起動しないほど至近距離からとしか考えられません。」
「真下か。迎撃急げ。とにかく海底に向けて打ちまくれ。」
攻撃管制センターが発射データを送信しようとしたその時、艦内で侵入警戒を示すブザーが鳴り響いた。
静粛性を要求される潜水艦ではありえないが、軍事基地の機能を持つアポロノームではテロ侵入時の警報が定められていたのだ。
副長が、
「LECCからです。先ほど故障で帰還してきたSESCですが、艇内に誰もいません。擬装です。何者かが艦内に侵入したようです。」
「なんだと、捜索を急げ! USRのやつら、何をしようとしているのか。」
突然、ブザーが鳴り響く。アーサーが、
「おっ、ようやく気付いてくれたか。陽動チームを出すぞ。」
それに引き続いて一連の爆発音か。
「UXへの攻撃も始まったな。うまく逃れてくれればいいが。
さてチーム・レッド、イエロー、グリーンはゾーンB原子力プラント周辺で攪乱攻撃。なるべく派手にな。
ブルーとパープルはこの部屋を警備。」
3チームが部屋を飛び出す。
アーサーが中国からきた電気技師のウー主任に、
「さて、準備はいいかな。」
「ええ、緊急時訓練シーケンスの書き換えも終わりました。これを実行しさえすれば。」
中国傭兵部隊のチャン隊長に、
「神経ガスの方はどうだ。」
「CICに通じるように通風ラインをウー主任に変更してもらいました。」
「よし、いよいよ本番だな。」
「艦長、ゾーンB原子力プラントのコントロールセンターが攻撃されています。迎撃チームが応戦中。応援部隊を追加派遣しました。」
「それがやつらの狙いか。そう簡単に防御を破れるとは思えないけど。
むしろ外の敵の撃破を急げ!」
その時、新たな警報ブザーが鳴り渡る。原子炉事故を意味する警報が。
「艦長、ブラックアウト発生! 脆弱になっているゾーンBです。
原子炉の冷却用ポンプが停止、制御棒も降りません。緊急炉心冷却水の注入シークエンスが起動します。
・・・これも作動しません!」
「なんだと、緊急炉心冷却はフェールセイフじゃないのか!」
「侵入者が細工したのかもしれません。」
「炉心融解までは?」
「・・・あと25分です。脱出命令を!」
「原子炉区画に外から注水できないの。」
「今、攻撃に晒されているところですよ。25分ではとても。」
「やつら、自分が死んでもいいというのか。とにかくギリギリまで外部注水の作業を行わせろ!
それからやむをえん。CIC要員と迎撃チーム以外の乗員に・・・退艦命令を。」
・・・・・・
退艦警報が出され、やがてSESCが次々と発進する。
原子炉事故時緊急対応訓練用シーケンスを起動すると、本来はコンソール画面中に「訓練」の文字が表示される。それをUSRの突入チームは訓練表示がされないように書き換えたのだった。
クロイツェンバッハ教授が基本設計に関わっていたこと、そしてアポロノーム3の建造ドックだった上海の南興新船重工の元電気技師が突入チームに加わっていたからこそ可能となった作戦であった。
「SESCの約8割が発進しました。」
「よし、CICに神経ガスを送り込め。」
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