■MOBILIS IN MOBILI

ノーチラス号とネモ船長
 
2008年4月22日更新


普及している挿絵版の"MOBILIS IN MOBILI"

ishibashiさんによると、正しくは
こちらのようなデザインか(by 西村屋)
 「海底二万里」のノーチラス号の船内に掲げられているラテン語のモットー「MOBILIS IN MOBILI」、日本語では「動中の動」と訳されているが、どういう意味なのだろうか?
 ネット上で検索すると、いくつかの英語訳が見つかる。

"Moving in a moving thing"
"Moving within the moving element"
(F. P. Walter訳)
"Changing through change"
"Changing through the changing medium"
"Movement through the moving element"
"How change occur through a changing medium"
"One's behavior in a "worldchanging" environment"


 基本的には「動く/変化する環境における動き/変化」という意味となっており、本書でアロナクス教授はこれを"The submarine moves in a moving thing -- the ocean"という意味に理解している。

 浦安のディズニーシーのミステリアスアイランドにも"MOBILIS IN MOBILI"の表示があり(下の画像)、このエリアでの合言葉が「モビリ」となっていることはマニアの間で有名。ディズニーランドのガイドブックには「変化を以って変化をもたらす」という訳が載っているそうだ。「動中の動」より積極的な意味に訳されている。


ミステリアスアイランド内のマンホールに表示された"MOBILIS IN MOBILI"

 "IN"または"through"に「以って」の意味まであるかどうかはともかく、"MOBILIS IN MOBILI"には「動く潜水艦の中に人間あり」あるいは「循環する海洋の中の動く潜水艦」という平凡な意味だけでなく、「動乱の世界の中のノーチラス号という独立国」、すなわち”ノーチラス号で世界を変える”という政治的なメッセージが込められていてもおかしくない。

 この言葉はそもそもジュール・ヴェルヌの造語なのか、それとも、本作品の前に書かれた他の著書からの引用なのだろうか?
 現代思想の最前線 第21回に「かつて哲学者オルテガ・イ・ガセーは「動中の動(Mobilis in mobili)」をモットーとせねばならぬ、と書いた。」とある。これが出典かと思ったら、このスペインの哲学者Jose Ortega Y Gassetの生存年は1883年〜1955年(Wikipedia)、すなわち仏語版「海底二万里」が出版された1869〜1870年よりあとの生まれとなり、ガセーは出典とはなりえない。

 また、Bloody Rose's 2008年02月14日には
「動中の動("Mobilis In Mobili")」とは、「他人が動くのを見極め、自分が他人からは予期されない方向に動き勝利すること」、と言っても過言でない。
と、同じくBloody Rose's 2008年01月10日には
あの偉大な松下幸之助の哲学に "Mobilis In Mobili" (「動中の動」たれ。)と言う物作りを志す(者に向けた言葉がある)』
とある。"Mobilis In Mobili"でネット検索して分かるのはここまでである。

 ishibashiさんによると、原著では"MOBILIS IN MOBILE"となっていて、これはラテン語の文法間違い。のちの版で"MOBILIS IN MOBILI"に訂正されたいきさつがあり、このことから従来の定説ではヴェルヌの造語である可能性が高いと考えられているとのこと。
 ところが、同じくishibashiさんによると、つい最近、日本のN・Fさんが気付いたことがきっかけで、ishibashiさんとアレクサンドル・タリュー氏により新事実が確認された。ヴェルヌが「海底二万里」第一部第一章のキュナード社に関する記述の元ネタとした「大洋横断蒸気船」という本の中に、ある技師が「浪に打たれる岩」を象った紋章の銘として"Immobilis in mobile"(動中の不動)という言葉を採用していて、ラテン語の文法間違いも同じ。タリュー氏は全く別個に"Immobilis in mobile"を発見していたが、おやっと思っただけでそれ以上調べていなかったという。
 「動中の不動」では含蓄する意味がいささか平凡なのに比べ、ヴェルヌがそれを「動中の動」に改編してノーチラス号のモットーとした着想が秀逸である。

 太極拳の陰陽五行によると、太極拳には「静をもって動を制す」または「静中求動」という言葉があるとのこと。「動中の動」とは若干違った捉え方をしているのが面白い。

 武蔵の『五輪書』を読むの「火之巻 2」の「6 景気を知る」に以下の註解がある。

「敵を知る」ことは基本的な静態的認識だが、「景気を知る」のは戦闘中の動態的認識である。つまり、「敵を知る」の認識基準は動かない静止系だが、「景気を知る」のは基準そのものが動く運動系である。
・・・・・
 これを禅家流に言えば、不動智には二つあり、前者は動中の静としての不動だが、後者は動中の動としての不動である。

 太極拳に以下の言葉がある。
陰陽論「動中に動に触れ、動にしてなお静なるがごとし」
陰陽論「攻防一如、防御即ち攻撃、攻撃即ち防御」
太極論「動、極まれば静となり、静、極まれば動となる」「動中に静を宿し、静中に動が潜む」


 いずれにしても、人を取り巻く環境は不変のものと思いがちだが、変化するものとして捉えよとしている点で共通している。

ノーチラス号とネモ船長