■海洋SF論

 

■SFの定義

 "SF"とは、空想+科学、すなわち、科学を基盤にした空想小説である。が、その定義は常に論争を引き起こしてきた。
 科学の高度化・専門化が進むにつれて、科学的な厳密さと空想小説としての自由さが相反する面が出てきたことも否定できない。しかしながら、「科学的には起こり得ない」と否定する人が、実は、科学が穴だらけであること、実際、しばしば二転三転してきた実例に事欠かないことを知らなかったりする。ここではSFの概念を広めに捉え、
"現実に起こりうるかも知れないフィクションとして、読者に新しい視点、新しい視野を与える作品"
として考えたい。

■日本と欧米のSF比較
 日本と欧米のSFは、特撮物とアニメとでかなり様子が異なる。特撮では、1954年の「ゴジラ」以来、欧米に引けを取らない優秀な技術を誇ったが、1968年キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」の鮮明な映像によって圧倒的な差を付けられ、その差を埋めようとする85年の「さよならジュピター」でもその差は埋まらず。怪獣物・ヒーロー物に特化することで存続している。
 一方、アニメの世界では、ディズニーが豪華絢爛、精緻なアニメ映画を指向して世界的にヒットしたのに対し、人物や背景を簡略化した低コストなTVアニメ路線を取ることで着実に成長していく。そんな中で、「機動戦士ガンダム」、「エヴァンゲリオン」、「ふしぎの海のナディア」、「未来少年コナン」、「風の谷のナウシカ」など新しい感覚のヒット作品も登場するようになり、ゲーム・ソフトとともに、世界の中でトップの地位を占めるようになる。

 日本の大衆向けSFに多く見られるパターンは、ゴジラ・シリーズとウルトラマン・シリーズに代表される。その根元は、水戸黄門の印籠や金さんの桜吹雪のイレズミ、あるいは、プロレスとの類似性が極めて強い。力道山のカラテ・チョップ、ジャイアント馬場の16文キック、アントニオ猪木のコブラツイスト、吉村の回転エビ固めなど、窮地に立ったところで一発逆転するパターンは、よほど日本人は好きらしい。ウルトラマンのスペシウム光線、宇宙戦艦ヤマトの波動砲もそうである。
 一方、欧米では、サクセス・ストーリーが基本であるが、意外に、「みにくいアヒルの子」と「シンデレラ」に象徴される血筋モノ又は玉の輿モノも多い。「スターウォーズ」しかり、「ハリーポッター」しかり。

■モンスターとスーパー潜水艦とムー/アトランティス
 海洋SFの3大スターは、モンスター、スーパー潜水艦とムー/アトランティス帝国である。
 ・海のモンスター
 アーサー・C・クラークが大イカ好きなのは有名な話らしい。このほか、大タコ、半魚人、白鯨、大海蛇(シーサーペント、田中光二の「怒りの大洋」三部作に謎のまま登場する。カッスラーの「殺戮衝撃波を断て」)、巨大サメ(ジョーズ、メガロドン)がオーソドックスなところ。
 新しいものとしては、「腐海」の渦鞭毛虫の新種「フィステリア・ジャンカージ」。人間の血中で爆発的に増殖するところは星野之宣の海藻「アルガ」に似ている。ユニークなのは「ソリトンの悪魔」の温度躍層のソリトン(孤立波)生物(サーペント)。また、トンデモない生物としては超音速で飛翔して金属をも切断する大石英司「深海の悪魔」の「スピードフィッシュ」がある。。
 チューブワームに触発されたモンスターとして「リバイアサン」と「ザ・グリード」がある。

 ・スーパーメカ
 スーパー潜水艦では、<ノーチラス号>(ヴェルヌ「海底二万マイル」のディズニー版ではタツノオトシゴのイメージ。「ふしぎの海のナディア」では707二世タイプ)、海底大戦争の<スティングレイ>、原子力潜水艦<シービュー号>(エイのイメージ)、謎の円盤UFOの<スカイダイバー>、UEO(地球連合海洋機構)の<シークエスト>(ダイオウイカのイメージ)、小澤さとるの「サブマリン707」、「青の6号」、松本零士の「スーパー99」、サイボーグ009の<ドルフィン号>、<マイティジャック号>

 ・ムー/アトランティス
 海に沈んだムー/アトランティス帝国としては、ふしぎの海のナディア、コナン・ドイルの古典「マラコット深海」のアトランティス、サブマリン707のムー帝国、カッスラーの「アトランティスを発見せよ」では南極大陸の古代文明が登場する。

 ・海底基地
 3大スター以外にも重要なアイテムが海底基地。「アビス」、「ソリトンの悪魔」では海底設置型石油掘削リグ。南海トラフに大量に眠るメタン・ハイドレートを採掘するには、流速4ノットにも及ぶ黒潮に影響されない海底設置型リグが必要かもしれない。
 「青の6号」では潜水艦基地を兼ねた青の本局<青のドーム>が北太平洋のど真ん中の海山上に設置されている。おそらく、ハワイ諸島の北西に連なるハワイ海山列の一つと思われる。OVA版の青のドームはバヌアツに設置されている。
 海中浮遊基地では青6で<ストリームベース>と<ビッグ・マックス>が登場する。
 洋上基地では、映画「ディープ・ブルー」の海洋生物研究所<アクアティア>。

■仮想敵
 海洋SFに限らず、SFのヒット作品は、強大な敵が登場する。スターウォーズ(ダースベーダー)、スタートレック(クリンゴン)、「機動戦士ガンダム」(シャー)、「ふしぎの海のナディア」(ネオ・アトランティス)、「サイボーグ009」(ブラックゴースト)、「青の6号」(マックス)、「エヴァンゲリオン」(使徒)、「宇宙戦艦ヤマト」(デスラー提督)、「インデペンデンス・デイ」(超巨大円盤)、「エイリアン」、「ターミネーター」など、魅力ある敵キャラは大ヒット作品となる必須要素と言える。
 自然現象が敵となっている作品としては「さよならジュピター」(マイクロ・ブラックホール)、「ディープインパクト」ほか小天体衝突もの、「風の谷のナウシカ」(腐海)、「日本沈没」がある。
 ファースト・コンタクトものである「2001年宇宙の旅」、「アビス」、「ソラリス」、「未知との遭遇」は、敵とは言えないが、敵か味方か分からない「強大な謎」が相手となっている。

 それに対し、特定の強大な敵の登場しない作品に、「海底2万哩」、「原潜シービュー号」、「シークエスト」、「海底牧場」がある。相手が自然の脅威だったり、宇宙人だったり、毎回、小物が登場している。海洋SFものに多いのが面白い。海洋SFは大ヒットしないゆえんかもしれない。

 東西冷戦構造の崩壊によって、強力な科学技術を持った敵国は地球上から存在しなくなり、ハリウッドでの映画作りでは敵キャラの設定に苦労しているという。しかし、テロ集団でも、2001年の同時多発テロは、フィクションの世界が想像もできなかったような恐るべき大量殺人を引き起こせることを証明した。
 スタンリー・キム・ロビンズのマーズ三部作では、地球からの独立戦争よりも、火星の厳しい環境との戦い、そして、多様な異なる思想を持った民族間の葛藤に大部分のページをさいており、新しいSFの形を提示している。

■なぜハインラインとアシモフは海洋SFを書かなかったのか?
 古典SFを振り返れば、ジュール・ヴェルヌは永遠の名作である「海底二万リーグ」はもちろん、「地軸変更計画」、「動く人工島」、「地底旅行」など海洋・地球ものを書いている。W・G・ウェルズもなかなか目に見るのは難しいのですが「海からの襲撃者」、「海底のふしぎな都」、「深海にて」という海洋SFがあるようです。エドガー・アラン・ポーは海洋冒険+地球空洞説の「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」を書き、バローズはベルシダー・シリーズで有名。コナン・ドイルは「マラコット深海」を書いている。
 SF御三家のうち、アーサー・C・クラークは「海底牧場」、「イルカの島」など自他共に認める海洋好きなのに対し、残るアシモフは「ミクロの決死圏」で一応、海と成分比の似た体内を航行する潜水艇が登場。ハインラインはまったくなし。「ガニメデの少年」と「レッド・プラネット」でテラ・フォーミングが登場するけど、海は出てこない。「ヨブ」の中に唯一、主人公たちが海に投げ出されるシーンがある。あとは金星の沼(足の届く深さ)ですね。
 海洋SFを書かない作家は多いのだろうか?
 「デューン」のフランク・ハーバードの処女作が「21世紀潜水艦」。「ゲートウェイ」シリーズで有名なフレデリック・ポールはジャック・ウィリアムスンと組んで「ジムくんの海てい旅行」、「深海の恐竜」、「海底の地震都市」を書いている。『ガス状生物ギズモ』、『タイム・トンネル』のマレイ・ラインスターは「青い世界の怪物」を書いている。「人間以上」シオドア・スタージョンは「原子力潜水艦シービュー号」  つまり、SF作家たるもの、宇宙を書けば海も書きたくなり、ことによっては地中も書くのが自然の法則。「鉄腕アトム」も「サイボーグ009」も「ドラえもん」もウルトラマン・シリーズもそうです。ロバート・L・フォワードも「ロシュワールド」で水とアンモニアの海中シーンを書いてるし。
=>梅原克文の言いたい放題(現在の活字SF氷河期の意味を論じている)