「みらい」が解明しようとするもの

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 「みらい」はこれまでの主要な観測船と比べて、総トン数で一挙に2倍以上の大きさという比類なき観測船である。これは第一に海洋観測ブイを西部赤道太平洋に効率的に展開するためであり、同時に、この大きさを利用して、これまで観測データの空白域と言われていた高緯度の荒天域氷縁域(結氷域周辺)での観測を安全に実施するためである。
 すなわち、緊急の課題とされている地球規模の気候・海洋変動を解明する「海洋地球研究船」としての使命を果たすことを主目的として諸検討が行われてきた。
 その課題として次のようなものがある。
■熱帯の海洋大気相互作用(エルニーニョ、アジアモンスーン)
 通常、赤道太平洋の西側には巨大な暖水プールが形成されており、大気を駆動する熱源の役割を果たしている。これには南赤道海流赤道潜流北赤道海流北赤道反流ミンダナオ海流(黒潮)インドネシア通過流という複雑な海流系、そして、貿易風超雲団(スーパークラウドクラスタ)などの大気現象が係わっている。
 超雲団は熱帯特有の巨大な雲の集団であって、強い降雨によって暖水プールの表面に薄い淡水の層を作り、それが高い海面水温を作り出す原因となっている。

 その暖水プールが数年の周期で東進する現象をエルニーニョ(聖なる男の子)といい、逆に、西側の暖水プールが通常よりも強化される現象をラニーニャ(聖なる女の子)と呼ぶ。エルニーニョ/ラニーニャ現象は、ペルー沖からフィリピン沖まで実に地球を1/3周する広範な赤道海域の水温異常現象であり、これによって地球全体の大気循環の配置が大きく変わる。以前はエルニーニョはペルー沖のローカルな現象としか一般には知られておらず、これが地球規模の海洋・大気変動現象であることが広く知られるようになったのは衛星観測の発達によるところが大きい。

 このエルニーニョ現象の解明のため、これまでに、米国大気海洋庁(NOAA)等が赤道太平洋の数十カ所にTAOアレイ(ATLAS/PROTEUSブイ)という係留ブイネットワークを展開しており、不完全ながらエルニーニョの成長と衰退が予測できるようになってきた。これからの課題は、何がトリガーとなってエルニーニョを引き起こすか、その規模はどの程度であり、また、高緯度にどのような影響を及ぼすかを予測することに移っている。

 ATLASブイは水温分布のリアルタイム伝送が可能だが、これでは淡水供給が大きく影響する西部赤道太平洋の観測には十分でない。また、浮体がドーナッツ型で浮力が小さいために転倒や没水による故障等も多い。このため、塩分分布のリアルタイム観測も可能で球形の大型浮体を採用した新しい観測ブイ(TRITONブイ)が海洋科学技術センターで開発され、1998年3月より西部赤道太平洋への配置を開始し、第I期としては20カ所に展開する計画となっている。

 「みらい」はこのTRITONブイを効率的に設置・回収することを第一のミッションとしており、最大15基のブイを搭載し、後述するように効率的にハンドリングするための設備を有する。

 このほか、観測船としては世界最大のドップラーレーダー(パラボラ直径:3.0m、Cバンドマイクロ波)が「みらい」に搭載されている。これは雲の中の降雨と上層の風を観測するものである。また、ラジオゾンデ自動放球コンテナ総合気象観測装置(光進電機製SMet及びBNL製SOAR: Shipboard Ocean and Atmospheric Raiation)が装備されている。後日装備として観測フロンティアにより乱流フラックスを渦相関法で観測可能な超音波風向風速計とCO2アナライザーもフォアマストに搭載済み。これらの設備とTRITONブイ、さらには、1997年秋に日米協力で打ち上げられた熱帯降雨観測衛星(TRMM)との同期観測によって、高緯度とは異なるメカニズムに支配されている熱帯降雨の解明を目指す。

■北太平洋の十年〜十数年変動
 最近、北太平洋において冬季の偏西風の強化と海面水温の低下が十年〜十数年のオーダーで変動し、エルニーニョとともに、高緯度地域の気候変動を複雑なものにしていることが知られるようになってきた。
 この変動には冬の降雨若しくはオホーツク海などの沿岸水を起源とする低温低塩分水が沈降したり、あるいは、黒潮流域と偏西風との間の大規模な海洋大気相互作用による表層海水のサブダクション(沈み込み)などが大きく係わっていると考えられているが、これまで冬季の北太平洋は荒天のために精度の高い観測がほとんど実施されていない。

 このため、「みらい」は後述するとおり、大型CTD採水器(水温、塩分計測及び採水。12リットル×36本又は30リットル×24本、最大水深:9,500m)、小型CTD 採水器(10リットル×12本、最大水深:7,000m)などによる観測をできるだけ荒天域で実施できるようにすることを第二の重要ミッションとしている。

■荒天域での二酸化炭素の吸収(地球温暖化)
 急増を続けている大気中二酸化炭素の主要な吸収源として、まだ十分解明されていないものに森林と海洋があり、"Missing Sink"と呼ばれている。中でも冬季の荒天域は大気と海水の混合が活発であり、植物プランクトンの生産も活発なために炭素の固定に大きく寄与している。
 これに、サブダクションや低温低塩分水の沈降が二酸化炭素や気温変化の影響を中層に送り込むベルトコンベアの役割を果たすことによって、海洋は地球温暖化のクッションとしての役割を果たしている。この海域の二酸化炭素の吸収メカニズムを解明することは、地球温暖化の予測精度を高めるために不可欠である。

 このため、「みらい」は大気中の二酸化炭素等を計測するための大気ガスサンプリング装置及び海水中の化学成分等を計測するために表層海水連続分析装置が装備されている。これによって荒天域を航行しながら二酸化炭素の吸収や栄養塩などを連続的に観測することができる。また、船底に海洋レーザーが後日装備され、海中の植物プランクトンの連続観測も可能となる(その後、搭載がキャンセルされる)。

 波を計測するためにマイクロ波ドップラー波高計が装備されているが、「みらい」は乾舷が高くて波高計が冠水する確率が小さいため、強波浪の研究に「みらい」を利用することも興味ある課題である。

 このほか、長期的な気候変動を解明するためには、深海から採取した海水中の様々な化学物質を分析して世界の深層循環を知る必要があり、また、ピストンコアサンプラーで得た海底堆積物から過去の気候・海洋変動を復元する必要がある。「みらい」はこうした海水や堆積物試料の分析について陸上の研究所にも劣らない充実した研究室を設けており、精密な分析のために、クリーンルーム内でクラス1000、クリーンドラフトチャンバー内でクラス100の清浄度を達成している。

(分析装置)
CN質量分析計(生物試料中の炭素・窒素の安定同位体比測定)
海水中全炭酸測定装置
オートアナライザ(栄養塩の測定)
オートサル(塩分の精密測定。温度管理した小部屋に設置)
高速液体クロマトグラフ(色素測定)
分光吸光光度計
分光蛍光光度計(色素の測定)
ターナー蛍光光度計(植物プランクトンに含まれるクロロフィルαの測定)
連続海水分析用オートアナライザ(栄養塩の測定)
表層海水連続分析装置(塩分・水温・溶存酸素・植物プランクトン量・動物プランクトン量の測定)
pCO2分析装置(海上の空気と表層海水に含まれるCO2濃度の精密測定)
表層海水中全炭酸濃度自動連続測定装置
イオンクロマトグラフ
ガスクロマトグラフ
ガスクロマトグラフ質量分析計
コア写真撮影装置
γ線非破壊コア分析装置
コアカラーリファレンス装置
コアカラーデータ処理機
ソフトX線撮影装置
X線回折計
蛍光X線装置
超純粋製造機
ドラフトチャンバ
クリーンドラフト
超低温冷凍庫(-85度C)
低温実験室(-30度C) フリーザ
冷蔵庫
偏光顕微鏡
乾燥機
電気炉
製氷機
■氷海変動
 暖水プールが大気を駆動する熱源とすれば、極域は冷源としての役割を果たす。氷海域では海氷分布の変化と気象の変化が互いに強化する方向に働きあい、また、海氷生成が河川からの淡水流入量などにも影響される。このため、北極域は地球規模の気候変動の影響が鋭敏に現れる海域であると言われている。また、海氷の消長は世界を循環する深層循環ベルトコンベアの駆動力となるとともに、プランクトンのブルーミング(大増殖)による炭素循環への影響についても関心が持たれている。
 氷海変動モデルや開氷面から放出される潜熱や顕熱などの海面フラックスを研究するうえではむしろ結氷域の周辺(氷縁域)の観測が緊急となっており、このため「みらい」は砕氷能力はないが、船級規則クラスIAの耐氷構造を有する。
■高緯度海域での海洋底ダイナミクスと化学合成生態系
 海洋プレートが拡大している長大な中央海嶺から放出されている熱や物質は、太陽光に依存しない化学合成生態系を維持するだけでなく、地球規模の長期的な環境変動になんらかの影響を与えていると考えられている。そのなかでも大きな割合を占める環南極海嶺は年間を通じて荒れた海域にあるため、精度の高い重力、磁力、海底地形などのデータが圧倒的に不足している。

 「みらい」はこのような荒天域での固体地球物理データを収集し、あるいは深海生態系を解明するため、マルチナロービーム測深機としては最新鋭の SeaBeam 2112.004(12kHz、サイドスキャンソーナー機能、4kHzサブボトムプロファイラー付)のほか、船上3成分磁力計(テラテクニカ製SFG1214、フォアマスト上に装備)、曳航式プロトン磁力計(Geometrics製G-811、曳航速度12ノット)、船上重力計(LaCoste and Romberg製S-116)、ピストンコアサンプラー深海曳航カメラなどを装備している。


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