いうまでもなく、科学深海掘削で第一にやらなけれならないことはコア・サンプル(柱状試料)をなるべく完全な形で採取してくることである。
ODPまでのライザーレス深海掘削のコア回収について少なくとも3つの問題があった。
このほか掘削孔を恒久的な観測所とする問題があるが、ODPのライザーレス掘削でもケーシングを入れて観測装置(A-CORK)が設置されているので、ここでは除外する。
もうひとつの対策は、ケーシングをどんどん追加挿入する毎に掘削孔の系が小さくなってしまわないように、追加挿入後のケーシングを内側から押し出し加工して内径を大きくしてしまうエキスパンディング・ケーシングという方法も開発されている。こちらは従来のライザーシステムがそのまま使えるから、やはり近々に適用可能な技術として大いに期待しているところ。デモ映像を見る限り明日からでも使えそうに見えるが、そうもいかないらしい。
堆積速度の速い(毎年1cm?)海域、すなわち有機物が多く埋没してるであろう海域で過去百万年の高解像度な気候変動復元を行うという場合、事前調査に十分な金を掛けて掘削ポイントを決めるのが肝心なのであって、ライザー能力を必要とするわけではない。
次に、しっかりした地層(海底から数百m?)まで掘ってケーシングを入れてウェルヘッドを設置し、BOPとライザーを降下・接続した後に遭遇する炭素リザーバーはというと、これは石油掘削と同じであり、科学目的として必要かどうかによる。「ちきゅう」では石油・天然ガスの出そうな海域は掘らないことになっているようだ。
ちょっと微妙なのはメタンハイドレート。ハイドレートとフリーガスの境界と言われているBSR(擬似海底反射面)は水深にもよるが、海底下数百mあたり。ハイドレート層はBSRよりも上だから、おそらくライザーレス掘削可能な深度だろう。
ただしライザーレスでBSRを貫通すると、フリーガスを押さえ込むことはできないので、ライザー掘削としたいところ。ハイドレート層に達する前にケーシングをしっかり固定しBOPやライザーが接続可能なようにすることができるか、このあたりはエネ庁のハイドレート技術開発動向に期待したいのだが・・・。
・拡大軸など溶岩の露岩地帯:岩石が割れてしまって柱状試料にならない。ライザーレス掘削段階での問題。問題は2つあって、一番最初にコアビットで露岩面を掘り始める(「スパッドイン」という)のが難しい。水平に堆積物の溜まっている場所であれば、堆積物がクッションとなって掘り始めることが容易だが、形状の複雑な溶岩の露岩の場合、水平な場所を見つけることすら困難。
この場合はあらかじめガイドベースを設置しておいて、そこにコアビットをエントリーさせればよいはずだが、それでうまくいってるかはよく分からず。
さて、掘り始めがうまくいったとして、通常のローラーコーンビットで掘ると岩石がどんどん割れてしまう。このビットの掘削原理がそもそもタングステン・カーバイドの歯を岩石に押し付けて突き崩すツルハシ方式だからだ。
硬くて割れやすくて研磨性の高い玄武岩には小口径ダイアモンドビット(SHCS:5.276 Slimhole Coring System)で掘ればよいという報告がある。このビットは柔らかめの金属である基盤(マトリックスという)にダイアの粒を埋め込んだもの。つまりヤスリ方式。欠点は高価なこと、掘進速度が遅いこと、寿命が短いこと。
ローラーコーンビットとダイアモンドビットの中間的なものに人工ダイヤのPDCビットがある。これは黒色ダイアモンド(人工多結晶ダイヤモンド、PDC:Polycrystalline Diamond Compact)をタングステン・カーバイド製の刃先に付けたフェースカッターで岩石面を削るカンナ方式。これでも結構いいかもしれない。
ベストなのは高速回転する小口径ダイアモンドビットだという報告もある。口径が小さくなると同じ回転速度では削る速度が減ってしまう。ドリルストリングスの回転速度には限界がある。そこで先端のビット部分だけを高速回転させる。コアリング可能なモーター駆動の小口径ダイアモンドビット(MDCS: Motor Driven Coring System、泥水モーター駆動)の開発は果たして可能なんだろうか?
ところで、このPDCビットやダイアモンドビットの泣き所として、前述のスパッドイン時の衝撃に弱いという問題がある。PDCを特に頑丈なマトリックスに埋め込んだPDCビットなら大丈夫という話も聞いたことがあるがよく分からず。
さらに孔壁崩れでドリルストリングスが拘束されないように、ケーシングをハンマーで掘削に打ち込んでいく「ハンマーイン・ケーシング」という技術も必要とされているが、技術開発の状況がさっぱり聞こえてこない。垂直を保つことが難しいという話も聞く。
もうひとつの重要な要素として、後に出てくる硬軟互層でも共通するが、荒天中でも安定したビット圧を掛けられるかという問題がある。ドリルストリングスの重量の大部分はデリックが吊っていて、ストリングス下部にドリルカラーという厚肉のドリルパイプを使うことでビット圧を調整する。
船の上下動はデリック頂部のヒーブコンペンセーター(クラウンブロックを支える)と、ドリルストリングス下部に挿入されているバンパーサブで吸収することになっている。この性能が不十分だと、コアビットが孔底を叩いたり引っかき回したりする。
「ちきゅう」は「JR号」と比べて排水量が大きく、さらにヒーブコンペンセーターがアクティブ制御(加速度を積分して変位を求めている)であるので、こうした不具合は少なくなると期待したい。つまり高緯度荒天海域でこれまでコア回収率の悪かったライザーレス掘削でも「ちきゅう」を活用してもよいハズ。
・砂礫の層:これもライザーレス段階の問題。掘り進むのは易しいと思うが、インナーコアバーレルの回収時に砂が抜け落ちてしまう。各種のコアキャッチャーが工夫されてきているが、それの不具合なのか回収率が悪いと聞く。最近でもうまくいっていないようだ。
・チャートとチョークのような硬軟互層:チャートは放散虫由来の硬い岩石であるが、それに挟まれるチョーク層(石灰質)は脆くて、ローラーコーンビットで掘ると崩れてしまうことが多いらしい。
ODPではローラーコーンビット(又はPDCビット)の内側に小口径のカッティングシューが押し出されるエクステンデッド・コアバーレルXCBが開発され、「ちきゅう」ではその改良版のESCS: Extended Shoe Coring Systemが使われる。これはちょうどエイリアンの口の中からもうひとつ口が飛び出るようなもので、硬いチャートの掘削はローラーコーンビットで、柔らかいチョークになるどカッティングシューがせり出してきて崩さないようにコアリングするという。
これもうまくいっているのか気になるところ。
・礫を含む堆積層:これもコア回収率を上げることが難しい。XCBがいい場合もあるが、XCBでダメな場合が多い。
・未固結堆積層:柔らかい堆積層についてはODPで開発されたピストンコアバーレル(APC:Advanced Piston Core)が好成績を収め、「ちきゅう」ではその改良版HPCS(Hydraulic Piston Coring System)が使われるが、一番最初の海底表面部分についてはドリルストリングスの上下左右の揺れで掻き回されてしまうと聞く。
最表層部は普通の調査船に積まれているピストンコアサンプラー(長さ20m。中には50mという長いピストンコアサンプラーもある)で採取することとして、その能力を超える部分については、「ちきゅう」の優れたアクティブ制御ヒーブコンペンセータに期待したい。
以上、コア回収率の悪い問題については、ライザー掘削以前の問題が多い。ヒーブコンペンセーターの性能アップは少々期待しているのだが・・・。それとライザー掘削段階になれば海水掘りから泥水循環掘りに切り替わるので、ドリルストリングスの海中部分がライザー管で覆われていることとか、泥水の粘性などによってドリルストリングス/コアバーレルに異常な動きが生じにくくなる、リエントリの苦労なく最適なビットに交換できるなどの期待も聞くが、本当はどうか分からない。