■「しんかい6500」木星に行く

 
2000年8月12日更新

(作:西村屋、Special Thanks:長谷川孝一、長沼 毅)この短編をモチーフとしたSF小説等の作成を歓迎。

202X年のある日の日記(*1〜*3)

3年前の出来事
氷のエウロパと暖かい地球
海洋牧場の思い出
地球と共存する工夫
さらに地球そして海へ

未来年表


●3年前の出来事
 国際深海ステーション「ディープスター3」(*4)に出張していたお父さんが、昨日、2ヶ月ぶりに帰ってきました。「ディープスター3」は世界の海で一番深いマリアナ海溝にある研究所です。でも光ファイバーで繋がったテレビ電話でいつでも話せて、海の底の不思議な姿も見せてくれるので、そんなに遠い場所という気がしません。

 せっかくお父さんが帰ってきたというのに、お母さんは、先週からヒューストンのジョンソン宇宙センター(*5)に行ったままです。深海潜水艇のエンジニアであるお母さん(あの「しんかい11000」も造ったんですよ)がどうして宇宙と関係があるかって? それは3年前のある出来事があったからです。

 その事件とは、木星第二の衛星エウロパに、小惑星が衝突したことです。それでエウロパをおおっている何kmもの厚さの氷に穴が開きました。その氷の下には地球よりも何倍も深い海があって、その海底火山には生命がいるかもしれないと言われてきました。でも厚い氷がじゃまして、探査機で潜らせて調査するのは何年も先のことと思われていたんです。

 その氷に穴が開いたのです。絶好のチャンス、探査機を急いで送ろうということになりました。ところが困ったことに、その穴はふたたび凍り始めました。残された時間は3年。こんな深い海に潜れる探査機を新しく造っていてはとても間に合いません。
 その時、誰かがエウロパの引力は小さいから「しんかい11000」でも圧力に耐えられることに気付きました。でも「しんかい11000」をエウロパに送っちゃうと、深海を研究しているお父さんたちが困ってしまいます。そこでお母さんたちが考えて、昔、活躍した「しんかい6500」を人工知能ロボット艇に改造することに決まったんです。そんなに古くって大丈夫かって? 人間が乗らないので安全基準をクリアできるんだって。

 半年の突貫工事で宇宙潜水船に生まれかわった「しんかい6500」は、国際宇宙ステーション「フリーダム2」(*6)まで打ち上げられて、惑星間輸送機「ディスカバリー4」(*7)に積み替えられました。その最終点検のためにお母さんが、初めて宇宙ステーションに行くことが決まった時、「お母さんすごい」と我が家は大騒ぎでした(*8)

●氷のエウロパと暖かい地球
 こうして長い旅(*9)に出発した「しんかい6500」は、いよいよ今日、エウロパの海底までの初潜航に挑戦します。「ディスカバリー4」が木星に到着して以来、毎日のようにエウロパがテレビに映されます。氷の世界のエウロパに比べて地球は暖かくて青いきれいな海があるので、地球に生まれて本当によかったなと思えてきました。
 ところで、この「暖かい」ということでは地球は大変だったとか。学校で「地球温暖化の防止」というのを勉強して知ったのですが、昔は自動車も船も飛行機もみんな石油で動いていたそうです。今では乗り物はみんな電気や深海の天然ガス、海上の太陽発電工場で造られた水素で動いているというのに。
 温暖化のせいで浸水が増えたり、農業の盛んな国で雨が減ったりする一方で(*10)、地球の人口はどんどん増えていくため、お父さんたちの子供の頃、大人になったら食糧難になるかもしれないと、心配していたんだそうです。
 今は何年も前から計画を作って潅漑(かんがい)用水を造ったり、新しい海上都市や海洋牧場を増やしていけるようになりました。

●海洋牧場の思い出
 今年の夏、海洋牧場の近くの海中バンガローで家族と一緒に過ごしました。海藻の森の中に、たくさんの魚たちが集まっているのには本当に驚きました。「自然の力を利用して、ここまで海藻の森が育つまでに何年もかかったんだ」とアクアボーイのお兄さんが話してくれました。
 海洋牧場はとても静かな海の中にあります。この周りにはマイティーホエールという「人工の鯨たち」が、押し寄せてくる波を食べてくれるからです。また深い海からは温度差を利用して、プランクトンを育てるために新鮮な海水をくみ上げています。余ったエネルギーや冷たい海水などは陸上でも利用されて、省エネルギーに役立っています。

●地球と共存する工夫
 地球の自然とうまく共存できるようになったのも、地球の仕組みが分かってきて、世界各地の雨量なんかが何年も先まで分かるようになって、ちゃんとした計画が作れるようになったお陰なんだそうです。
 地球観測衛星がいつも地球を観てくれていますし、海の上や海底のあちこちには、観測ブイと観測ステーションが活躍しています。昔はそれがとても難しいことだったのだそうですね。
 また日本の周りでは地震断層に届く深い穴が掘られていて、そこにも観測装置が置いてあります。そのお陰で、地震や火山、津波に対しても、いろいろな対策がとれるようになったとか。
 私がまだ小さい頃、その研究の範囲が地球表面の地殻を突き抜けて、とうとうマントルというところにまで届きました。それって月に行くよりも大変なことなんだ。
 そしてこの海底の深い穴は、恐竜が生きていた頃にどんな異変が起きたかを教えてくれた穴でもあります。また別の穴ではバクテリアや動物など生物みんなの共通の祖先になる微生物、それから、ダイオキシンの分解菌なんかも見付かっているんです。

●さらに地球そして海へ
 それでも地球や生命のことはまだまだ分からないことが沢山あります。だからこれから先も、何か大変なことが起きた時、世界の国々が協力して助け合っていくことを、何年も前に国際会議で決めたそうです。
 「地球や生命のことを知るために大事なことだから、みんなが力を合わせて深海やエウロパまで研究をしに行くんだ」って、お父さんがヒューストンにいるお母さんと話していました。
 今日「しんかい6500」から、エウロパの海底のどんな姿が送られてくるか、とても楽しみです。お父さんが見せてくれたマリアナ海溝とは、どんな風に違うんだろう?

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=>「エウロパの海に潜る−宇宙生命探査計画:Dive Europa: A Search-for-Life Initiative」(長沼 毅, PDF File) =>エウロパに生命は?、を考える(和田 真)
=>地下環境と微生物 −地中温度の変化が生物圏へ与える影響について−(長沼 毅)