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腕時計の中でもダイバーズウォッチはとても人気があります。腕につけていても頑丈で、野外の作業でも安心して使えます。水仕事でも何ら問題もありません。夜でも夜光塗料が光って時刻が読めます。
今回はダイバーズウォッチについて紹介いたします。
- 1.いろいろなダイバーズウォッチ
- ダイバーだけにとどまらず一般の方々からも人気の高いダイバーズウォッチのいろいろを時計メーカーからご紹介頂きましょう。
- (1) セイコー
- ・Kinetic Diver's
・Mechanical Diver's
・Quartz Diver's
・Solar Diver's
- (2) シチズン
(3) カシオ
(4) オリエント
- 2.ダイバーからみたダイバーズウォッチ
(1)はじめに- 私は若い頃、海洋科学技術センターで潜水技術の開発に携わり、月のうち何回かは潜水し、給与の中に潜水手当も貰うダイバーであった。つまり仕事場の一つは海の中だった。
当時はシートピア計画という海底居住実験を行っていて、4人のダイバーが水深30m、60m、100mの飽和潜水を行うというものだった。欧米ではフランスのクストーグループが行っていたプレコンチナン計画、アメリカでは海軍のシーラブ計画が先行して行われていた。このシートピア計画は大陸棚資源の開発のためにはダイバーが水深100mまで潜って潜水作業を行うもので、当時の日本の潜水技術は空気潜水で水深60mまで潜って作業できる程度で、混合ガス潜水や飽和潜水はまだ行われていなかった時代である。
この後、シードラゴン計画では潜水シミュレータで100mから300mまでの潜水実験が行われ、私はダイバーに選ばれて200m、300mの潜水を経験した。
この後、海中作業実験船「かいよう」が完成し、実際の海中作業を100m、200m、300mで行ったニューシートピア計画が行われた。
- (2)水中で使用する機器
- 私はダイバーの装備品が担当であったので、使用する潜水呼吸器、潜水服、高水圧環境で使える水中カメラ、高圧ヘリウム環境で使える電池、腕時計などを手に入れる必要があった。ただの水圧でも使える機材は限られていて、水中カメラであっても水深50mまでのニコノスで60m、100m、200m 300mで使えるものはなかった。
ダイバーズウォッチにおいても150mとか300mまで使えると記載されていても、単に水圧に耐えるだけで飽和潜水では不安な要素がいくつもあった。また、特殊な飽和潜水でなくともダイバーズウォッチとして信頼のできない点がいくつもあった。最終的に昭和47年に行われたシートピア計画では飽和潜水に実績のあるロレックス・シードエラー2000が選ばれて使われた。
- (3)ダイバーズウォッチを使う環境
- ダイバーズウォッチは精密機器で、本来過激な衝撃や振動は与えてはならず、なるべく丁寧に扱うのが基本である。しかし、ダイバーの作業環境はあまりに過激な環境である。一般の方のように椅子に座っての装着は無理で、揺れる船上で立ったままの装着、波やうねりで船体や岩場でこすれる、ぶつけるなど乱暴な扱いに耐えているのが、現状である。
具体的にはコンクリートの岸壁からボートに潜水機材を載せる、潜水機材は5キロ、10キロと重たいものばかりである。ここでも早々丁寧には扱えない、ボートで沖へ向かう間に自分の使う機材をまとめて、装備できるものは装備する。ボートは揺れている、ダイバーの身体はあっちへぶつかり、こっちへぶつかりしながら潜水準備をする。
現場へ着いたらボートを係留し、ダブルボンベを背負ってエントリーする。機材を持った手で回転ベゼルをセットして潜降開始、時にはセットも忘れることもある。
作業を終えて浮上開始する。ここで潜水時間が何分かによって水深3mで減圧することもある。ロープにつかまって何分間か減圧してボートの縁へ着く、ボートの仲間が機材やダブルボンベを引き上げてくれる。ハーネスがダイバーズウォッチに引っかかることもある。
ウエイトやフィンまで渡してボートにあがる。ウエットスーツの上着を脱ぐにはダイバーズウォッチを外す、一旦置くが船の揺れて床に落とすこともある。揺れるボートの上で踏ん張っての扱いには金属バンドの方が扱いやすい。腕に引っ掛ければもう落ちないからだ、ゴム製バンドでは床に落とすこともしばしばである。
時計メーカの方にこんなにキズがついていますよ。扱いが乱暴ですね。と言われると辛い。皆さんのように椅子に座って取り扱いではなく、揺れる船の現場では丁寧に扱えないからだ。
- (4)ダイバーズウォッチのバンド
- また、気になったのはバンドの問題である。ダイバーが装備している潜水服にネオプレーン生地のウエットスーツがある。この生地の中には気泡が入っていて保温効果があるが水圧によって薄く、小さくなってしまう。ダイバーが水面で丁度よい締め付け具合にバンド調節しても30m、50mに潜るとバンドがゆるゆるになって、時計本体が下を向いてしまうのである。
幾ら腕を回しても表示面が下を向いたままで時間が計れない、両手を使わないと時刻が読めないのである。この状態でバンドを増し締めすると水面では生地の膨張でバンドに付加が掛かってバンドの穴が裂けてしまう。
こうした疑問からスーツ生地の水圧による縮小を計ったものが図―1である。水深50mではバンドの長さで20ミリものゆるみが生ずるのである。これによってダイバーズウォッチのバンドがジャバラ構造になって20ミリの縮小を吸収できるようになったのである。
- (5)回転ベゼル
- 次は回転ベゼルである。潜水開始時に長針に合わせておくと、以降の時間経過が表示されて潜水時間を表すのが回転ベゼルである。当時いくつかのダイバーズウォッチの回転ベゼルは、時計周り、反時計周りいずれの方向へ回るものが大半であった。また、潜って作業して上がってくるとセットした回転ベゼルが動いていたことも度々あって、大事な潜水時間が計れなかったこともあった。
どうして潜水作業をしていると回転ベゼルが動いてしまうことがあるのか調査したところ、うねりで身体を持って行かれ、ダイバーズウォッチがいろいろなものにぶつかる、作業の中でロープを扱う時に回転ベゼルが動くことが幾度かあることが分かった。いったんセットするとストッパーが掛かって動かなければいいのだが、セットした後で時計方向に回転してしまうと潜水時間が30分のところ少なめの20分などと表示され潜水病の危険性があることが分かった。
反時計方向の回転であれば30分のところが多めの40分と表示され、潜水病の発生には減圧時間が多くなって安全な方向へ働くことが分かった。このことから今では回転ベゼルは反時計周りに統一されている。
- (6)飽和潜水
- 飽和潜水とは、水深100mを越える深海潜水で使われる潜水方法で、減圧タンク(DDC)やダイビングベル(SDC)など深海潜水システムを使う潜水である。いったん加圧されると10日も15日も高い圧力下で作業・生活するため、ダイバーズウォッチも長期間高い圧力下に曝される。さらに減圧時間は300mの場合、12日間もかけてゆっくり減圧されるので合わせて一ヶ月以上も高圧下にいるという厳しい潜水である。これだけの長い期間となるとダイバーズウォッチも遅れてきたり、日付がずれたりすることがある。
そこで高圧下でリューズによる時刻修正や日付修正を試みたが、水深300m相当圧ではどの機種もリューズが抜けずに時刻修正や日付修正はできないことが分かった。
高圧下でのリューズの操作は、ネジロックを緩めて外し、リューズを外側に引いて長針を動かすが、リューズを離すと中に入ってしまう、周囲の圧力がさらに高くなるとネジロックは外れるが、リューズが外側に引き出せない、さらにはネジロックが外れなくなるなどを経てリューズが抜けなくなることが確認された。このリューズの操作では、水深30m、40mで操作できないもの、水深100mで操作できないものがあった。
では時刻修正が必要になったダイバーズウォッチはDDCのサービスロック(潜水器や食事の出し入れする箇所)から外部へ出して、大気圧状態でリューズ操作をして時刻修正し、再びサービスロックから内部へ入れることができる。この方法でもダイバーズウォッチが急激な減圧や加圧を加えることになり、パッキンなどに負担となっていた。
- (7)飽和潜水仕様
- また、飽和潜水ではDDC内はヘリウムリッチな環境ガスになり、ダイバーの話す言葉はドナルドダックのようなヘリウムボイスになってしまう。また、ヘリウムガスは分子数が小さくダイバーズウォッチのオーリングパッキンを通り抜けて、ウォッチの内圧を高めてしまうことが知られている。
私が300m飽和潜水実験に参加した折、スイス製、日本製3種類のダイバーズウォッチの内圧を計ったところ、通常のオーリングパッキンを使っているものは内圧が5.3キロ/cm2に上昇していた。ヘリウムガスを透し難いオーリングパッキンを使っているものは3.4キロ/cm2、2.4キロ/cm2、0.7キロ/cm2と少ないがいずれも内圧が高くなっていることが確認された。
この結果、排気弁を設けて周囲の圧力より内圧の上昇を防いでいる機種では排気弁の作動が確認された、また、パッキン部のヘリウムガスの浸透対策及びカバーガラス固定リングによって耐内圧構造にしているものでは減圧時にカバーガラスが外れるトラブルを起こさずに、これらの対策が有効であったことが確認された。
しかし、これらの対策を行っていない機種では、飽和潜水に使った際、減圧時にダイバーズウォッチのカバーガラスには内側からかなりの力が掛かっていて、カバーガラスが外れたり、カバーガラスが押し上げられてオーリングパッキンから浮いて防水機能がなくなることが示唆された。
- (8)水深計測機能
- ダイバーは潜水病の恐れがあるので潜った水深は正確に測るのが原則である。ダイバーにホースで送気している場合は、送気式水深計(クルージライン)で計測している。
ダイバーには送気式水深計の細い一本のホースを他のホース(給気用)ケーブル(通信用)とともに付けておき、水深を測りたい場合は、クルージラインへ空気を送る、するとダイバーの水深まで空気が送られ、開放されたホースの先から空気が出て行く、そこで送気を止めて送気の圧力を測るとダイバーの水深が船上で測れるというものだ。通常はこの数値をもとにダイバーの減圧表が引かれ、潜水時間や減圧時間が指示されている。
一方、スクーバ潜水では、個人レベルで水深を測らなければならず、機械式の携帯水深計(高価なダイヤフラム式)で計っていたが、これでも精度は良くなかった。そこで登場したのが日本の時計メーカが完成させた電子式水深計付きダイバーズウォッチであった。この時、私は開発担当のシチズン時計の梅本さんとともに信頼できる深海潜水装置の水深計と比較させて頂いた。そしてプラスマイナス20センチ以内という画期的な精度を確認することができた。
今では世界のダイバーズウォッチでも日本製のシチズン、セイコー、カシオだけが精度の高い電子式水深計付きのダイバーズウォッチを発売していて、世界中のダイバーから厚い信頼が寄せられている。 何年か前に米海軍の艦船を見学させて頂いた折、そこに配属されているダイバーの腕には全て日本製のダイバーズウォッチに変えられていた。30年も前には考えらない現実がそこにはあった。
- (9)国際規格
- ダイバーズウォッチの性能を規格化しているISO国際規格で、セイコーの徳永さんは、より現実的な規格になるよう大変努力されていて、国内のISO国際規格委員の方々が改正案を提出しようとされていた。丁度ニューシートピア計画が開始されていた時期でもあったので、熱海初島沖の潜水実験では、海中作業実験船「かいよう」に乗船して頂いて、委員の方々に欧米で行われている深海潜水システムと同様な深海潜水実験を細かく視察頂いた。これを期に我が国初の本格的深海潜水実験で各社のダイバーズウォッチをモニターするなど協力させて頂いた。
- (10)深海ダイバーの活躍
- ダイバーズウォッチを使う環境は様々である。特に深海潜水とか、飽和潜水とか書かれていても一般の方々には理解して頂けないかも知れない。深海潜水は日本では特殊な潜水であるが欧米ではかなり知られている潜水方法である。
日本では石油・天然ガスの採掘はほどんど行われていないが、メキシコ湾、サンタバーバラ沖、カナダ沖、東南アジア、ペルシャ湾、北海な、サハリン沖などで盛んに行われていて、そこではヘリウム混合ガスによる深海潜水や飽和潜水が盛んに行われている。欧米には石油・天然ガスの現場で活躍するダイバーになるための専門学校が幾つもあって若者達が熱心に深海ダイバーを目指している。特に最近の石油の高値安定では試掘も盛んで、深海潜水装置や深海ダイバーの仕事は多い。
一般の方々が目にするのは、ロシアの原子力潜水艦クルスクの事故があった時の報道であろう。事故直後にイギリス、ノルウェー、アメリカのダイバーが救助活動に参加したのを見て深海ダイバーの存在を知ったのだろう。彼らは石油・天然ガスの採掘現場で活躍していたダイバー達である。 海軍には飽和潜水ダイバーがいるが、アメリカ海軍、英国海軍をはじめ、日本の海上自衛隊でも潜水艦救難のために500mまでの深海潜水を行うチームがあり、横須賀や呉に所属している。民間でも東南アジアで潜水作業を行っているアジア海洋、深田サルベージに混合ガス潜水や飽和潜水を行うダイバーがいる。
これまでの深海潜水の記録では、フランスのコメックス社が作った実際の海中作業に水深501mの記録がある。潜水シミュレータでの記録では701mの記録がダイバーが苛酷な深海に挑んだ記録である。
ダイバーズウォッチに書かれている水深の表示は、これらダイバーの記録に安全率をかけたものが飽和潜水用600m 1000m 1220m 1300mと記載されていると理解している。あくまでもダイバーの潜水記録に余裕をもった耐圧機能のあるダイバーズウォッチである。
こう書くと、では何人が行ったの?と質問がでるかも知れないが、有史以来陸上を歩いていた人類が、人類の活動範囲を広げようと海の中、それも光りも届かない過酷な深海へ挑戦してきた結果である。これまで深海へ行ったのは、一握りのダイバーかも知れないが、苛酷な深海への挑戦を支えてきたダイバーズウォッチを見ると、その部品の一つ一つが深海の苛酷な環境を表現していて、苛酷なるが故の美しさに輝いている。皆さん!深海へ挑戦してきた人類の証であるプロフェショナルダイバーズウォッチを身に着けてみては如何だろうか。参考:ダイバーズウォッチの歴史