(初出:2008/7/31)
(更新:2008/8/7)

調査捕鯨自体が否定した3つのトンデモ論
──JARPAレビュー報告を徹底検証──

 今回は最初にソース(リンク)を掲載します。

−JARPAの成果・日本鯨類研究所
 http://www.icrwhale.org/03-A-a-08.htm
−IWC事務局
 http://www.iwcoffice.org/_documents/sci_com/workshops/SC-59-Rep1rev.pdf
−東京大学先端技術センター 米本研究室
 http://yonemoto.rcast.u-tokyo.ac.jp/
−「IWC/JARPAレビュー報告」:藤瀬良弘(鯨研理事)、『鯨研通信』438号('08/06)

 日本が行っている南極海鯨類捕獲調査(JARPA)についてのレビューが、2006年12月に東京(鯨研)で開かれたIWC科学委のメンバーによる作業部会で行われ、その審議結果が2007年のIWCアンカレジ総会で報告されました。商業捕鯨モラトリアム発行直後の87/88からスタートしたJARPAは、18年間継続された後、捕獲頭数を倍増させたJARPAUへと引き継がれました。要するに、評価・検証の作業が済んでもいないうちから、その拡張版を見切り発車させてしまったというわけです。
 とまれ、鯨研側はJARPAの成果と謳いあげ、レビューの結論をごく短くまとめて次のように発表しています(一番上のリンク)。

「(JARPA)調査のデータセットは、海洋生態系における鯨類の役割のいくつかの側面を解明することを可能にし、その関連で科学小委員会の作業や南極の海洋生物資源の保存に関する条約(CCAMLR)など、その他の関連する機関の作業に重要な貢献をなす可能性を有する」と結論づけている。
加えて、JARPAの結果が「南半球産ミンククジラの管理を改善する可能性がある」と結論づけている。

 これだけ読むと、まるで科学委がJARPAを絶賛しているかのように受け取れますね。。HPでは元の英文の報告書も添付してありますが、一般の方は誰もそこまで読もうとはしないでしょう。
 今年の6月に発行された鯨研通信(438号)には、幾度か調査団長を務めた理事の藤瀬氏によるやや詳細な報告も掲載されました。一方、同時期に東京大学先端技術センター米本研究室のHP上でも科学委のレポートを直接抄訳したものがUPされました。こちらは同大の大久保氏と東北大の石井氏の監修。鯨研側が発表する資料は大概加工済みで"生データ"がなかなか入手できませんし、IWCの中で"本当に議論されたこと"を知りたければ、やはり複数のソースを持つことは大事になってくるでしょう。二つの資料を突き合わせることで、鯨研側がどのように翻訳・編集したか、何を強調し、何を省こうとしたのかが浮き彫りになると思われます。というわけで、さっそく二つを見比べてみることにしました。
 以下、鯨研通信の内容を中心に追っていくことにします。
 まず1章、レビュー作業部会について説明した部分で、藤瀬氏は、提出された論文32編のうち31編が"日本人"研究者のものだったと日本側の貢献ぶりを強調。ちなみに、レビュー参加者の構成は日本人が1/3強となっています。その点では、日本で開催し最多の参加者を送り込んだこのレビューが、日本側に不利な内容であるとはいえないわけです。
 2章「調査と研究」は、作業部会での具体的な審議内容についてで、以下の項目はIWCのレポート上ではそれぞれ個別に章立てされています。
2.1 JARPAの概要と調査方法
 これについてはこちらの表1を参照。「100項目に及ぶ詳細な生物調査が行われる」と仰々しい説明ぶりですが、既に解説したとおり、身体測定の胸囲・座高・身長・体重などを全部1つずつ数えあげているのと同じことです。投入されるヒトとカネを考えれば、他の野生動物学関係者は「そんな大げさな話なのか?」と首を捻るでしょう。
2.2 系群構造
 2.2と2.3は元のレビュー会合報告とは逆になっています。鯨研はこの作業部会で「JARPAのもとで膨大なデータ収集と解析の行われたことが高く評価された」としています。確かにIWCの報告でも3.3(P14)でrelevant(意義がある)としてはいるのですが、一方で、これだけ大量のデータの集積がありながら、繁殖海域での情報が欠落しているがために、系群構造の完全な解明に結び付かないことがはっきりと指摘されています(同P14)。要するに、求められる情報のプライオリティの点でも、研究資源の配分の観点からも、異常に偏向した"いびつな調査"と化しているわけです。JARPAが死体(市場に売る商品)とともに築き上げたデータの山は、使えないわけじゃないが、"補完的データの集大成"にすぎず、今必要とされているのはそのような捕殺調査の繰り返しではなく、鯨研側の記載を借りれば「既存標本の解析や遺伝マーカーの開発、衛星標識やバイオプシー等を用いた繁殖域からの情報の収集などを用いた更なる研究」なのです。
2.3 資源量推定
 さて・・JARPAレビュー報告では、マスコミ宛のプレスリリースでは流さない数字が記載されています。W区とX区のクロミンククジラの個体数はそれぞれ44,564頭及び91,819頭76万頭という数字がきわめて粗雑な便宜上の合算値であることを考慮すれば、3倍して40万頭としたところで大筋で外れてはいないでしょう。系群毎の推計値は118,956頭及び72,087頭。野生動物の個体数としては、ちょっとしたことであっという間に絶滅しかねない数のように筆者には思えます。この数字で鯨研側はごね続け、未だに正式に合意ができていません。
 ただ、鯨研通信のこの部分には非常に面白い記述があります。「標本として選択された個体の採集に時間がかかり(中略)調査できない部分が増え」──。要するに、致死的な捕獲調査が目視調査の精度を落としているということです。グズグズと何年かかっても、最も重要なパラメーターであるはずの個体数が"はっきりしない"その原因のほうははっきりしているのです。両海域で2、3年、合わせて5、6年調査捕鯨を完全に中止し、すべてのリソースを100%純粋な目視調査に回せば、この問題は解決していたはずなのです。余計な手間、余計な金、余計な補正計算、余計な環境負荷、すべて省いて、純然たる調査によってよりスムーズにより確実な成果が挙げられるんですから、科学的にこんなオイシイ話(副産物はありませんが)はありません。本来なら捕鯨再開の前提となるはずの重要課題を自分たちの勝手な都合で先送りにしておいて、「来年には捕鯨再開を」なんて、一体どうしたらそんなアンビバレントな発想ができるんでしょうね。。。本当に理解に苦しみます。「ともかく捕鯨がしたい」ということ以外「何も考えてない」というのであれば、まあ理解するのは簡単ですが・・。
 他にも、「正面のクジラの見落としが過小評価の原因」というような、ともかくIDCR2/3周目で極端に下がってしまった数字の見積りの過小性を躍起になって印象付けたがっている様子がうかがえます。「76万頭が否定されるなんて夢であってほしい・・」とばかりに。商業捕鯨時代やIDCRの1周目では、「正面のクジラはわかりやすい位置にいた」なんてわけもないんですけどね。。科学者であれば、2つの推定値が異なり直近のデータが小さければ、1.実際に減っている。2.最新のデータが過小に見積もられている。3.過去のデータが過大に見積もられている。の3パターンを検討するのは当たり前のはず(可能性としては2.<3.との判断が合理的でしょう)。
 次のセンテンスで、クロミンククジラの増加率については「有意な増加も減少も認められない」と、これまた日本の世論・マスコミにあくまで隠しとおそうとし続けている情報が。もっとも、自然死亡率と同じくこのパラメーターも「JARPAじゃあてにならん」と、「検討作業を継続」という毎度ながらのお茶濁しで終わっていますが。
 続いては、シロナガスやザトウなどその他の鯨種の個体数の情報。推定にあたって同様の検討課題があるとしていますが、採集作業によって邪魔されることがない分、クロミンクよりはまだ精度もマシでしょうね。ちなみにシロナガスは調査海域全域で1200頭としています。非常に心許ない数ですね。
2.4 生物学的特性値
 いよいよ鯨研のお家芸、調査捕鯨ご自慢の生物学的特性値の章。系群構造や生態系の解明は代替手法があるのに対し、こっちは致死的調査の十八番──のハズが、精度の曖昧さでさんざんたたかれ、RMPで「もう要らない」とまでいわれる始末・・。以前は日本の鯨類学の成果としてとくとくと触れまわり、それを文化人やマスコミ、ネット上のシンパが丸呑みして消化不良のまま垂れ流す事態が日本では今なお続いているわけですが、当の鯨研の研究者たちは、今では背中に隠して系群と生態系を前面に押し出そうとしています。ここでも「認められた」「評価された」という表記がすっかり影を潜めてしまい、藤瀬氏の記述も実に淡々としたものです。
 まず、年齢別自然死亡率の2つの手法を解析した結果が述べられています。このうち新しい手法については、商業捕鯨時代に収集されたデータを使用し、しかも異なる研究者の査定データが用いられていたため、ツッコまれたのは当たり前。指摘される前になんとかならんかったんだか・・。
 性成熟年齢についても、商業捕鯨時代のデータによるもので、どこまでバイアスを取り除けたのかはおおいに疑問ですが、なかなかおもしろい傾向が示されています。掻い摘んでいえば、低下傾向から停止、上昇へと遷移している模様。「性成熟年齢の低下」は加藤氏、大隅氏ら日本の鯨類学者の大御所が従来個体数増加の間接証拠として掲げていたもの。もともと科学性ゼロの「海のゴキブリ説」は完全にゴミ箱行きですね・・。「わずかな上昇傾向」というのは返って心配になりますが、大隈氏らはザトウゴキブリ説に乗り換える材料にする気のようです・・。妊娠率9割という、これまた巷で一人歩きしている数字も、「新生児死亡率が不明じゃ意味がない」との一言で同じく検討継続。実際、他の特性値で否定的な結果が出ていれば、鯨研側も何も言えないわけです。さすがに"ネトウヨと同レベル"と世界に受け取られるわけにはいかないでしょうから。
 その他のパラメータについては、「際立った傾向は発見されなかった」(東大抄訳)という結論に。いくつかの変化があったパラメータについて、鯨研は単に解釈について「研究者の間で意見が分かれ」としか述べていませんが、その多くはやはりJARPA以前の旧いデータのバイアスの問題に集約されそうです。
 JARPAの成果に関して、鯨研が声を大にして言うべきところの、あるいはかつての見解を否定すべきところの科学的な推測を、やろうとしない彼らに代わって記しておきたいと思います。南半球産クロミンククジラが増加しているという憶測は、現時点では明確に否定されつつあります。増加していないことを示す科学的根拠はいくつか挙がってきています。調査捕鯨によれば。調査捕鯨がわずかばかりの科学的信頼性を有しているとしたならば。
2.5 海洋生態系
 ここでIWCのレポートにない一般読者を意識したような表現が・・。「一般に海洋生態系は(中略)食うか食われるかという複雑な相互関係(食物網)を形成しているが、南極生態系は(中略)比較的単純な構造であることが知られ──」
 食う食われるというのは生態系における種間関係のほんの一面にすぎませんし(捕食−被食関係でも十分複雑ですが)、その"表現"で市井の市民に複雑さを理解してもらえるのでしょうか? 差別論・文化論・陰謀論にどっぷり漬かった鯨研通信の読者ともなれば、自然の生物相に対する誤ったイメージをますます膨らませてしまいそうですね。。南極海生態系は比較的単純と言い切っていますが、鯨研資料がJARPAの成果関連の記述しかないのに対し、東大資料には、その比較的単純なオキアミ捕食モデルの解明さえ「対象の複雑さを大目に見たとしても、目的の取り組みに関しては比較的少ない進展しか見られていない」と、なかなか進んでいないことが示されています。鯨研資料が「多方面からの研究アプローチを歓迎した」といって章を締めくくってしまっているのに対し、中間報告ではさらに「諮問グループの設置を強く勧めた」とあります。JARPAは集めるだけ集めたコレクション「役立つ!」と披露しているものの、その大量の情報が有効・有益な形で活かされていないことがここで示唆されています。結局これも、調査捕鯨ではなく、まだ考慮されていない他の捕食者の研究を、少なくともクロミンククジラと等価のW/Lで行い、多方面からアプローチすることこそが重要なのだという一言に尽きるでしょう。
2.6 環境変動
 これについては、いま筆者のほうで大元のJARPAレビューのほうを検証しているところですので、機会を改めてお伝えしたいと思います。
2.7 JARPAの目的以外の貢献
 ここでは、目的以外の"貢献"として3つ紹介されています。といっても、1つ目のザトウクジラの系群解析はバイオプシーによるもの。2つ目のドワーフミンクの解析も同様にバイオプシーで済むはずです。個体数が多いとは到底思えないので、多少難度が上がっても、むしろ致死的調査は可能な限り避けるべき。今後独立種として認められれば、絶滅危惧種入りは確実であり(また水産庁が政治的に抵抗するでしょうが・・)、混獲の恐れがきわめて高くなるクロミンクを対象にした商業/調査捕鯨を否定する科学的論拠がもう1つ増えることになるでしょう。どうせリソースを割くのであれば、深海性のアカボウクジラ、オウギハクジラの仲間やツノシマクジラ(発見後に何か一つでも新たな知見があったのですか?)の研究に充てるべきです。クジラの系統分類学の範囲に限ってみてさえ、バランスの悪さがこうも際立っているわけです。3つ目の科学的貢献"その他諸々"についてはこちらで評価済み・・。こうしてみると、末尾にあるJARPAで「高く評価された」対象は、調査捕鯨が当初目的としていたのとはまったく異なる非致死的研究、もしくは非致死的調査で代替可能な研究を中心としたものであることがわかります。ご覧の通り、元のレビュー報告では非常に短い扱いとなっています。
2.8 目的達成、鯨類資源管理への貢献の可能性についての総括
 さて・・この章については、改めて東大版レポート抄訳と突き合わせながら見てみることにしましょう。鯨研通信をお持ちでない方は、とりあえず上のリンク先の東大抄訳のみご覧ください。
 冒頭からまったく違うように見受けられますが、つまり東大抄訳に記載されている冒頭のToR(付託条項)に関する部分が、鯨研通信上ではすっぽり抜け落ちているのです。このToRはレビュー会合の2年前に科学委で合意されたレビューの目標設定に関するもの(その中には非致死的調査と致死的調査との有用性の比較なども含まれる)(1.6,P3)。言い換えれば、「何のためのレビューなのか」を問うものなのです。しかし、東大抄訳にあるとおり、「もっと分析しないことにゃ達成度なんて出てこんぞ」といわれ、レビューの位置付けがうやむやのまま結論を出せなかったわけです。つまり、その意味ではこのJARPAレビューはToRに示された"フルレビュー"とはいえないのです。また、鯨研通信にはレビューにしっかりと記述されている南極海サンクチュアリについて、一言の言及もありません。
 続いて、97年に行われた中間段階のレビューと同じ、「RMPじゃそもそも必要ないが、オマケの情報として使えなくはない」ことの確認。この件については鯨研の説明への補足が必要です。管理を改善する、貢献するデータの中には、目視など非致死的調査に基づくデータが含まれています。RMPに貢献するデータは非致死的調査からも得られます。合理的見地からすれば、管理に必要な最小限の調査さえすればいいことです。リソースに余裕があった場合に、どういった手法を用いてどのようなデータを入手するか──そういった視点でIWC科学委が検討を重ねた結果、「調査捕鯨が最も重要なデータを最も効率的に得られる最善の選択である」と結論付けたわけではまったくありません。日本政府・鯨研が恣意的に行い、後付けで理由を掲げたのです。そのことは計画立案に携わった粕谷氏の見解にも示されているとおりです。このIWCによるJARPAレビューの結論は、あくまで提出されたデータについて、「まあ使おうと思えば使えなくはないね」という判断を示したにすぎないのです。
 系群構造について、鯨研通信では"根幹"としながらだいぶ端折った記述をしていますが、東大抄訳を読むと、「そもそも系群とは何ぞや?」という定義に関して合意が得られておらず、並行作業の中で「まあ2つあるのは認めましょう、混ざってるけど」という奇妙な話になっているのがわかります。ちなみに、TOSSMはIWCと米国NMFS/NOAAの共同プロジェクト。「IWCの科学に貢献しているのは日本だけで、反捕鯨国は何もやってない」と信じ込まされている国内の捕鯨シンパが多く見られますが、もちろんそれは間違いです。前述した追加作業の勧告について、まるで他人事のように軽く触れていますが、こっちが本命の調査であるべきなのです。
 資源量の推定については、「容易に合意されるだろうとの見解が示された」と、調査の内容についての先の記述とはトーンが打って変わってずいぶんと楽観的に記されています。10年近く前から指摘を受けていた点について、進展が見られたといってもまだ合意にも達していないわけですが・・。さらに、前述のとおり、採集作業を最初からやらずに純粋な目視調査のみやっていれば、とっくに解決していたことでした。単純明快で優れた手法をあえて択ろうとせずに、グズグズと結論を引き延ばしてきた責任は、当然鯨研/水産庁にあります。鯨研通信には、東大抄訳にある「改定された推定値への但し書き」についても言及がありません。
 パラメータについては、付け加えることは一点のみ。過去の商業捕鯨時代のデータのバイアスについて、「重きを置いて(鯨研通信)」/「その解決についてあらゆる努力がなされるべき(東大抄訳)」とあるとおり、調査捕鯨なんてやってないで、既存の問題点の解決をまず優先させるべきです。東大抄訳には面白い記述が。「──の合意できる推定値を得ようとした努力がなされたことは承知している」。・・・。なんだか洞爺湖サミットの福田ステートメントみたいですニャ〜。。
 南極生態系解明の評価については、両者の間で大きなトーンの開きが見られます。鯨研通信は最初にJARPAの成果をもってきて、またもや「海のゴキブリ説」の素人向け解説を差し挟んでいます。レポートには当然そんな記述はありません。「貢献する可能性」という言葉を2回も使っていますが、裏返せば貢献しない可能性も、貢献度が著しく低い可能性もあるということです。というのも、貢献する/しない以前に、そもそも必要とされる他の研究があるからです。「他のオキアミ捕食者とオキアミの動態の調査が不可欠である」という、少し考えれば当たり前の指摘について、やはり鯨研通信は触れていません。
 環境変化、「貢献の可能性云々」は上記と同じ。。
 「おわりに」で、鯨研藤瀬氏は調査捕鯨の必要性について持論を展開しています。これはいわば作業部会で受け入れられなかった部分を含む鯨研独自の見解ということになるでしょう。実際、多くの点で合意に達せず、意見が分かれ、調査捕鯨のデータでも傾向が示されなかった(その点については合意された)にも関わらず、「オキアミ余剰論・クロミンククジラ−>ザトウクジラ=海のゴキブリ仮説」を全面展開しています。もっとも、アザラシやペンギンの捕殺調査(調査捕ペンギン/調査捕アザラシについて、「計画されていないが、将来加える必要がある」との表現があります。科学的には、既に大量のデータが蓄積され解析されずにたまっているクロミンクの捕殺調査をやり続けて、アザラシやペンギンの捕殺調査を先送りしなければならない理由はひとつもないのですが・・。いずれにしろ、国民に対してこれからどのように説明していくつもりなのでしょうか? 「同じように殺してしまえ」と息巻く一握りの捕鯨シンパ以外の、お堀のカルガモやタマちゃんや風太くんフィーバーに沸く(すぐ冷めるけど・・)きわめて情緒的な動物観を持つ日本の一般市民、「カワイイが保護色!」系の動物番組・企画(クジラだけ除け者にされていた感はありますが・・)を盛んに売り出してきた日本のマスコミが、一体どのような反応を示すのか、ひとつの見物ではありますね・・・・。
 氏は地球温暖化やオゾン層破壊についても、まるで他人事のように持ち出しています。

 また、地球温暖化などの環境変化も考慮しなければならない課題である。南極は、人間活動から最も離れた場所であるが、すでに地球温暖化に起因する棚氷の融解などが報告されており、また、南極大陸の上空では、オゾン層の破壊によって南極点を中心にオゾン層の穴があき、ここから多量の紫外線が入り込み、南極海生態系を構成する生物への影響が懸念されている。これらの点も今後の調査活動の中で検討していく必要がある。

 どこにでも転がっているようなまさしくエゴロジー的キャッチフレーズ。。こんな文章を読まされたら、今までずっとIWCでと同じように国際会議の場で戦ってきたWWFやGPなどの国際NPOの関係者は、きっと頬を引きつらせることでしょう。ていうか、これらのNGOのパンフレットから適当に拾ってきた文章にしか見えませんが・・。それに、高級グルメとして議員先生のパーティーで配られている"副産物"のために「人間活動から最も離れた場所」にわざわざ出向いて、HFCを漏出させたり大量のCO2を撒き散らしているのは、日本の調査捕鯨に他ならないのですがね・・。
 地球温暖化の南極圏生態系への影響は、そこに属するあらゆる野生生物にとってきわめて深刻なものになると考えられています。とくに、海洋の鉛直循環の変化が引き起こされれば、オキアミとそれに依存するすべての捕食者が壊滅的なダメージを被ることは避けられません。水産資源学的発想のみで生態学的視点の備わっていない鯨研に代わり、WWFが先のサンチアゴ会合でも主張を展開していますが、氷縁で集中的に索餌するクロミンククジラへの影響はとりわけ大きいとみられます。
 まともな地球科学者、海洋学者、生態学者が、南極海生態系への地球温暖化の影響を調べようと思ったら、まず最優先で手をつけるのは、気候・海洋・氷床がどのように変化するかのシミュレーションと実データ収集であり、続いて温暖化がもたらす影響を調べるべく、必要な植物プランクトンとオキアミの生態研究の成果があるかチェックし、なければ研究資源を集中させて解明を急がせるでしょう。例えば、氷床の分布や形成期間、氷の融解による塩分濃度の変化と、冬季のアイスアルジー(海氷中で育つ藻類)の生育との関連、それがオキアミの動態に及ぼす影響などです。そのうえで、各捕食者に対する"影響の研究"に等価のリソースを割くことになるでしょう。地球規模の長期的な環境問題であり、対策が政治の場に委ねられ思うように進まない現状を鑑みれば、影響を強く受けると思われる大型動物(もちろん他の種に比べ圧倒的に繁殖率が低い)を毎年数百頭ずつ殺し続けることをもって「モニタリングだ」などと認める研究者など、ただの1人もいるはずはありません。少なくとも、地球温暖化を深く憂慮している科学者であれば。
 藤瀬氏は「今後の調査活動の中で検討──」などと実になんとも悠長なことを言っていますが、早急「何をなすべきか」について関係各方面の世界の専門家から意見を募り、その結果を公表すべきでしょう。
 藤瀬氏の最後のまとめの一文がまたふるっています。

 人為的に乱された南極海の生態系は、今も形を変えて生態系の変化として反映されている。私たちは、この変化を単純に見守るのではなく、どのように変化していくのか、また私たちがそれに対して何ができるのかを検討していく責任がある。JARPAUはこれらの疑問に答えるものとして期待されている。

 ほんっっとに他人事みたいなコメントですね・・・・。乱したのは近代捕鯨産業です(捕獲統計で日本は3位)。調査捕鯨の実施主体・共同船舶の元親会社たちです。乱すのを止める責任があったのは鯨類学者です。そして、止められなかったのは鯨類学者です。何が起こるか予見できなかったのは鯨類学者です。そのことに一言も触れないのは卑怯ですね。
 ついでに、日本語もヘンですね。「生態系は、生態系の変化として反映されている」「形を変えて生態系の変化」ってなんですか。
 検討するだけでは何一つ責任をとったことになりませんよ。JARPA(U)に期待されているのは、ランダムサンプリングの虚偽や副産物私物化への疑惑、調査の不透明性への指摘、他分野の研究・非致死的調査との比較に基づく必要性の綿密な検証など、調査捕鯨そのものに対する疑問の数々に答えることです。

 筆者もこの辺りで改めてレビューの結果を概括し、個人的な見解を表しておきたいと思います。ここに掲げた筆者の結論は、先に取り上げた母船式捕鯨のCO2排出問題とともに非常に重要です。すなわち、捕鯨サークルの掲げる次の3つのトンデモ学説──『捕鯨は地球にやさしい』『海のゴキブリ間引き論』『調査捕鯨は南極海生態系の解明に貢献する』という主張が真っ向から否定されたということです。それも、他でもない調査捕鯨そのものによって。可能な限り多くの人たちがこの認識を共有してくれることを、筆者としては願っています。

<JARPAレビュー報告 要点のまとめ>

◆鯨研の報告によって明らかになったことの一つは、採集活動、すなわち調査捕鯨そのものが目視調査の精度を下げていたということです。この18年間はまったくの時間の無駄でした。モラトリアム後に一切調査捕鯨など行わずに必要なリソースをすべて純粋な目視調査に振り向けていたなら、はるかに速やかにクロミンククジラその他鯨類の個体数に関するより精度の高い情報が得られていたはずだったのです。
◆調査捕鯨によって収集されたデータは無意味とまではいえませんが、非致死的手法によって入手可能であるか、あるいは南極生態系の解明のために優先して求められる情報ではありませんでした。そうしたプライオリティの低いデータの膨大なコレクションにリソースが投入されることで、重要な情報の欠落、空白が放置され続けることになったのです。
◆素材の提供のみでほとんど外部に丸投げしているに等しい、調査捕鯨の目的(何度か表看板が架け替えられた)ともIWCの要請とも無関係な付随的研究は、野生動物研究全般の中でクロミンククジラという特定の研究対象に限り、重要度のきわめて低い研究に対しても毎年のように予算や人員が注ぎ込まれるという、非常にアンバランスなものとなっています。ごく限定的な分野・手法に突出した形でリソースが注ぎ込まれる異常な状況は、健全な生物学の発展の足を引っ張ることにつながりかねません。科学研究のあり方や予算配分の見直しが厳しく問われるべきでしょう(こちら参照)。
◆今後重点が置かれるべき研究は、大量に蓄積されたものの有効に活用されていないデータの詳細な解析(過去の商業捕鯨のものも含む)、遅れている非致死的調査──とくにゼロに近い冬季・繁殖海域における生態調査や行動学・社会学的研究、クロミンククジラ以外の南極生態系に関わる調査研究であり、本来割かれるべき研究資源を奪うことで、調査捕鯨の継続はこれらの必要不可欠かつプライオリティの高い研究活動の進展を阻害することになります。
◆調査捕鯨によるわずかばかりの有益な成果の一つは、日本の鯨類学の予測能力と理論構築能力の低さ、お粗末ぶりを裏付けたことです。調査捕鯨(+IDCR/SOWER)によって、クロミンククジラ「海のゴキブリ説」は完全に否定されました。きわめて素朴な観点から日本の鯨類学者が予測したのは、周年繁殖が可能なため繁殖力が競合する他の大型ヒゲクジラ類より高いという理由で、クロミンククジラが猛繁殖して他種の回復を妨げるというものでした。実際には、クロミンククジラの増加傾向はJARPAのデータによっては示されなかったのです。むしろ安定していることを示すデータのほうはいくつか上がっています。そして、クロミンククジラより明らかに繁殖力が低いはずのザトウクジラやナガスクジラには、"ようやく"幾分の回復の兆候が見られるようになりました。この間、クロミンククジラに対する調査捕鯨は行われ続けたものの、オキアミの余剰を生み出すほどの"間引き"にはなっていません。水産資源学の原理に照らすなら、調査捕鯨の捕獲圧によってクロミンククジラの競合能力はむしろ若干高まったはずです。しかし、そうはならなかったのです。繁殖力が高い競合種のはずのクロミンククジラに妨げられることなく、ザトウクジラとナガスクジラは回復に向かっており、"間引き"が不要だったことが改めて証明されたわけです。クロミンククジラの個体数が安定し、ザトウクジラやナガスクジラが一段遅れて回復基調に入ることを、日本の鯨類学者はまったく何一つ予見できませんでした。鯨類資源学が完全な机上の空論にすぎないことをも立証したといえます。
 以下は筆者の推論ですが、おそらく今後完全なモラトリアムを十分な期間継続するならば、ザトウクジラとナガスクジラの個体数はある程度回復したところでクロミンククジラと同様に安定し、それに続いて、いまわずかに回復の兆しが見られるシロナガスクジラ、ピグミーシロナガスクジラが最も遅れて回復の過程に入ることになるでしょう。それは単に、少なくとも百万年の単位で共存し動的平衡を保ってきた南極海生態系の地史的事実が示唆する当然の帰結にすぎません。日本の鯨類学者の幼稚な発想は、リアルな存在である複雑精緻な自然そのものに対する無知、複雑であればあるほど安定性が増すという生態系の理論的な解釈に対する無理解からくるものです。ニンゲンの愚行による急激な破綻を回避するバッファーの役割を買って出てくれたクロミンククジラ(カニクイアザラシなどクジラ以外の何種かの動物も・・)に対しては、全人類が感謝状を送り捕鯨業者(乱獲の責任があるのは日本だけではありませんが・・)に土下座させて然るべきですね・・。近代捕鯨産業が招いた南極海生態系の撹乱は、一、二世紀かけても元通りに復元できないほど半端でないインパクトではあったといえ、「間引きだ、管理だ」と口先ばかりで、最後までまともな予測一つ立てられはしなかった無能な日本の鯨類学界と捕鯨業界に任せる大きなリスクを冒すよりは、自然の手に委ねたほうがはるかにマシということです。
 筆者はあえて断言します。南極海を手付かずのサンクチュアリとして保全すれば、シロナガスクジラはいずれ回復に向かいます(ただし、温暖化や汚染、オキアミの過剰漁獲等その他の人為的要因による負荷を抑えることも必須条件ですが・・)。商業捕鯨が再開すれば、回復はさらに遅れるか、不可能となります。
 繰り返し強調しておきますが、日本の鯨類学者による非科学的な『海のゴキブリ説』『間引き必要説』は大ハズレであったことが、他でもない調査捕鯨によって証明されたのです。『ミンクといったのは間違いでやっぱりザトウがゴキブリなんです説』など、彼らの打ち出すあまりにいい加減で無責任きわまりない予測は、この先もまったくあてになどなりません。
 鯨研の研究者並びにトンデモ学説を支持してきた周辺の研究者の皆さん。科学者を名乗ることに恥ずかしさを覚えないのですか?
※ もう一点重要な補足があります。環境保護団体グリーンピース・ジャパンの報告によると、日本の調査捕鯨では"副産物処理上の便宜的都合"という非科学的な理由のためにサンプリングのランダム性が大きく損なわれていたとのこと。共同船舶元社員の証言に基づくこの内部告発の内容が真実であるならば、JARPAの成果は絶無であるばかりか、検証のための労力、これまで浪費されてきた多大な時間とカネ(税金百億という最も大きな額を支払わされたのは日本国民ですが)を考えると、国際社会と地球環境に対する犯罪にも等しい重大な信義違反と言わざるを得ないでしょう。

 日本の鯨類学の問題点を視覚的イメージとしてさらにわかりやすく捉えてもらうために、ひとつ簡単なチャートをお目にかけたいと思います。

 これは主観的な指標に基づき研究への投資+回収された成果を比較したものですので、正直クロミンクの致死・非致死以外の相対的な高さはアバウトです。。他の海産生物は、生態学的にみれば、オキアミ(もしくは、ナンキョクオキアミとそれ以外のカイアシ類なども別立てに・・)、イカ等(オキアミ食)、生産者、その他の海産生物(底生のスカベンジャーなども決して無縁ではない)に分けることも必要かもしれません。物質循環を考えると、南極で生産されるバイオマスを外へ持ち出す回遊性の海鳥とクジラの低緯度地方での生態・種間関係の研究はとりわけ重要なはずですが、おそらくまったくといっていいほど進んでいないでしょう。地球科学は南極周辺の気候、海洋、氷床に関する研究。漁獲対象でもあるオキアミは研究されていると思われがちですが、冬季の生態は他の種同様ほとんどわかっていません。
 筆者としては研究者クラスの方に、より正確かつ誰の目にも全体像が明解にわかるようなプレゼンテーションをぜひお願いしたいところです。具体的に数値化するとなると、投入される研究予算や人員の情報収集から、実績評価(ブログやHPで紹介したり情報提供を受けたレベルの"出力"に対するレビュアーの採点を、同様にJARPAだけでなく世界のそれぞれのジャンルの研究に対して行い総合する・・)による重みづけ、達成度・優先度もIWCやCCAMLR(南極海洋生物資源保護条約)の報告と照らし合わせるなど、多大なW/Lが必要になりそうですが(汗・・そこまで要求せずとも専門家なら"絵"は作れるでしょう。。
 別に鯨研さんでもかまいませんよ。出されたら当然チェックはしますけどね。