(初出:2008/3/28)
(更新:2008/4/3)

再開or撤退 捕鯨の明日はどっち?
──両勢力が描く現実的なロードマップ──

 3月3日から3日間、ロンドンでIWC(国際捕鯨委員会)の中間会合が開かれました。内容については非公開ということで、主要なマスコミは進展が何もなかったかの如く報じています。そんな中、まるで唯一の主要議題であったかのように取り上げられているのが、シーシェパードに対する非難声明・・。しかし、水産庁の流すプレスリリース通りの報道の裏では、IWCの今後を見据える動きがあった模様──。5月に開かれるチリ・サンチアゴの本会議ではさらに突っ込んだ議論が展開されると予想されます。
 モラトリアム以降の20年間、IWCはほとんど機能不全の膠着状態に陥っていました。しかし、ここへ来て、設立当時とすっかり様変わりしてしまった捕鯨産業(というより科学の名の下に行われる国策捕鯨・・)の管理、IWCの体制そのものをどうすべきかということが、関係者の間で真剣に議論されるようになりました(といっても、筆者は直接出席者から情報を得られる立場にない一市民ですので、メディア等からの聞き伝手ですが・・)。それはある意味必然であり、単に事態を打開するというだけでなく、捕鯨を推進する立場・反対する立場双方にとって、避けて通れなくなった道でもあります。
 ここでは、捕鯨国・反捕鯨国、捕鯨業界・反捕鯨団体、それぞれの立場での原理・原則、建前、主義、理想論といったものから少し距離を置いて、将来的に日本の捕鯨がどのような道をたどることになるのか、現実的な視点からシミュレーションしてみたいと思います。最終的にはカネの問題の一語に尽きるのですが……。
 まず、今後遅くとも数年以内に日本の捕鯨は確実な転換点を迎えます。端的に言えば、そのきっかけは現在調査捕鯨に使われている母船"日新丸の寿命"です。商業捕鯨時代最後の母船である先代の第三日新丸に代わり、トロール船にスリップウェイを取り付ける改造を施して急遽あてがわれたのが現在母船を務める日新丸ですが、既に建造後20年を越え、二度も火災を起こし死者まで出すなど、老朽化が問題となっています。いずれ、母船として任に耐えなくなる日はやってきます。日新丸が耐用年数の限界を越えて引退する時点で──正確には引退を見越して新母船の建造ないし代用母船の改造を造船会社に発注するタイミングということになりますが──望むと望まざるとに拘らず、捕鯨をめぐる情勢は一気に新たな局面を迎えることになるでしょう。日本側の出方として想定されるシナリオは、次の3つのいずれかのみです。

 A:母船を新造する現状維持

 B:現行の日新丸と同じく転用・改造で凌ぐ =
規模縮小

 C:母船の更改をあきらめる公海撤退


 日本政府内で捕鯨を推進する立場にとっては、Aは望ましいシナリオ、Cは回避したいシナリオです。これまで政府・業界は、国内の鯨肉需要の実態を無視し、中古の中積み船を調達してまで、捕獲頭数をJARPAUの千頭規模へと徐々に拡大してきました(こちら参照)。これはAを正当化し、さらに新造船の収容力を可能な限り大きくしたいという目論見があったからでしょう。一方で、最近捕鯨議連の議員からも「沿岸を認めるなら公海からの撤退もありえる」という発言があったように、Cを認める声もあがってきています。これには、外交上の問題もさることながら、需要の開拓が一向に進まない中で、新母船建造にかかる諸々のコストが膨大になることへの懸念もあるとみられます。採算性を完全に無視して新造を画策したり、ODAをさらにばら撒いてアフリカ諸国の票まで集めてようとする強硬派の姿勢には、心情的に捕鯨には賛同している関係者も辟易し始めているかもしれません。ケースBは、Aが困難となった場合、ともかくCだけは何としても避けたいという推進派にとって次善の、一種の延命策といえます。
 昨年(2007)5月、水産業界紙に「新船建造の機運高まる」との記事が掲載されました。政府・業界側も、前年度のJARPAで再度火災が発生したことを重く受け、早急に手を打とうと焦ったのでしょう。それを受けたグリーンピースが、造船会社に対するアンケートと簡単なリサーチを行い、結果をHP上で公表しています。GPの試算によれば、新母船の建造費は120億〜200億。念のため筆者独自に試算してみました。船舶のトン当り建造費用は商船の場合で大雑把に20万円/トン(2002)ですが、総トン数が大きくなるにつれて下がります。一方で、ダブルハル(二重船殻)化のコストが8%程度上積みされます。捕鯨母船は石油を積載するわけではありませんが、南極海というきわめてデリケートな海域で長期間航行する以上、新造船のダブルハル化は必須です。さもなければ、日本は世界中から袋叩きの目に遭うでしょう・・。別の建造船価の計算式に当てはめた場合、新造船の総トン数を仮に1万6千トンだとすると260億円、現行の日新丸と同級の8500トンとすると(減産必至ですが)190億円となります。特殊構造を持つ捕鯨母船としての改造費用が現日新丸で4.5億かかっていますし、鋼材が急騰していることも考え合わせると、GP試算の200億では済みそうもない気がします……。いずれにせよ、分割リースにしても年間十億はくだらないとんでもない金額になることは疑いがありません。
 調査捕鯨は、農水省所管の公益法人である日本鯨類研究所が共同船舶に捕鯨と鯨肉販売事業を委託する形で進められ、水産庁からの約5億円の補助金と4億円の研究委託費、及び副産物(すなわち鯨肉)の売却益によって運営されています。共同船舶は、最後に残った商業捕鯨大手の日水・大洋・極洋が捕鯨事業のためにそれぞれ出資してできた合弁会社であり、一営利企業です。実質的に水産企業から食品流通大手に変質した各親会社は、数年前に株式を鯨研に譲渡しました。捕鯨にかかわっているという批判を避ける理由でしたが、国の公益法人であるはずの研究機関が、関連業界から株の譲渡を受けた一企業に事業を独占的に委託しているという構図そのものが、どう考えてもオカシな話です。境界の何ともはっきりしない水産庁+鯨研+共同船舶というまさに産・官・学三位一体の捕鯨コングロマリットが、補助金を使って科学の名のもとに野生動物を殺し肉を売っている主体なわけです。シチュエーションによって3つの看板を使い分けているというのが正解でしょう。国の看板で税金投入を正当化し、科学の名目で商業捕鯨を正当化し、企業を盾に情報秘匿を正当化する──。
 鯨研は農水出身官僚の天下り先でありながら、財団法人の体裁をとっているため、特殊法人や独立行政法人より事業や財務状況、調達関連情報の透明性が低くなっています。財団法人は、準拠法である民法に財団法人に関する情報公開の規定はなく、最近に定められたガイドラインに従って、寄付行為や役員、財務報告を原則として閲覧可能にするというだけで、情報開示義務はあってないようなものです。参考として、同じく研究を目的とした公益法人である独立行政法人のJAMSTEC(海洋研究開発機構)の場合は、「しんかい6500」「なつしま」「かいよう」などの船舶・潜水艇を機構自ら所有しています(運航は一部外部に委託)。出資が認められない独立行政法人なので当然関係会社の株など持たず、運航会社の選定にも外部からのチェックが入るうえ、新年度からは競争入札も導入されます。毎年毎年数百頭の健康な野生動物を捕殺して耳垢だけを採取して縞を数えることが、国が主体となって行うべき重要な科学的研究であるのならば、少なくともJAMSTECレベルの独立性を確保するのがスジではないでしょうか。JAMSTECは今や地球温暖化研究から衝突事故対応に至るまで多岐にわたる活躍ぶりで、日本のみならず世界的にも大きな貢献を果たしています。"公益"への寄与という点では、国から出される研究費の1.5倍にあたる6億円ものカネを広報に注ぎ込み、"ハカセ"に学校を回らせ子供に鯨肉料理を勧めさせているどっかの研究所とは比べものになりませんね……。
 そして、母船の調達に関しては、共同船舶が何食わぬ顔で造船会社に発注すると予想されます。国が決定した政策方針に基づいて行われる事業であり、公益への寄与を義務付けられた研究機関が主体であるにもかかわらず、このままでは極秘裡に建造が進められ、出来上がった新母船の収容能力に応じて捕獲数量がなし崩し的に決められてしまうかもしれません。少なくとも、船舶の仕様を含む詳細な調達の内容が事前に明らかにされるべきでしょう。捕鯨コングロマリットのやり口は、情報を国民に公開しないで片付けようとするまさに裏技に他なりません。GPのリサーチによれば、これまで日新丸の整備を引き受けていた三菱重工に白羽の矢が立ったようですが、海外の大口顧客からの仕事と信用を失う多大なリスクを負ってまで、捕鯨業界に義理立てする愚を犯さないことを祈るばかりです。世界に冠たる賢明な大企業なら、円高・原油高・(世界大手の合併による)鉄鋼高のトリプルパンチの最中に、「こっちはカネがないから滅私奉公で安く作れ」とまったく割に合わない要求を出してくるようなところから、好き好んで仕事を請けたくなどないと思いますが……。
 こっそり母船の新造を進めるにしても、彼らにとって問題はまだ残っています。国の補助金と鯨肉の販売益のみに拠りかかっている共同船舶に、民間の金融機関が数百億円もの融資をするはずがありません。鯨肉の売上は年間50億円程度、しかも需要が伸びず価格を年々下げているのに、年間十億円単位のリース料を払えるとは、どの銀行も思わないでしょう。そこで、新母船建造にかかる莫大な資金を調達するもう一つの裏技を使うことになります。それが同じ農水省所管の外郭団体である海外漁業協力財団からの援助です。同財団は、事業の見積もりを甘くして国からの補助金を溜め込み、行政監察局に注意を受けたことも報道されています。「調査研究への補助」の名目で鯨研ではなく共同船舶を貸付先にするのも、JAMSTECの例を引くまでもなく実におかしな話ですが……。GPの取材に対して同財団は、「顧客情報なので答えられない」としており、ここでも捕鯨コングロマリットが企業の皮を被って市民の目をごまかそうとしていることがモロバレです・・。同財団が金利をどれだけ低く設定しているかは未確認ですが、明らかなのは、国民が何も知らされぬまま、莫大な税金が捕鯨母船の建造のために回されるということです。
 もし仮に、日新丸の倍に相当する捕鯨母船が新造された場合、在庫累積と消費低迷の中で、共同船舶に今後の増収増益などとても見込めない以上、現在でも年間10億に近い国庫からの拠出をさらに増やさざるを得なくなるでしょう。あるいは、船員の大量失踪などの問題を引き起こしているマルシップ方式(外国人船員の混乗)を新母船に導入するなど、経費節減のためにあらゆる手が講じられるかもしれません。全日本海員組合は、組合員を総動員して捕鯨存続のために尽くしてきました。非常に過酷で危険な労働で、これまでの操業中に事故などで3名も亡くなった方が出ている中、切り捨てられるとなったら、彼らも激怒することでしょう。しかし、小型沿岸捕鯨会社に皺寄せをしても平気な捕鯨コングロマリットにとって、船員の生活がプライオリティとして採算性の上にくることは考えられません。JARPAUの増産後に借り出されたパナマ船籍の仲積み船オリエンタル・ブルーバード号は、もう既にマルシップ方式がとられているのかもしれませんが(未確認)、組合員たちはさぞかしやり切れない思いでいることでしょう。いずれにしろ、捕鯨業界と日本政府内の推進派が必死になって目指すケースAの選択が、国民として決して見過ごすことのできない大きな問題を抱えていることは明らかです。

 では、それに対して、捕鯨に反対する各国政府の側は、IWCの今後をどう見ているのでしょう。いつまでたっても先の見えない状況では、いくら市民の支持があったとて、各国政府にとって分担金の拠出もバカにはなりません。最大の負担をしているのは日本政府ですが(当たり前の話で文句を言える筋合いではないはず・・)、反捕鯨国の望むケースCの選択が実現に至った場合、日本の負担分が大幅にカットされるのは必至で、そうなると逆説的にIWCは運営に支障をきたすことになります。また、商業捕鯨再開や科学調査名目の鯨肉販売の口実を日本政府に与えている商業捕鯨時代の古い条約に縛られてもいるわけで、現在は専ら野生動物保護・海洋生態系保護の観点からIWCに参加している各国にとってみれば、クジラオンリー、捕鯨の管理オンリーの国際機関が望ましい体制のはずもないでしょう。
 理想を言うなら、IWCを吸収・拡大する形で、海棲哺乳類・海洋生態系をすべての側面からトータルに研究・監視・管理できる国際的な枠組みを構築するべきです。ワシントン条約、生物多様性条約、
国連海洋法条約、南極条約といった、関連する各種の国際条約を管轄する機関と横断的に連携し、漁業、汚染、開発などの人間活動の影響を評価し、海の生態系の頂点に位置するクジラをインジケーターとして、地球の海の自然を守るために各国政府に必要な措置を勧告する権限を持つ国際機関が誕生したなら、こんなに素晴らしいことはありません。
 現実的には、CITESや多様性条約とのバインディングがせいぜいというところでしょうか。実際、中間会合では他の国際機関との連携模索について話し合われた模様です。実質的に問題になるのは、沿岸捕鯨、原住民生存捕鯨の管理の継続ですが、現IWCでは勉強会レベルに過ぎない混獲、小型鯨類対象漁業の監視や、ウォッチングなど非商業的利用の管理についてもやはり国際的な取り組みは必須となります。様々な要件をIWCからCITESの水準に引き上げることは、いま実行できる方策の中でクジラたちの保護のための最善の方策といえましょう。未だにアフリカ諸国の票買いなどの動きを見せている日本の強硬派が、各国の反対を押し切りケースAを選択したりすれば、IWCから健全な機関にその役割を引き継がせる計画は水泡と化し、不毛な膠着状態は新船の寿命が尽きるまでさらに2、30も先延ばしにされ、クジラたちを含むあらゆる方面に不利益ばかりが押し付けられることになるでしょう。
 欧米豪NZなど各国のリーダーたちは、国民の人気取りのためのシンボルとして反捕鯨政策をぶち上げているだけ……国際NPOも反捕鯨を看板に市民から寄付金を巻き上げているだけ……日本の捕鯨擁護派は常にそうした説明を繰り返してきました。しかし、それは自分自身を映しだす""に他なりません。捕鯨に反対する勢力への徹底抗戦という"錦の御旗"を掲げることに、自らのアイデンティティを見出している捕鯨ニッポンの──。しかし、そろそろお互いに冷静になるべき潮時なのではないでしょうか。ケースCの選択によって、公海での操業を諦める代わりに、沿岸捕鯨の形で名実ともに伝統を守りきることのできる日本、クジラを1頭も殺させないという頑なな要求を捨てる代わりに、南極・公海の野生動物に平和を約束できる反捕鯨国、これまで支援を受けてきた市民にやっと前進的成果を報告できる国際NPO、いずれの勢力にとっても十分な果実が与えられます。どちらか一方が力やカネによって完全に打ち負かされる幕切れなど、今の世の中にあり得ません。真の解決につながる道は、ソフトランディング──互いに相手を尊重し、譲歩することによってしか切り拓けないのです。その暁には、より切実な環境問題の解決に、これまでクジラに投下されてきたエネルギーを振り向けることができるようになるでしょう。
 もっとも、日本の沿岸捕鯨や混獲、密輸・密漁の問題を監視する必要性は依然として残るでしょう。それはしかし、海外の市民の寄付に支えられる国際NGOの力を借りるのではなく、日本人が自ら解決すべき問題です。海の自然をどう護り抜き、後々の世代まで遺していくか……日本の国民性=自然や風土という最も大切な伝統、誇りをどれだけ大切にできるか──そのことが直接問われることになるのです。

 筆者の願いは、国際協調や経済性など現実的な観点から、日本政府が自らケースCという名誉ある撤退の道を選択してくれることです(できればなるべく早く・・)。あなただったらケースA、B、Cのどれを選びますか? 国際社会が、クジラたちの災厄の歴史を振り返り、遺産を将来の世代に遺すために、選ぶべき道はどれだと思いますか? ニンゲンという動物が仮に、自然に対する重い責任を果たすことで"万物の霊長"を名乗る資格があるのだとすれば、どの選択がその呼び名に相応しいと思いますか──?

《参考サイト》
http://www.whalelove.org/raw/content/fun/new-nisshin-maru.pdf

http://blogs.yahoo.co.jp/marburg_aromatics_chem/archive/2008/03/10
http://www1.cts.ne.jp/~fleet7/Museum/Muse423.html
http://posh.pel.oiu.ac.jp/zuiso/sizeef.pdf
http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/siryou/zaitoa/zaitoa181108/sonota_03.pdf