(初出:2008/3/9)
(更新:2008/4/12)

グラフで解る鯨肉在庫のカラクリ

転売と販売梃子入れでも解消できず頭を抱える捕鯨協会〜

 2月19日の朝日新聞にて「鯨肉さばけぬ悩み」と題する記事が載りました(<A記事>)。各地の小売・卸業者などを取材し、"国策販売会社"が赤字をものともせず様々な"苦肉の策"を講じながらも、苦戦しているさまがはっきりとうかがえます。また、今月市民WebニュースJANJANにてさらに詳細なレポートが紹介されました(<J記事>)。なお、朝日の記事掲載後に、その内容をこき下ろす日本捕鯨協会発の"怪文書"まで出回る始末・・。綿密な取材に基づくプロのジャーナリストの記事には及ぶべくもありませんが、筆者もこの在庫問題について若干の補足をしておきたいと思います。(以下、<A記事><J記事>の記載から多くを引用しています)
出典:農水省HP、(A記事)、(J記事)
 上のグラフは件の鯨肉在庫量を示す農水省の統計を筆者が加工したものです。現在農水省がWebサイト上で公開している水産物流通統計のデータは'04/2以降の分で、対前年度比をもとに同年1月以降の4年間の分をグラフ化しています。在庫ではなく月末在庫量−月間入庫量の数字を使用したのは、捕鯨協会側の主張を汲んで供給量の増加分を考慮したため・・。市場価格の変動等により供給増に見合うだけ需要が増加した場合も、通常在庫量は増えますが、そこから入庫量を差し引いた値は、需給のバランスがとれているなら平衡に達するはずです。が……果たしてどうでしょうか?
 赤い実線はこの区間の数値の線形近似値です。やはり年を追うごとに増加していることが一目で明らかですね。'07年の点線で囲んだピンクの部分は、<J記事>にならって'06/'07年次操業の日新丸火災発生に伴う減産がなかったと仮定した値です。そして、赤い点線がその場合の線形近似値。もし事故が起きていなければ、在庫の数値がさらに急角度で上昇を続けていたことがわかります。鯨肉の卸売価格が下落の一途をたどっている中での在庫増であることも、合わせて考慮する必要があるでしょう。結論を言えば、紛れもなく供給超過なのです。
 もう一点、注目していただきたいのが、黄色い折れ線で示した月間出庫量です。<J記事>に指摘されているとおり、転売による在庫操作が可能なため出庫=実消費量ではないのですが、全体の動向はわかります。これを見ると、奇妙なことに気づきます。ずっと横ばいで推移していたのが、'06/7に突如として出庫量が跳ね上がっているのですね・・。4年間トータルの月間出庫量の平均値の実に3倍。対前年度比を見ると、なんと231%という驚異的な伸び率を示しています。同年の水産物流通統計の中で、ここまで高い数字は11、12月のスケトウダラと12月のその他のイワシ以外どの品目でも見当たりません。
 補足すると、タラコやすり身として需要が高い一方で、公海で既に禁漁となっているスケトウダラは、沿岸でも資源状態が非常に厳しく、この前月にも「捕獲枠削減必至」との報道があったことから流通による在庫確保の動きがあったとみられます。一方、"その他のイワシ"のほうは、もともと浮き魚で資源量の変動が大きいうえ、マイワシの資源量減少と漁獲規制の動きにより、とくに生き餌や飼料用としてのカタクチイワシの代替需要が増したことが出荷増の原因と考えられます。スケトウダラの漁獲枠をめぐっては汚職事件も発生しました。いずれのケースも、日本の水産行政が抱える資源管理能力の問題と直結しています(こちらも参照)。他の品目は高くてもせいぜい170%どまりです。鯨肉の流通が上記2つのケースとまったく別であることはいうまでもありません。では、この極端な出庫増はどうしたら説明できるのでしょうか?
 カラクリは簡単で、2ヵ月前に"国策販売会社"の鯨食ラボが発足し、すさまじいほどの売り込み攻勢をかけていたのです。大口顧客(病院・学校・自衛隊・社食等、個別の消費者に選択権のない購入先・・)にお百度を踏み、"啓発事業"と称して無料試食会を方々で開催していれば、そりゃ販売量自体は増えるでしょう。大赤字になるのも当たり前ですが。共同会社の鯨食ラボは、JARPAUに入り捕獲量が倍増したため6千トンを越しかねなくなった在庫を解消するとともに、卸売価格の下落による資金調達難を販売数量増で補うべく、農水省・鯨研が急遽作らせたもの。とくに、JARPA分がさばけないうちにJARPN分が加わってパンク状態になるのを避けることが急務であったため、なりふりかまわぬ販促でこの月231%という空前の数字が達成されたのでしょう。同じ社屋で同じスタッフが運営する"共同船舶の広報部"といったほうが話が早そうですね。「普及PRで成果を挙げた」などというのは、正規にPR事業として委託しコンサル料を支払った上でいうべきこと。本来の販売事業そっち抜けで規模にそぐわぬ巨額の赤字を出している時点で、会社の存在事態が疑問視されます。<A記事>によれば、PRの中味は「黒いソースをかけて血を隠す」だの、「血の出にくい解凍法を技術開発」しただの、8千年の伝統が聞いて呆れますが・・(そこまでやってなお、「新規マーケットの開拓に苦戦している」わけだけど)。自然な需給と価格形成に従い鯨研と共同船舶が損失を請け負うのがスジのはず。"実質的な親会社"に奉仕すべく利益を度外視してひたすら販売量を稼ぐさまは、ダミーのグループ持ち株会社に損失を押し付けて業績好調を装った某新興IT企業を彷彿とさせます。この場合、欺いているのは投資家ではなく国民の目ですが・・。要するに、売れてるんじゃなくて無理(無利)やり売ってるんだよね──。
 続いて、もう一つのグラフをお目にかけましょう。
出典:農水省HP、(J記事)
 このグラフは、'04〜'07年の鯨肉の月末在庫量の推移に、3つのシミュレーションの結果を加えたもの。ケースA(黄色)は、<J記事>に基づく、火災が起きず'07年度の生産量が前年並だったと仮定した場合。ケースB(紫色)は、ケースAに加え、鯨食ラボによる採算を無視した販促によると考えられる'06/7月及び'07/7月の異常な月間出庫量の突出がなかったと仮定した場合。'06/7については、残りの11ヵ月分の出庫量をもとに前年度からの出庫量の伸びを計算、'05/7のデータにかけたものを当てはめ、この月の出庫量を930トンとしています。鯨食ラボが7月以外販促を行わなかったわけじゃないでしょうから、非常に甘い数値ですが・・。'07/7については、その数字に実際の年間延出庫量の前年度比をかけ、月間出庫量を890トンとして算出。ピンクの実線がケースBの線形近似値ですが、たまる在庫を処理すべく農水省・鯨研・共同船舶がウラで"画策"を講じていなかったなら、在庫の増加は4年間で3倍を越えるすさまじい勢いで進んでいたことがわかります。
 一方、ケースC(青)は、逆に'05/06期にJARPAU開始による増産を行わなかったと仮定した場合。3、4月の入庫を前年と同じとし、7月の出庫もケースBに合わせています。'07年の分は火災事故の減産でほぼ生産量が戻った形になるので、入庫は実数のままとしました。このときの線形近似値が水色の実線。微減というところでしょうか。本来であれば、これが消費の実態に見合った正常な在庫の推移なのです。
 実際には、JARPN&沿岸調査捕鯨開始、捕獲枠の上限アップ、イワシとナガスの追加、予備調査での増産と、この10年の間に生産量を漸次増やし、その分在庫も着実に増えてきたため'04年の時点でも過大だったといえます。逆にいえば、政府側がJARPAUに向けて徐々に市場を拡大しようと図っていたことがうかがえます。それらの布石も効を奏せずなかなか消費が上向かなかったため、鯨食ラボを立ち上げ必死のPR作戦に打って出たというのが真相でしょう。JARPATの科学的評価を待つことなく、終了前に予備調査と称して捕獲枠を増やしたのは、増産後をにらんで市場を馴化することこそが目的だったからです。調査の科学的意義・正当性などまったく眼中になかったのです──。

 ここで、捕鯨協会発の"怪文書"についてもう二言三言。文書中で協会は朝日の記事に対し、「統計には小型沿岸捕鯨等の分が含まれるから正しい鯨肉の年間生産量は6千トンではなく8千トンだ」と言い張っています。しかし、イルカ漁や小型沿岸捕鯨で捕獲されるイルカやゴンドウ、ツチクジラの肉は地元でしか需要がなく、生かタレ(半塩半乾の保存食)の形で消費されるので大型の冷凍倉庫で貯蔵されることもありません。また、同じ水産物流通統計の月末在庫量上位7都市の中にも、産地兼消費地である太地や和田(現南房総市)、網走は登場せず、そもそも統計の調査対象都市に含まれていないことがわかります。函館と石巻(旧鮎川を併合)はリストに入っていますが、この2市は近くに水産物の大きな消費市場を抱える加工・流通拠点であることから、やはりこれらの都市向けの調査鯨肉が大半であるとみられます。上記を考え合わせると、やはり水産物流通統計上の数字はほとんど共同船舶の調査捕鯨によるものと見て間違いないでしょう(沿岸捕鯨の鯨肉生産の詳細に関しては<J記事>も参照)。にもかかわらず、彼らが8千トンと主張する裏には、'06年度の入庫量の年間合計が9千トン近くに上ることがあると見られます。つまり、統計上ですら転売とわかる量が少なくとも年間延2千トン以上あると考えられ、そのことを隠したいのでしょう……。
 もう一点、「在庫の数字が常識ハズレだ」という<A記事>中の大手監査法人公認会計士に対する、「流通が他の水産物より多く鯨肉の在庫を確保するのはトーゼンなのだ」という反論について。企業が在庫を持つ経済合理的な理由は、過当競争時を除けば需給のブレに対応し在庫が払底するのを避けることだけです。それ以上に在庫を持ってもコストが嵩むばかりなのですから。ここで問題になるのは、平均在庫もしくは最低在庫(月別入荷・出荷量に大きな差があるケース──鯨肉の場合はこれに該当しますが、出庫量の鋭いピークは在庫消化のため突然出現したものなので入庫量のみ)の供給量に対する比率です。もし、協会の言うように鯨肉の"特殊事情"が「年2回の入荷しかない」ことだけを指すなら、この値に他の水産物と大きな違いなど出ないはずです。さて、そこでこちらの表をご覧ください。
出典:農水省HP、(A記事)
 これは鯨肉の在庫が最多を記録した'06年の水産物の各品目の月末在庫量と年間供給量との関係を表で示したものです。在庫量のほうは水産物流通統計から、供給量のほうは、水産物の総計については食糧需給表の概数値から、その他は魚種別漁獲量と輸出入概況をもとに算出してあります。クジラは鯨研の発表値。統計によって品目の分類表記が異なったり、上位品目しかデータがないものもあり、冷凍・塩蔵、すり身なども合計しているので、多少大まかな数値と思ってください。
 この表で見る限り、在庫量の供給量に対する比率は、加工原料/加工品、輸出入割合の高いもの、季節もの、いずれも水産物全体の値から大きく離れていないことがわかります。スケトウダラが若干高いのは、上記の出庫について説明した理由によるものです。その中で……クジラのみが平均で8割、最低で5割を超えるダントツの数字を示しています。流通市場における鯨肉の適正な最低在庫量は、水産物の平均12%(=供給量の1.5ヵ月分)に合わせれば'06年の場合700トン弱、大甘に見て25%(同3ヵ月分)としても1400トン程度でいいはず。そして実際、JARPAU予備調査等による増産が始まった'02年までの在庫量は、ほぼこの水準にとどまっていたのです。'06年の鯨食ラボによる異常な販促の効果を勘定に入れたとしても、JARPA分が入庫するピークの4月時に4500トン(実際の平均値よりも低い)確保さえすれば、小売・消費市場への供給体制としては何の問題もなかったのです。ところが、現状では月平均で(甘い方の)適正在庫の1.5倍に当たる10ヵ月分もの在庫を抱えさせられているわけです。だからこそ、大手監査法人の会計士も「普通の企業としてはありえない」という当然の判断を下したわけです。本来持たなくていいはずの多量の在庫の維持コストを卸売会社が負担しなくてはならない鯨肉市場の"特殊事情"とは一体何なのでしょうか?? プロの会計士に向かって「事情を何も知らない」とこき下ろした以上、具体的な理由を明らかにしてほしいものです。
 ほかに考えられる鯨肉市場の特殊性といえば、国策企業に大幅値下げさせて卸したものを、転売を重ねることで小売価格を吊り上げ、流通・小売事業者が利幅を増やしてるとか? でも、そもそも売れなくて困ってるから値下げしてるんじゃなかったっけ・・。値上がりを待って在庫を持ち続けても、冷凍設備を動かす電気代も今のご時世じゃ上がる一方で返って損だろし・・。それとも、異文化圏には通じない捕鯨擁護派独特の精神論的文化論でもって、どれほど不合理だろうとひたすら在庫の山を背負っているのかな? 日本から旬を大事にする"食文化"が失われておらず、環境負荷を下げる消費者や市場の意識が高ければ、そもそも在庫なんてほとんど要らないはずなんだけど・・(こちらも参照)。もしかして、明日からクジラが1頭もとれなくなる事態を想定している?? けど、それは流通市場が自ら損してまで心配することじゃないよねぇ・・。他に例を見ない莫大な在庫を市場に押し付ける真の理由は、規制を免れるために調査の名を被せた特権的国家推進捕鯨による、国内の需要の実態をまったく無視した強引な増産にあるのと違いますか? (転売の裏事情については<J記事>を参照)
 <A記事>の末尾で、共同船舶の流通関係者は、販売量が年率7%伸びていると伸び率の数字だけを口にし、実数については「どうせ信じないから公表しない」としています。信じられないのは伸び率の数字なのに、実数を隠したらなおさら信用できないじゃん(--; 最近の官僚の不祥事に対する呆れた言い逃れをそっくり踏襲してますね。どうせ伸びたのは、支払いを待たされている鯨食ラボに卸した分だけだろけど・・。
 そして実際、統計によれば、最新の'07/12の在庫水準は、生産量が7割に落ちたのに対し、対前年同月比で8割5分の下落にとどまっています。鯨食ラボが前年に張り切りすぎてもうすっかり余力がないのか、在庫をこの水準に維持することだけを目標にしているのか……。在庫の底に当たる2月分の数値が出てくれば年間の趨勢がはっきりするので、農水省の発表を待ちたいと思います。果たしてどこまで解消できるのか、それとも積み上がるのか──。
 それにしても、文責捕鯨協会の"怪文書"、記事そのものを丸ごとコピーして添付しており、引用のレベルを明らかに越えていますが、一体朝日新聞社の許諾をとったのでしょうか? アスキーアートじみた気色の悪いイラスト付きで、「これが問題の記事です!」と丸写し"コピペ"し、「読者をミスリードするタイトル群」と槍玉にあげる内容にはギョッとさせられます。ミスリードどころかきわめて的を射た見出しだったと、筆者などは思いましたけど・・。このヒトたちの思考回路はホント、巨大掲示板に蔓延るネット右翼にそっくりですね(--;; このまま放置すると、消費者の鯨肉離れに一層拍車がかかってヤバイという、"危機感の表れ"との見方もできるかもしれませんが。
 最後に、赤字をごっそり背負い込まされても業界存続のために献身する、ある意味健気な販売会社にちょっとは同情して、エールでも送っとこうかニャ。。というわけで替え歌をば──
鯨食○ボの歌 (ゲッ○ーロボの節で! 子門真人に歌って欲しいニャ〜)

鯨 鯨 鯨 鯨
赤いお肉の血の色隠し〜
啓発スパーク〜 タダ売りだ〜
見たか〜 動員〜 鯨食博士〜
販促! 販促! 火の車!
産・官・学が一つになれ〜ば〜
捕鯨ニッポンの正義は〜百万パワ〜〜
悪(環境保護団体)を許すな〜 鯨食パンチ〜
鯨食〜鯨食〜鯨食〜〜 鯨食〜○ボ!

鯨 鯨 鯨 鯨
たまる在庫が一直線に〜
冷凍倉庫〜 満杯だ〜
見たか〜 転売〜 鯨肉転がし〜
入庫! 出庫! また入庫!
産・官・学が一つになれ〜ば〜
捕鯨ニッポンの文化は〜百万パワ〜〜
悪(オーストラリア)を倒すぞ〜 鯨食ドリル〜
鯨食〜鯨食〜鯨食〜〜 鯨食〜○ボ!

鯨 鯨 鯨 鯨
沿岸事業者圧迫しても〜
科学の名を借り〜 南極へ〜
見たか〜 脅迫〜 ザトウを捕るぞ〜
再開! 再開! (本音は)現状維持!
産・官・学が一つになれ〜ば〜
捕鯨復活の建前は〜百万パワ〜〜
悪(アングロサクソン)を滅ぼせ〜 鯨食ビ〜ム〜
鯨食〜鯨食〜鯨食〜〜 鯨食〜○ボ!
'08年分の在庫についての続報はこちら

《参考リンク
JanJanNews 暮らし・捕鯨問題・鯨肉はさばけているのか?
農林水産省/統計情報
農林水産省:分野別分類/水産業