(初出:2008/3/13)
(更新:2008/11/20)

最新情報を併せ、鯨肉在庫統計を詳細に分析した記事をこちらで掲載しています。
「増える在庫/消える在庫 鯨肉在庫統計のカラクリを読む(1)〜」
http://www.news.janjan.jp/living/0811/0811140481/1.php

深まった転売による統計上の在庫量操作疑惑

 '08年1月分の水産物流通統計が今月10日農水省のサイトで公表されました。早速入手してチェックしてみたところ、鯨肉の月末在庫量は2832トンで対前月比、前年同月比とも約1割下げており、そこそこ掃けているかのように見えます。このまま推移すると、在庫量が最低になるはずの翌2月には、JARPAUによる増産前の'05年の水準を若干下回るかもしれません。
 が……よくよく見てみると、'08/1の前月月末在庫量が3133トンであるのに対し、'07/12の月末在庫量は3371トンと食い違いを見せています。本来等しくなるはずの数値になぜ200トン以上もの開きがあるのでしょうか? 実は、水産物流通統計の調査対象となる冷凍倉庫が年毎に入れ替わるため、1月〜12月までの間はこの数字に差は見られませんが、12月と翌年1月の統計数字にはそれなりの違いが出てくるのです。まさか農水省の統計情報部が対象倉庫変更にあたって捕鯨業界に有利なように助太刀したわけではありますまいが、在庫の数字を低く見せたい業界関係者としては、今回かなり助けられた格好でしょう。このことは一方で、"見えない在庫"が厳然として存在することを浮き彫りにしたといえます。仮に、調査対象倉庫が前年と変わらず、比率を同じとして計算した場合、1月の在庫量は3047トンとなったはずです。
 1月分のデータにはもう一点、奇妙な点があります。もし、在庫の減少が需要増によるものであったなら、当然出庫の数字も増加します。しかし、この月の出庫は前月の9割に過ぎず、対前年同月比では半分に満たない4割程度にとどまっています。シーシェパードにさんざん宣伝してもらっても、全然消費者に買ってもらえていないところが印象的ですね・・。では、どうして在庫が減少しているように見えるのかといえば、それは出庫の減少をさらに上回るほど入庫が減少しているからです。'08/1の月間入庫量は109トン、前年同月に比べると1/4、前月比でも1/3と、突出して少なくなっているのです。これは、4年間の統計の中で'04/5及び'05/5の入庫量に匹敵する小さな数字ですが、これらはいずれもJARPA分の入荷直後の5月であり、一年で最も動きが鈍いのは当然のことです。小型沿岸捕鯨とイルカ猟による水揚分がこの統計に乗ってくることはほぼないと見ていい以上、3月、4月、8月以外の鯨肉の入庫は基本的に倉庫間の移動によるものと考えられます。つまり、漁期の生産量が同水準だった一昨年に比べても100トン、増産した昨年と比べた場合350トンにもなる入庫量の激しい落ち込みは、そのまま倉庫間転売量の減少を反映したものといえます。この例年にない在庫の動きは、一体どういう意味を持つのでしょうか?
 可能な説明の一つは、統計の調査対象に残っている倉庫から出庫された鯨肉が、今年になって"たまたま"調査対象から除外された倉庫に入庫されたため、入庫として計上されなくなったとの見方。結局、例年どおりに転売されたものが数字として見えなくなっただけで、実際はまったく売れていないということです。調査年に基づく在庫量の食い違いの分を合わせると、まさに"二重の幸運"に助けられたことになりますが……それはあまりにも不自然すぎます。転売によって統計外へと"消えてしまう在庫"の量が、各月毎に入庫の半分から3/4、100〜350トンに達するほど大きな割合を占めるケースがあるというだけでも驚くべきことですが・・。
 そんな不自然な可能性を排除するなら、残る解釈は一つ、作られた数字だということ──。
 輸送経費や代行引受先への手数料等のコストをかけてでも、実際に調査対象倉庫から対象外倉庫へ鯨肉を移送したか、あるいは、伝票上の操作だけで済ませ、現物はそのまま埃を被っているか──いずれにしても統計に表れる在庫量をわざと少なく見せかけようとしたわけです。水産物流通統計は農水省の担当者が一つ一つの倉庫へ足を運んで箱を数えるわけではないので、その気になればいくらでもごまかせるでしょう(虚偽の申告が発覚したとてまともな罰則はなさそうですし・・)。
 果たして、捕鯨業界は商法に反するリスクを背負ってまで、事実と異なる在庫の数字をでっち上げようとしたのでしょうか? だとすれば、それはなぜでしょうか? ヒントを与えてくれるのは、他でもない捕鯨協会が発行した"怪文書"にあるヘンテコなイラスト付のコメントです。「鯨肉が売れたかどうかは繰越在庫(最低在庫)を見ればわかる(そして売れたのは一目瞭然!)」との──。上記のとおり、他の水産物に比べて鯨肉の在庫は明らかに過分なのですが、業界側は「最低在庫こそが問題なのだ」と予防線を張りました。言い換えれば、「鯨肉が全然売れずに残っているのではないか」とのマスコミの疑惑を回避するためにも、この在庫の最低値を少なくとも前年度並に抑えることが、彼らにとっては至上命題となるわけですね──。
 違法な循環取引、あるいは少なくとも正常とはいえない指導転売による在庫操作は、他の時期にも行われているのかもしれません。特に'06以降の7月の異常な出庫量は、いくら鯨食ラボがタダ同然の叩き売りをしたとて消化しきれるかどうか疑わしいものがあります。翌月にJARPN分が入ってくるので、実際に一次搬入用の大型倉庫を空けはしているのでしょうが、販売会社というより空倉庫の手配のほうが主力業務だったとしても不思議はありません。ほとんどペーパーカンパニーに近い存在ですし・・。しかし、出庫量以上に入庫量を減らす形で数字の"調整"を行うのは、やはり在庫が最低ラインに達する1月2月ということになるでしょう。今回の'08/1分の入庫量の不自然な数字が、そのことを歴然と示しています。
 在庫操作のための架空取引の存在を示唆するもう一つの事例があります。3月12日、冷凍食品大手ニチロの元冷凍倉庫所長らが、冷凍庫に豚肉が入っているかのように装って9千万円を騙し取った罪で逮捕されました。詐欺被害に遭った食品卸売業者は名義変更の書類等を信じ込み、倉庫へ実際にものを確認しに行くまで2ヵ月もわからなかったとのこと。同様の手口で複数の業者が被害に遭い、被害総額は5億円(調査捕鯨に対する政府の補助金と同額・・)を越えるとみられています。ニチロ側は「勝手に名前を使われた」とコメントし、この所長を解雇していますが……。ちなみに、元捕鯨会社のニチロはやはり商業捕鯨大手だったマルハと昨年経営統合しています。マルハは共同船舶の元株主で、現在も捕鯨協会や海の幸を守る会などの業界団体と深い関わりがあるとみられます。どこの冷蔵庫に、何が、いつからいつの時点までしまわれているか、いないか、当の倉庫を所有する会社も、買ったと思い込んでいた業者も、いい加減にしか把握していなかったからこそ起きた事件であり、日頃の冷凍倉庫の管理がいかに杜撰に行われているかを如実に示しています。現在はNPOによる抗議行動と海外展開への支障を理由に鯨肉販売から撤退したとはいえ、2つの元捕鯨会社が合併してできたマルハニチロでこの事件が起きたことも象徴的です。ちなみに、冷凍倉庫に"存在したはず"の豚肉は1200トン以上・・。1月分の全国の鯨肉在庫量の4割に匹敵する量が、何枚かの書類で簡単に"偽装"できてしまうのです。消費期限の偽装や農薬入り中国製冷凍食品の輸入でも名前の出た加ト吉による不正な循環取引<J記事>と同様の手口が、大手を振って罷り通っていたとしても不思議はないでしょう。
 来月発表の2月分の水産物流通統計で最低になるはずの鯨肉の在庫量、筆者としては事前に予想を立てておきたいと思います。すなわち捕鯨業界にとってかくあるべきという数字、月末在庫量約2650トン、入庫と出庫はそれぞれ200トンと400トンというところでしょうか。出庫が(自然に)どこまで落ちるか、落ちた場合に手間をかけて数字を書き換えるか、1月と同じく気にかけないかは読めないところですが、入出庫差はこれで決まりでしょうね。。
 しかし、いずれにしても、ここで出てくるであろう数字は、実際の在庫量とは大きく異なるものです。統計に表れてこない在庫が日本全国の冷凍倉庫にたくさん眠っているのだという事実を、私たちは頭に入れておく必要があるでしょう。そして、現状でさえ供給過剰なのに、日本が調査捕鯨の規模を今後さらに拡大しようものなら、何年も前の古びた鯨肉の箱詰めが日本中の冷凍倉庫を埋め尽くす事態になりかねないのです──。

(初出:2008/4/12)

続報・鯨肉最低在庫の数字はこうして作られた

 4/10日に'08年2月分の水産物流通統計が農水省のサイトで公表されました。来月には今年のJARPAUの先着分が加わるはずなので、これが年間を通じた在庫の最低値になるはずです。さて、筆者は2650トンと予想していましたが、結果は──2485トン。一見ずいぶん健闘した感じを受けますが・・月間出庫量の対前年度比を見ると82%・・。出庫=消費ではありませんから、消費量としては昨年に比べて少なくとも2割は落ちていることがわかります。では、なぜ在庫がこれだけ減ったかと言えば、前月と同じく入庫量が32%とそれ以上に大幅に減少しているからなのですね。1月300トンだった入出庫差が、2月はさらに350トンにまで開きました。ちなみに、先月報じたとおり、調査年度変更に伴う不連続が生じていますから、前年との経年比較のための補正値を加えれば2月の月末在庫は2700トン前後ということになります。
 2月分の統計からは1つ注目すべき発見がありました。統計には在庫量上位の都市のデータも含まれています。鯨肉は生産者も入荷時期も決まっているにも関わらず、なぜか他の品目に比べ年間・月間の各都市の順位の入れ替わりが激しく、それだけ消費より転売による倉庫間移動が多いことをも裏付けているのですが、今年2月分には1つの都市で際立った数値が示されていました。それは、1月から2月までの間に150トンと3割以上も在庫が減少した釧路(順位は3位)です。同じ月でも、1位の在庫量950トンの石巻は80トン、2位の東京都区部は60トンしか出庫していません。昨年同時期の釧路は40トン程度しか動いていなかったのに。
 一体釧路で何があったのか? 実は、ここには水産大手ニチロの工場があり、他の水産物とともに鯨肉の大和煮缶詰(都市向けの贈答用なども・・)を製造していました。しかし、この4月にマルハとニチロが経営統合してマルハニチロホールディングスとなり、それに伴って3月一杯で鯨肉製品の製造販売から撤退したのです。ですから、この数字は、旧ニチロが廉売か他社への転売によって在庫処理をした結果と見ていいでしょう。
 先月にはまた、例の鯨食ラボの運営するネット通販サイトが閉店セールでまたしても出血大サービス! 販路開拓・・というより在庫解消が任務と思われる同社が、今年の生産分が入ってくる前に何とか少しでも在庫を減らそうと、こうした涙ぐましい努力(?)をしているのでしょう。大手ブランドが軒並鯨肉製品販売をとりやめた今、ネットに集う捕鯨シンパにPRする格好の場を閉鎖してしまうのは、彼らにとってはもったいない話だと思うのですが・・。看板替えするのか、それともラボ自体が相当にヤバイのか・・。
 ともあれ、統計のマジック、ニチロの撤退、転売や出血叩き売りの結果、2月の最低値でどうにかこうにか2500トンを切る数字が達成されたというのが真相です。昨年は火災事故で、今年はシーシェパードの妨害、グリーンピースや豪軍の監視からの逃避で、生産量が落ち込んだ"おかげ"で、在庫の数字自体はなんとか前年より減らすことはできました。捕鯨業界にとっては「シーシェパード様々」というところでしょう。需要を拡大する助けにはなってもらえなかったようですが……。
 しかし、来年計画通りの増産を強行すれば、在庫がまた一気に膨れ上がるのはこれらの統計を見ても一目瞭然です。科学的正当性もなく、もともと無理のあったJARPAUの計画は早急に見直されるべきです。

グラフで解る鯨肉在庫のカラクリ

《参考リンク
JanJanNews 暮らし・捕鯨問題・鯨肉はさばけているのか?
農林水産省/統計情報
農林水産省:分野別分類/水産業