§ 海軍潜水作業艇仕末記
 呉工廠・3746号艇
 前述の通り呉工廠で放置されていたと云われる3746号艇は、戦後杳としてその行方が不明であったが、終戦後間もなく占領軍に接収され米国に持ち去られて、バージニア州・ニューポートニューズ市にある「マリーナーミュージアム」にて展示公開されていることが判明した。それも戦後23年も経った昭和48年(1973)の10月のことである。




 当時、財団法人「日本船舶機器開発協会」の海洋開発部ゝ長代理であった浮田基信氏(元海軍技術中尉)が同協会の仕事で渡米され、Newport News 造船所を視察する機会があってその帰途、同造船所の人にマリーナーミュージアムに案内され、その中庭で偶然3746号艇が展示されているのを発見されたのである。
 浮田氏は帰国後早速筆者に3746号艇発見に至った経緯を写真と共に丁重に送って下さった。
 それまでは、西村式の一号、二号の両艇は何れも四国沖で海没処分されたこと、また海軍が西村式の改造型2隻建造していたことは判っていたが、まさか海軍の一艇がアメリカで健在であったということは、浮田氏からの連絡までは全く判らなかったのである。
 西村艇と同様に処分されているものと思っていたので浮田氏からの手紙と写真を受け取った筆者も全く驚きと感激で今まで漠然としていたモヤモヤが一瞬消え去ったような感を禁じ得なかった。
 このニュースはまたたく間に広まって、明くる年の昭和49年12月12日付の「夕刊フジ」に一面トップで”豆潜水艇、祖国に帰投せよ〜深海作業艇のパイオニヤ西村式豆潜水艇〜米・ニューポートの博物館に眠っていた”という見出しで、全頁を使って大々的に報道された。(同紙面添付

 浮田氏は引き続きニューポートニューズ市のマリーナーミュージアムについて、”The World of Learninng”の73/74年版のVolVを調べて、次のようなご報告を頂いた。

 館 名 Mariner's Museum
 所 在 Newport News , Virginia 州
 創 立 1930年
 創始者 Archer M. Huntington
 館 主 Wiliam D. Wilkinson
(Director)

 これらの噂が西村一松の故郷下関方面にも及んでやがて51年(’76)の返還要請運動となるのであるが、これについては次項(戦後の部)で詳述する。