●Chapter 4 アポロノームの秘密

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 アポロノーム、この空前絶後の巨艦システムがなぜ建造され、PKN艦隊の旗艦となるに至ったかについて語ることにしよう。

 単艦の寸法は日本、韓国、中国の100万トンドックを目一杯使った全長900m、幅90m。世界最大のタンカーJahre Vikingの全長458.45m、幅68.8mと比べても、全長で約2倍、排水量でも約3倍の巨体を誇る。

 在外米軍基地の要塞化というコンセプトは、21世紀初頭に米国を襲った同時多発テロとその後の中東地域での戦争を経て固められていった。
 自爆テロの恐怖は兵士たちに深い心の傷を与え、海外派遣を拒否する兵士が相次いだ。そのストレスは世界各地の在外基地での米兵士による犯罪増加をも招き、基地反対運動を激化させた。加えて戦費による米財政の圧迫が、大胆な政策変更をもたらした。

 すなわち在外米軍基地の規模を大幅に削減する一方で、残る兵力を紛争地域に集中する。しかも敵からの反撃の心配がほとんどない潜水空母化することだった。

 三体のアポロノームの中央船体であるアポロノーム2は最も激戦地に近く配置され、ほとんど海中を航行し、極くわずかな浮上の間にVTOL/STOLを発進させる。
 両側の2艦、アポロノーム1と3は激戦地から距離を保ち、攻撃力の高いCTOLを中心とし、大型輸送機の着艦も可能とする。


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 アポロノーム構想のルーツは20世紀末に米大手企業が試設計したセミサブ型ヘリポート基地(注:本当の話)に発する。しかしながら、セミサブ型だと、沖合いで遭遇しうる十数mもの波高に対して十分なクリアハイトを確保するには、相当巨大なものとならざるを得ない。

 そこで考え出されたのが発想の逆転として、飛行甲板や格納庫を海面から上方に分離する代わりに、海底下に沈めるというものであった。そこで一番問題となるのが巨大な容積の格納庫をいかに沈めるかという問題だった。
 その解決策として考え出されたのが、格納庫に注水するという方法である。格納庫内の航空機はすべての開口部をシールしたうえで高圧空気で均圧するという方法が採られ、航空機自体は最小限の改造で済ませている。

 それまですべての米軍艦は米国内で建造してきたのを、日本、韓国、中国で建造するという問題については、在外米軍基地などの問題も絡んで高度な政治的判断、それに建造国サイドからの思いやり予算などで決着が図られた。

 このようにして、米国内に入港可能な港湾がないほどの巨艦システムが実現したのには、もうひとつ隠された理由があったのだった。

 洋上実験都市。アポロノームの表向きの説明としては次のようであった。つまり、在外米軍基地と同等の機能、すなわち、派遣海域の軍事情勢が比較的安定している限りにおいては、ひとつの都市、家族がともに暮らせるように、快適な生活に必要なあらゆる機能を完備した洋上実験都市とするというものであった。
 アポロノームが米国の港湾のみならず既存の在外基地の軍港に入港可能なサイズを超えたゆえに、そのような都市機能を備えることは必然、というのが公式的な理由だった。

 洋上都市にとって最も重要な海上アクセス手段は航空機とならざるを得ず、それゆえにアポロノーム1と3は縦列連結によって1800mの滑走路となり、その場合は水深数十mの海底に支持脚を降ろして動揺を抑える方式が採用された。特別に開発された発射カタパルトと制動アレスティング・ワイアによって中型輸送機とエアバスクラスの旅客機の離発着が可能となった。
 それに加えて、近隣港からのサプライ・ボートによる物資補給によって都市機能が維持されるものであった。

 ひとたび緊迫した情勢になれば、アポロノーム2が最も最前線に近い海域に潜航モードで配置され、浮上したわずかの間に格納庫をオープンして STOL/VTOLが離発着する。アポロノーム1と3は比較的安全な海域に浮上モードで後方支援の役割を果たす。3隻のアポロノームはいずれも艦底に2つの潜水艦ドッキングポートを有し、潜水艦による補給も可能となるというものであった。


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 米NSA国家安全保障局が密かに作成しエドワーズ大統領に提出されたWAISレポート。Western Antarctic Ice Sheetとは南極大陸の西側氷床のことである。南極大陸の西側とは、グリニッジを通る経線に対して西側であることを意味する。

 ロス海とウェッデル海に挟まれた西側氷床の大部分はその地盤が海面下にある。ということは温暖化による海面上昇に敏感であり、ひとたびロス海とウェッデル海の棚氷が離脱すれば、たちまち膨大な量の氷床が海中に滑り落ちてゆき、6mもの海面上昇をもたらす。


点線が南極大陸の輪郭。そのうち大陸が海面より上に出ているのは黒い部分だけ。
ウェッデル海とロス海に挟まれた部分の大陸は海面下に沈んでおり、
その範囲を覆っている氷床は海面上昇に対して不安定である。

 その海面上昇は人が高地に逃れるには十分な猶予があるが、水没する都市が持つ機能にとっては致命的である。WAISレポートはレッドがセンセーショナルな化石燃料全面禁止を唱えることとなったカオス・トリガー仮説への反論資料として検討開始されたものであるが、その結論は石油メジャーの支持に大きく依存するエドワーズ大統領にとって公表できるものではなかった。

 しかしながら大統領は、後世からなんの備えもしなかった無能な大統領と評価されることを恐れ、ちょうど問題となっていた在外米軍基地の見直し問題とリンクさせた驚くべき計画を採用したのだった。すなわち6mの海面上昇によって致命的な機能を失うニューヨーク、ロサンジェルス、サンフランシスコの3大都市の機能を洋上実験都市に移転させるというものである。

 米国の港湾は基本的にパナマ運河を通過可能な艦船を前提としており、パナマ運河の幅を超える艦船が多くなった現在でも喫水が16mを超える艦船が入港可能な港湾はほとんどない。喫水22mのアポロノームは、まさにWAIS崩落を前提としたものである。この驚くべき構想を提出したのは、皮肉なことに、のちに<見えない射点>でPKN艦隊を壊滅の危機に陥れることとなる海洋エンジニアリングの鬼才、クロイツェンバッハ教授その人だった。

 こうして実現することとなったアポロノームは、しかしその完成1年前に海洋テロが始まり、紛争地域に配備されることなくPKN旗艦となった。これは世界の環境保護派を味方に付けるレッドの巧妙な戦略、そして国際世論を自国の若者だけが血を流すことに反発する国内世論に配慮したエドワーズ大統領の判断によるものだった。

 しかしながら、PKN発足式典、その1年後のオペレーション・レッド・ストリーム、その2度にわたる戦いで失ったものは大きかった。

 オトリ役を果たすはずだったアポロノーム1。艦橋にたたずむキャスリン艦長は
「これで何もかも予定通りというのか、ギルフォード・・・。
これだけの犠牲を払うだけの価値が本当にあるのか・・・」
と自問する。

 海面効果翼機に抱かれてアポロノーム1を発進したコーバック号は、アポロノーム1に群がるU潜隊を出し抜いてUSR秘密基地をイリーガル弾頭で叩くはずであった。しかしながらアポロノーム2と3が探り出したのは単なるトーピード・マイン・システムの保管基地に過ぎなかった。

 あらためて再解析された結果、浮かび上がってきた海域、北極海に向けて残存戦力が再編成された。北極海ではもはや海面効果翼機による急襲は不可能である。コーバック号は最も海中行動力の高いアポロノーム2の艦底ドッキングポートに据え付けられる。アポロノーム1と3が秘密基地の探索とU潜隊の掃討を担当する。その体制でいよいよ北極海への侵攻が開始されようとしていた。


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