●Chapter 5 最新鋭テストモデル

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(ポール・ベース)
 ドッキングアームとの間の水密扉が開く。待ちわびる家族や同僚が殺到し、乗員たちと抱き合う。その中の一人に3人の少女が飛びつく。マコトを抱いたユウは沈痛な面持ちで夫を迎える。

「おかえりなさい。よくご無事でした。」

「済まない。大事な乗組員を何人も死なせてしまった。速水という男には完敗だった。」

「速水って、みゆきの・・・。」

「そうだ。707一隻でな。これからのことをクロイツェンバッハ教授と話さねばならん。」

「彼もCIC(注:Combat Information Center)でお待ちかねですわ。」

・・・・・・

(CICで)
「だいぶ痛めつけられたようじゃな。レッド。」

「速水の707だけはゲーデルBの予測に含まれていなかったものでね。」

「しかし、計算どおりアポロノームの3隻を残して、おおかたの戦力を殺ぎ落とすことができたんじゃ。あとはコーバックとカナダのブルーシャーク、そして707だけじゃな。」

そこに不安な表情のユウが。
「でも教授、本当にアポロノームを乗っ取るなんてことができるんでしょうか。いくら弱点を知り尽くしている教授でも。」

「そうじゃな。わしもゲーデルBの「箱舟作戦」には驚かされたが、簡単じゃないじゃろうな。北極海がアポロノームのかなりの能力を封じ込めるといってもな。」

「ユウ、例の仕掛けはどうなんだね。」

「ええ、あなた。日本とカナダの科学者グループに予測データを送信しましたわ。北極海盆で巨大な爆発が生じると膨大なメタンハイドレートの放出が生じるという。」

「そうか。PKN側も当初考えていたよりも早く北極海に侵攻してくるだろう。こちらの戦力が6割もそがれたこのチャンスを狙ってな。なんとか日本とカナダの参加を押しとどめることができれば、ずいぶんやりやすくなるのだが。
それはそうと教授、UX-IIの建造予定は?」

「なんとかぎりぎりで間に合うじゃろう。ただしチューニングアップの時間を稼いでもらわんとな。」

 レッドが、
「ゲーデルBよ、PKNが北極海に侵攻する時期は。」

「アポロノーム1が潜航可能となるまでのシステム改修、そして、PKN艦隊の壊滅に対する責任追及、一方、こちら側の損失が回復しないうちに、しかも、海氷の凍結の進まないうちに侵攻すべきというファクターが支配的要因となります。それによって推論される侵攻開始時期は92%の蓋然性で3ヵ月後です。極夜の始まる11月でしょう。」

「スリードラゴンズからのロジスティクスがPKNに気付かれる恐れは?」

「セブン・シスターズが気付いている可能性は現在のところ85%です。洋上補給時にU潜隊の一部がセブン・シスターズに確保される可能性は11月の時点で73%です。」

「するとやはり、11月早々に全て決着させるということだな。」

「そうです。もっともクリティカルな要素はコーバック号との対決、そして、最もアンノウンな要素は・・・、707です。」

「707、速水か・・・。」


(707の発令所)

「そろそろジュニアの水中収容訓練を開始するぞ」

 速水艦長の合図に南郷副長が次々と指令を発する。
「了解。航法管制、音響測位システムをオフ」

「音響測位システム、オフしました。ジュニアの位置をロスト。」

「ジュニアとの水中通話オフ、静穏航行に入れ。」

「静穏航行モードに移行しました。」

そこに速水艦長が、
「ソーナー室、近くにクジラの群れはいるか」

「艦長、方位43度、距離3km、水深140m付近に何頭か。」

「ちょうどいいな。水深132mで推進器停止。懸垂モードに移れ」

「ずいぶん細かいですね。」

「クジラがジャスト140mをキープすると思うか。さあ、例の歌声を流せ」

「ソーナー室、擬似誘導音流せ」

「誘導音のランダム発信を開始しました。」


(ジュニア側)

「おい五郎、707をロストしたぞ」

「ああ、耳を澄まそうぜ」

「結構、あちこちからクジラの歌声が聞こえるぞ」

「大丈夫さ。707の擬似誘導音はさんざん叩き込まれたからな。じゃあ、水中通話、打ち切るぞ。707で会おうな。」

「ああ、しくじるなよ」

「賢次こそな。こっちの音に気付かずにぶつけるなよ。」

・・・・・・

 敵艦に探知されないように音響測位システムと水中通話を絶ったジュニアは、ウォーーンという歌声の鳴り響く海中で、時々発せられるわずかに違う歌声と慣性航法装置のデータを頼りに進んでいく。

 限りない時間が過ぎたように思えて実はわずか数分後、賢次のジュニアはここでイルカの声を模擬したクリック音を発信。それに反応して、707が照射するブルーグリーンレーザーの光源をヘッドセットのHARP-CCD(注:High-gain Avalanche Rushing amorphous Photoconductor。電子のなだれ増幅現象を利用した撮像素子。現実にはまだCCD化されていない。)映像に捉える。

 これまでの訓練ではこの距離内に到達することに失敗。浮上してラジオビーコンで見つけてもらうしかなかったのだった。五郎のジュニアの推進音もほどよい距離に聞こえてホッとする。

 バリアブル・ベクトル・プロペラを制御しながら慎重に接近を続け、ついに水中に展張されたドッキング・アームを視認。707周りの流れは意外に強い。オート・ヘッディング・モードに切り替えてジョイスティックを操り、ついにメイティングに成功。バリアブル・ベクトル・プロペラを停止したジュニアはポッド内に無事収容されたのだった。


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「ふーっ、やったぞ、ついに。」

 緊張から解放された賢次と五郎。そこに速水艦長の声が。
「二人ともよくやった。これから向かう北極海ではジュニアによる索敵が不可欠だが、今度は浮上したくても頭の上は氷だからな。」

「ええ、なんとか役に立ってみせますからね、艦長」


(707の発令所)

「ところで艦長、例のやつでちょっとご相談が」
 南郷副長がちらっと発令所後部を見やる。

「なんだ、問題があるのか」

「鈴木ソーナー長と阿部先生がお話があるそうで、士官室(注:士官食堂を兼ねている)にお願いできますでしょうか」

「分かった」


(士官室で)

「やあ、阿部先生、まさか乗船いただけるとは」

「いえ、北極海に潜ることが念願でしたので、もう感激ですわ。」

「今回のミッションでは海氷とハイドレートの知識、それから推論マシンの教育専門家が必要という要望を出しただけだったんですが、先生に来ていただければ願ったりかなったりですね。南郷君もうれしいだろう」

「いやっ、あのっ、それは」

「まあ、いじめるのはそれぐらいにして、鈴木君、なんだね。」

「ええ、あのアメリカから供与された最新鋭テスト・モデルってやつですが、コーバック号に積まれているαノボの改良版、大容量共有メモリによるシミュレーション機能を強化されたものです。
 ロシアとの共同開発ということで「チャイカ」という名前が付いているんですが、その件です。」

「何が問題なんだ」

「まず、シミュレーション部分については申し分ありません。例の多重反射成分からのホロニック処理はおかげでリアルタイムでできるようになりました。
 ですが、推論部分ですが・・・。」
 鈴木は阿部先生と顔を見合わせる。

「なんだ、はっきり言いたまえ。」

「その・・・、ちょっと変わったクセがありまして・・・。」

 そこで阿部先生が助け舟を出す。
「ゲーデルBの特徴は一度お話しましたよね。限られた情報からでも意思決定できる推論マシンだということを。ゲーデルBの設計思想は「任意の系が与えられた時、その系の内部では証明できない命題が常に存在する」という考えに基づいています。

(注:ゲーデルの不完全性定理(フリー百科事典ウィキペディアより))
ゲーデルって誰だ?不完全性定理ってなんだ?

 こないだお話ししたカオスの問題にも通じることです。ですから私もゲーデルB型推論マシンをシミュレーションに組み込むことを試みてきたわけですが。
 今度のカモメ、いえ、チャイカはロシア語でカモメなのでそう呼んでいるのですが、これまでアーノルドBやαノボにはなかったゲーデルB型推論ロジックが組み込まれています。
 その結果・・・。」

 そこで鈴木が。
「カモメはいろんな判断をしてくるのですが、その理由を聞くと・・・、「女のカンよ」と答えるんですよ」

「うーん、なっ、なんだそれは・・・」

「それで信じていいのか困ってしまって」

 一同、沈黙する。速水艦長が、
「バグじゃないんですか、先生」

「少ない情報で結論を出すというのは、女の特技ですわね。」

 そこに南郷副長が。
「私も聞かされたと時には唖然としました。ですが、私も「艦長のカン」にはずいぶん悩まされてきました。今でこそ信じて付いてきましたが。」

「おおっと、そんな風に思っていたのかね。」

「いいえ、サブマリーナにはそういう資質が要る。そんな風に感じる時があるということでして。」

「うーん、それにしても「女のカンよ」とはな。コンピュータに性別なんてあるんでしょうか、先生。女同士で喧嘩にならんでしょうな。」

「あらっ、私とカモメで南郷さんを獲り合うとか・・・。」

 真っ赤になった南郷副長が、
「えっ、やめてくださいよ。阿部先生。」

「うーん、冗談はともかく、なんでアメリカはこんなものを供与してきたんだ。」

「艦長のカンを学習しようという魂胆では。」

「ギルフォードめ、何か魂胆があるのは間違いないだろうが・・・。
先生、カモメと話せるんでしょうか。」

「ええ、そろそろいいでしょう。すでにセンサーデータ以外にも艦内放送や通話はカモメに聞かせています。艦長の声も分かると思いますわ。」

 そこに鈴木が。
「最初はキーボードによる会話から始めて、次に私と阿部先生に限定してヘッドセットで会話してきたんですが、そろそろ艦長や副長にも加わってもらわないと。最終的には指令室内のメンバーの声を肉声で聞き分けられるようにならないと、実戦では役立ちませんからね。」

 速水と南郷は受け取ったヘッドセットを付ける。


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「うっほん、えーっと、カモメ、どうかね。」

「初めまして、速水艦長ね。よろしく。」

「うっ、なんだ、女の子の声じゃないか」

「私がまだまだ勉強途中だってことを人間が忘れないようにするためだって。本当はもっと大人の声にして欲しいのに。」

「艦長、なんだか、おっ、お嬢さんの声に似ていません?」

「私が日本に送られてくる前、速水艦長の声を元に変調されて日本語会話モジュールを組み込まれたの。だから似ているのかな。艦長と呼ばずにお父さんと呼びましょうか?」

「ぷははっ、やめてくれ、それだけは」

「聞きたいことはなんでしょう。」

「うーんそうだな。北極海はほかの海とどう違うかね。」

「海面近くまで水温が低いので、音速が水深とともに速くなるわ。SOFARチャンネルが海面に一致するので、浅い水深で出した音は遠くまで伝わってしまうの。だけど、今回改装した707で海中航行距離を伸ばすためにナノチューブ吸蔵セルの酸素でディーゼル機関を動かすと、排気ガスを海中に押し出せるように深く潜れないわ。そこが普通の海との大きな違いね。」

「なるほど、それじゃどうやれば敵に気付かれずに秘密基地に接近できるのかね。」

「北極海では全ての音がSOFARチャンネル、つまり海氷下に集まるけど、そこには敵の潜水艦もアポロノームの原子力プラントの音も、海氷のぶつかり合う音やクジラたちの歌声も集まるわ。だから海氷の直下ぎりぎり、氷山の間を縫いながら進み、推進音が複雑に散乱して背景雑音にまぎれるしかないわ。」

「うーん、言うことは一丁前だな。いささか結論を一つに限定するのが気になるが。まあいいか。ここはギルフォードに乗せられてみるとしよう。」


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