(試験航海中のUX-IIで)
発令所のクロイツェンバッハ教授とユウ、人工頭脳のメーヴェB、そしてポール・ベースで建造に携わっていた多くのエンジニアと艤装乗組員たちによってUX-IIの試験・調整が進められている。
("Moewe_B" by ケンさん、クリックで原寸。Lunatic Theaterより)
クロイツェンバッハ教授が傍らのユウに、
「ゲーデルBの妹はよくやっとるようじゃのう。」
「UXの時のコミッショニング経験をそっくり学習した結果ですわ。」
「これならなんとか間に合いそうじゃな。PKN側の動きが早まっているようで心配だったんじゃが。
おい、メーヴェBよ。アポロノームの位置はどうじゃね。」
「はい教授。グリ−ンランド海を北上中のアポロノーム3とは48時間以内に攻撃圏内に入ります。アポロノーム2はそれより36時間遅れです。おそらくコーバック号を搭載していると思われます。
一番最初にベーリング海峡から北極海に入ったアポロノーム1はさらにそれより24時間遅れの見込みです。そのほかの潜水艦については検出できていません。」
「ブルーシャークと707の位置を見失ったままなのが気になるんじゃが・・・。
ほかの潜水艦は例の警告のお陰で出て来れんようじゃのう。」
ユウが、
「いよいよアポロノームの乗っ取りを実行するんですね。発足式典の時のセキュリティー・ホールはもう改修されたはずですけど。」
「まだ弱点はあるんじゃが、その説明は<ポール・ベース>に帰ってからじゃ。」
・・・・・
(グリーンランド北方の氷海下に漂う北極基地<ポール・ベース>のCICで)
「これがアポロノームの高圧電力系統図じゃ。このように防火構造の水密隔壁で4系統に分離されておるが、ひとつの発電プラントがダウンしても全体の機能を失うことがないよう、それぞれの母線が互いに連結されておる。
この高圧電力を使う機器は艦尾にある4基の主推進モーターと艦首にある3基のアジマス・スラスターじゃ。原子炉の冷却ポンプと制御棒、それに生命維持系統は低圧電力で賄われておる。
今回の作戦は低圧電力を生かしたまま、高圧電力系統のみブラックアウトさせる。そうせんとメルトダウンの危険があるからな。そのためには前部のこの高圧配電盤ユニットのある区画をピンポイントで攻撃する。」
図示された位置を食い入るように見つめるレッドとアーサー。
「するとじゃな。母線が互いに連結されているせいですべての推進モーターの保護装置が働いて一時的に行動不能となる。おそらく15分程度じゃろ。その間に前部ドッキングベイから艦内に潜入し、このHVAC(注:Heating, Ventilation & Air Conditioning。空調・通風系のこと)ユニット室からCICに通じる通風ダクトに神経ガスを投入する。」
レッドが、
「どうやってアポロノームの真下にUXを入り込ませるかだが、UX-IIにおとりになってもらう。
今、<ポール・ベース>はグリーンランド氷床が崩落した氷山が最も密集している海域にある。UX-IIはアポロノーム3をこの氷山群に誘い込む。
UXはブライン(注:海水が凍る時に排出される低温の高塩分水)による塩分躍層の下に潜んで待機する。」
教授が、
「アポロノームの護衛は2隻のアルテミス級じゃが、やつらもトーピード・マイン・システムをかなり研究しておるじゃろう。簡単じゃないぞ。」
レッドが、
「北極海の特性を連中がどこまで理解しているかだが、ゲーデルBの子供たちに期待しよう。艦内への侵入チームは大丈夫か。アーサー。」
「はい提督。教授から艦内配置を徹底的に叩き込まれました。スリードラゴンズが送り込んでくれた傭兵たちはなかなか優秀です。」
白夜の短い夏の間であれば、シベリアからベーリング海にかけての沿岸には開氷面が広がり、原子力砕氷船なら単独で、通常動力なら2隻がタッグを組めば北極点まで到達することも可能である。
短い夏が終わるとこれらの沿岸も海氷で閉ざされ、終日、日の昇ることのない極夜には砕氷船でも航行することはまずない。
アポロノーム3の搭載潜水艦のアルテミス5と6はグリ−ンランド海の北方、氷山がところどころに漂う氷野の下を静穏モードの数ノットで進む。
艦長がソーナーマンに、
「どうだ、何か反応はないか。」
「まるでトンネルの中のように残響が多くて、なかなか識別できません。おまけに氷山がそこらじゅうに。」
「これじゃどこかにU潜が隠れていたって、鉢合わせになるまで分からんな。接近戦になるぞ。」
副長が、
「キャプテン、まもなく03ポイントです。」
「よし、先手を取る。ディープダイバーを出せ。」
ブルーシャークのと同型の羽ばたきグライダーが静かにスイムアウトする。
艦長が、
「超音速魚雷、全管用意! 配置に着き次第、ハイレゾ探査を行うぞ。特に海氷と海底からの反射に注意しろ。
キャンセラー、高周波モードに。戦術解析スタンバイ。」
やがて副長が、
「キャプテン、距離1500mです。」
「ディープダイバーから高周波ピンを打て。」
ディープダイバーから超音波領域のアクティブソーナー音が広がる。海氷と海底の間を秒速約1500mで伝播し、アルテミス5で反響音を発することなく通り過ぎていく。
ソーナーマンが、
「キャンセラー、正常機能しています。反射特異点2箇所、いや3箇所。・・・ほかにはありません。」
「よし、同時に叩くぞ。戦術データを入力次第発射する。」
「あっ、特異点から魚雷が発射されました。ディープダイバーに向かっています。」
「光ファイバーケーブルをリリースして自律回避させろ。」
副長が、
「戦術データ入力完了しました。」
「1番から3番まで発射。発射後、直ちに転舵!」
アルテミス5から発射された超音速魚雷はその先端部から細かい気泡を放出。ロケットブースターに点火して一気に加速、魚雷全体を覆うキャビテーション膜によって空中音速である秒速340mを超える。
たちまち特異反応の予測位置に到達して爆発。3基のトーピード・マイン・システムが破壊される。
それらの爆発音は先ほどの高周波ピンよりも遥かに大きなエネルギーを持って海中を広がり、アルテミス5の船体をも揺るがす。
「これで我々も相手から丸見えだ。これからはどちらが先に相手を叩くかの勝負だぞ。」
ソーナーマンが、
「キャプテン、さきほどの特異点でゴーストが著しいです。おそらく氷のかけらが。それから氷山による死角がかなりあります。」
「死角があるのは相手も同じだ。残響があるうちに先に相手を見付けるんだ。」
「あっ、魚雷発射音です。位置は・・・、音源の反射が複雑で特定できません。氷山の背後からか。」
「なんだと、相手にはこちらが見えるのか。魚雷のコースは。」
「まだ確認できません。さっきの氷片のゴーストも邪魔していて。」
「とにかく逃げろ。ホーミング・キャンセラー作動。クラブ・ニッパー準備。」
「魚雷、位置を確認。2方向からです、距離どちらも600m!」
「そんなに近いのか。間に合わんぞ。出力4分の4。急速潜航!」
「距離400m。ブースター点火音確認。ホーミング・キャンセラー効きません。」
「有線魚雷か? クラブ・ニッパー発射!」
「距離200m。コースがずれてきました。」
「至近距離で爆発するぞ。防水措置。衝撃に備えろ!」
爆発の衝撃波がアルテミス5を後方から襲う。機関室区画に浸水。徐々に沈降し始める。
「被害を報告しろ。」
副長が、
「浸水は機関室区画だけです。区画閉鎖完了。浮上しますか、中の機関部員は絶望でしょうけど・・・。」
「くっ、なんてことだ。やむをえん。次の攻撃が来ないことを祈ろう。ブローしろ。」