■深海調査研究船「かいれい」誕生物語

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2001年8月5日更新

■はじめに

 深海調査研究船「かいれい」(海嶺)は、1997年3月末に川崎重工業(株)坂出工場で完成した海洋科学技術センターの新鋭研究船で、1万m級無人探査機「かいこう」(海溝)の母船でもあります。

 同じ1997年の9月末に完成した「みらい」が地球温暖化など気候変動の研究に重点を置いた研究船なのに対し、「かいれい」は地震研究など海溝域の研究に重点を置いた研究船として計画されました。
 幸いにも同時期に両船を計画できたお陰で、効果的に機能を分担し、それぞれの特徴を伸ばすことが可能となりました。同時に、共通化できる設備については共通化してコストダウン及び標準化も図りました。
 ハード面だけでなく、両船とも専門の観測技術員を置いて洋上での解析能力を充実させ、かつ、国内外の優秀な研究者を結集したフロンティア研究システムという開かれた流動研究員制度も発足させるなど、ソフト面でも最大限の研究成果を上げるべく共通の思想のもとに取り組んだという特徴があります。

 原子力船「むつ」の改造という制約のあった「みらい」と比べ、「かいれい」は「しんかい6500」の支援母船である「よこすか」をタイプシップとしてこれまでの観測ノウハウを元に改良し、非常に洗練された完成度の高い船です。といっても、「よこすか」はJAMSTEC専用岸壁の水深が浅いせいでタライ船とならざるを得なかった欠点は引きずっていますが。

 この「かいれい」は、就航して間もなく、880mの海底に53年間眠っていた学童疎開船「対馬丸」を調査1日目で発見し、わずか2日で14km四方の海域調査を完了したうえ、高度な画像処理を船上で行い、即インターネットホームページに公開するという調査能力及びデータ処理能力の高さを実証しました。

■「みらい」と「かいれい」に共通する特徴
 このように、「みらい」と「かいれい」は気候変動研究と地震研究に主要任務を分担しますが、これまでの観測船と比べて特徴的なもののうち、両船共通の設備若くは共通する思想のもとに計画されたものに、以下の点があります。

(1)固体地球データの広域マッピング
 深海底の詳細地形のマッピングや地殻構造データについては、対象海域の広大さと観測の困難さから、多くの空白域が残されています。このため、以下の設備については共通化し、「みらい」は高緯度荒天海域を、「かいれい」は海溝域を中心として観測を分担します。
 a)SeaBeam 2112
 マルチナロービーム音響測深機の最新鋭機。サイドスキャンソーナー機能を備え、12kHzの151本(深海モードでは91本)のビーム(2度×2度)によって水深11,000mまでの海域で水深の2〜6倍の幅の海底地形図や反射強度図を一挙に作成することできます。分解能は水深3000mで約100m。4kHzのサブボトム・プロファイラー(地層探査装置)機能も有します。
 このSeaBeam 2112は「かいれい」のほか、「みらい」及び「よこすか」にも搭載されています。

 b)船上重力計、三成分船上磁力計及び曳航式プロトン磁力計
 c)20mピストン・コア・サンプラー
 d)XBT装置(投下式水温計)
 e)気象衛星画像受信装置

(2)観測支援設備

 両船が従来の内外の観測船と際だって異なる特徴として、船上での高いデータ/サンプル処理能力と支援研究体制があります。

 a)研究室及び船内情報システム
 両船では船内における迅速なデータ・サンプルの解析・分析とその迅速なデータの公開に力を入れており、「かいれい」には、採取した堆積物や岩石などの試料の処理のため、充実した研究室を備えています。
 また、船内LAN及びCATVによって各観測設備からのデータがデータベース・サーバー上にリアルタイムでデータベース化され、船内のリサーチルーム、パソコンルームや各研究者の居室にあるワークステーションやパソコンからさまざまな解析・研究に利用できます。
 さらに、その結果は、インマルサット/N-STAR衛星を経由して世界にインターネットメールで発信することができます。

 b)観測技術員
 データ/サンプルを解析・処理するための専門の観測技術員を確保し、帰港するまでにデータの一次解析を終えて即公開できる体制としています。

 c)フロンティア研究システム
 得られたデータを元にモデリングやシミュレーション研究を進めるために、内外に開かれた流動研究員制度として、「地球フロンティア研究システム」と「海底下深部構造フロンティア研究システム」を発足させており、観測、モデル研究、シミュレーター開発の三位一体の研究体制により、気候変動や地震の予測精度の向上を目指しています。

■「かいれい」開発の経緯
 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、6,400人以上の死者という悲惨な被害をもたらしました。これに伴って陸域及び海域の地震発生メカニズムを解明するため、海洋科学技術センター、防災科学技術研究所、理化学研究所、宇宙開発事業団などがそれぞれの研究コアとなる「地震フロンティア研究システム」が発足しました。
 海洋科学技術センターはそのうち「海底下深部構造フロンティア」の研究コアとして内外の研究者を結集した研究体制を発足させるとともに、1995年度補正予算によって「かいれい」の建造が認められました。

 地震・火山・津波については、近年、国際的にも人口の都市への集中化傾向によってその被害規模が年々増大する傾向にあります。
 地球表面は十枚以上のプレートに分割されていて、それぞれのプレートが「海嶺」で誕生・拡大し、「海溝」に沈み込んで消滅します。
 日本は、太平洋プレートフィリピンプレート北米プレートユーラシアプレートという4つのプレートが複雑にぶつかり合うという地球上でも極めて特徴的な地理的環境に位置します。プレートの沈み込み運動によって日本列島周りの地殻に歪みが蓄えられ、それが解放されることによって大地震が発生します。この地震は大津波の原因となる場合もあります。
 このように、巨大地震や津波の多くがプレートが海溝で沈み込む海域で発生しているにもかかわらず、その海域での観測は、陸域に比べて圧倒的に不足しています。

 また、科学的には、海溝域がプレートの消滅、海水のマントルへの流入、島弧、付加体、大陸の形成などの壮大な地球の営みの場であることに興味が持たれています。

 最近の研究の進展によって、巨大地震は沈み込むプレートと陸側の付加体との間の滑り面(デコルマン)活断層となって発生すること、また、その活断層での間隙水流の存在が地震発生に大きな影響を果たしていることが「しんかい6500」による、海底冷水湧出現象の発見などによって分かってきました。さらに、各海域の間で地震発生順序について一定の秩序があることが分かってきたことから、滑り面でプレート同士が部分的に固着する力学的結合度の不均質性が存在すること、それが地震の強度や地震の発生順序に影響していることも推測されるようになってきました。

 深海調査研究船「かいれい」はこうした知見をもとに日本周辺の地殻変形モデルを構築するため、それまで「しんかい6500」の救難システムとして行動が制約されていた1万m級無人探査機「かいこう」の稼働率を高め、さらに、マルチチャンネル反射法探査システムを搭載し、海底に配置する海底総合地震観測システムなどとも連携して詳細な調査を行うために開発されることとなりました。

■「かいれい」特有の機能
 「かいれい」は、タイプシップである「よこすか」の船首楼船型から長船首楼船型として船内スペースを増大し、研究環境を大幅に向上させたほか、以下のような海溝域及び海底下深部構造の探査能力を備えています。

(1)「かいこう」着水揚収システム
 「かいこう」の12,000mの一次ケーブル用ストア・ウィンチ、並びに、その安全な着水揚収のために船尾の上下動の影響を打ち消すためのラム・テンショナーを有します。
 このラムテンショナーは、「かいこう」の海上試験時にランチャーが着水時に突然大波を受けて吊りワイヤーが瞬間的に緩み、その衝撃による損傷事故があり、その経験を踏まえて、海面付近での波の影響にも対応できる30kN/10kNのオートテンションモード切り替えが可能なものに改良されました。
 また、着水揚収時や曳航時の微妙な操船を可能とするため、ジョイスティック式操船装置を備えています。

 

(2)1万m対応の音響航法装置及び水中放射雑音低減対策
 11,000mもの大水深まで「かいこう」を精度良く測位し、正確に誘導するため、世界で最も高性能な2バンド対応型多素子アレイ方式の音響航法装置(7kHz及び14kHzのSSBL/LBL方式)を備えるほか、水中放射雑音低減対策についても観測船では世界一静穏と言われた「よこすか」に勝る静穏化を実現しています。
 「かいれい」自身の測位については、電波航法装置としてGPSよりも精度の高いディファレンシャルGPS(1m以内の精度)に対応したものとしています。

(3)マルチチャンネル反射法探査システム
 海溝域の海底下数十kmまでの深部構造を解明するための強力な普段として、観測船としては米独に並ぶ高性能のマルチチャンネル反射法探査装置を装備します。これは、大容量エアガン又は高分解能エアガン(エアコンプレッサーによる圧縮空気を海中に解放)で発生させた衝撃波を120チャンネル、長さ3,000mのストリーマ・ケーブルで受波するものです。
 この調査を24時間体制で実施できるように船内配置を最適化し、支援要員が不規則な勤務でも十分な休息が取れるように個室化するなどの考慮を行っています。

1999年3月「かいれい」は、それまでの 120ch×1本(4000m),1000 ci×2×2本から、3D reflection seismic survay対応となり、156ch×1本、1500 ci×4×2本(パラベインで100m間隔、交互発信)に増強された。

深海調査研究船「かいれい」の建造深海開発技術部


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