(初出:2009/6/13)

増産以降不可解な動きを示す鯨肉在庫

 農水省が月毎に発表している冷蔵水産物流通統計は、全国の産地40市町及び消費地14市区町を調査対象とし、これらの調査市区町の主機10馬力以上の冷蔵能力をもつ冷蔵・冷凍工場から、累積冷蔵能力80%に達するまでの工場を選定し、申告された値を集計したものです(現在の対象は651工場)。言い換えれば、主要54都市以外の冷蔵・冷凍工場、主要54都市の冷蔵・冷凍工場のうちの20%の倉庫中にある在庫は、統計に含まれないということです。流通・倉庫会社の工場の新設・廃業・休業等により、冷蔵能力に変更が生じた場合、調査対象倉庫にも入替が起きます。調査対象から外された倉庫中にあった在庫は、この時点で統計上“消えてしまう”ことになります。一方、新規に調査対象に加わった倉庫に在庫があった場合は、統計上これまで計算外だった在庫が表に出てくる形になり、見かけ上“増えた”ことになるのです。
 実際に、’08年1月の鯨肉の前月末在庫量は、’09年12月の月末在庫量と238トンも食い違っています。これが「消えた在庫」。農水省の公式統計は、大雑把な動きを把握するのに役立ちますが、統計に表れないこうした「隠し在庫」の存在までは教えてくれません。
 冷蔵水産物流通統計には、対前年同月比(入庫・出庫・在庫)のデータが含まれています。これは、統計表の数字をそのまま比較したのではなく、継続工場分に限った在庫等の前年同月比です。これを仮に対前年同月比Aとします。統計上の数字を用いて計算すれば、調査対象に新規に加わった倉庫・継続倉庫・対象外に外れた倉庫中のその時点の在庫等をひっくるめた対前年同月比の数字が出てきます。こちらは対前年同月比Bとしましょう。
 農水省の統計に配慮するかの如く、調査対象外となった倉庫から新規調査対象となった倉庫へと、コスト負担までしてわざわざそっくりそのまま移し変えるという不自然な真似を流通会社がすることは、通常なら考えられません(同じ会社が同等の能力を持つ休止倉庫から新造倉庫へ移すといったよほど特殊な事情でもない限り・・)。ですから、月末在庫量と翌月の前月末在庫量、対前年同月比AとBの間には、調査対象の変更に伴い微妙な数値のギャップが生じてきます。ただ、上掲の統計対象の定義・性質上、継続倉庫と継続していない入替倉庫との間で、在庫量の傾向に大きなバラツキが生じるのも、また考えにくいことです。
 そこで、鯨肉在庫の対前年同月比の数値差の謎に迫るべく、入庫と在庫のAとBの間の開きの推移を追ってみたのが以下の表です。

 差は対前年同月比B−A、入替倉庫の入庫量・在庫量の増分が継続倉庫のそれを上回っていればプラスに。これは新たに大型の新造倉庫が加わり、調査対象の累積冷蔵能力が増えたような場合。マイナスの場合はその逆で、入替倉庫の数が少なかったり、容量が小さい場合と考えられます。赤字はプラスマイナス5%以上の差、赤字太字は10%以上の差があるもの。
 表の左側は、比較対照のため水産物全体の値をとったものです。入庫・在庫ともほとんど1、2%で推移しています。’07年にB−Aの値がマイナスに転じ、’08年にわずかに開きが大きくなっていますが、これは景気悪化による流通業界の整理の動きによるものとみられます。
 さて、右側の鯨肉在庫の数字を見てみると、鯨肉生産量が急増したJARPAUの初年度’06年末まで、AとBとの差は入庫・在庫ともゼロでした。不自然な前提を排除すれば、鯨肉在庫は継続倉庫のみで扱われていたと考えてよいでしょう。ところが、増産2年目の’07年から数字に変化が表れます。’08年にはこのAとBとの開きがぐっと広がり、水産物全体の値からは大きく隔たった数字となっています。
 最も大きい’09年3月の入庫を見てみると、水産物全体では−1%、冷凍ビンナガが−24%、塩蔵数の子が−17%のほかは、数%どまりで、大半がマイナスとなっているのに対し、鯨肉のみ151%というあまりにも突出した数字となっています。同月の在庫も、水産物全体で−1%で、プラスなのはタコの3%など数品目しかない中、鯨肉のみが32%とこれまた異常な数字。
 鯨肉の入庫の差がとりわけ多いのは、JARPAU帰港直後の’08年4月と’09年3月。前年の継続倉庫がすべて対象に含まれていると仮定した場合の、入替在庫への入庫の最低量は、’08年で250トン、’09年で560トンという計算になります。
 鯨肉の対前年同月比のA−B差の推移を、さらに視覚的にわかりやすいようにグラフにしてみましょう。

 鯨肉在庫が’08年から他の水産物とはまったく異なる動きを示していることがよくわかるかと思います。
 この不可解な動きは一体何を意味するのでしょうか?
 鯨肉在庫の推移が景気動向に完全に連動したものであるなら、継続倉庫と、入替倉庫を含む全調査対象倉庫との間で、さほど大きな違いは生じないはずです。少なくとも、水産物の全体傾向とこれほど有意な差が出ることはないでしょう。
 一つの解釈は次のもの。実際には’08年の在庫推移は継続倉庫の対前年比Aのとおりだったが、調査対象外倉庫に消えた在庫があったために、見かけの在庫量を示すBの数字が、’08年はAより平均6%も低い数字になった。そして、’09年には、いったん統計外に消えた倉庫分の在庫がまた戻ってきて、増産分と合わせてB−A間の差が大きくプラスに転じた、というものです。’08年は火災や妨害活動その他による減産続きで、在庫も大きく解消したかのように一見思われましたが、継続倉庫とそれ以外の倉庫の数字の有意な差は、統計外に“消えた在庫”のために減少幅が実際より大きく見えていただけだった可能性も捨てきれません。今年(2009年)はその分が統計上に復帰してしまったため、’09年4月の最新の在庫の数字では、2年前の’07年同月の4,404トンを約400トンも上回る4,800トンにまで膨れ上がり、元の木阿弥に戻ってしまったと見れば辻褄が合うでしょう。
 もう一つ、 共同船舶側はJARPAU船団帰港後の一次入荷用に、なぜ従来どおりの継続倉庫でなく、’08年から突然入替倉庫を使用し始めたのでしょうか? これも、継続倉庫中の在庫が今までと異なり1年以上経っても裁ききれなくなったことが、一つの理由として考えられます。
 鯨肉在庫の統計上の数字の推移が、意図的な統計操作によるものであれ、調査対象変更時の幸運(’08年の入替倉庫に鯨肉取扱業者がたまたま少なかった)に助けられたものであれ、少しくらい売れているように見えたのももはや気休めにすぎなかったといえるでしょう。鯨肉が日本の消費者に歓迎されていないのは、共同船舶社長ら関係者の証言(『水産界』’09/3号)、マスコミが伝える苦戦ぶりや鯨研の経常赤字幅増などが示す厳然たる事実に他ならないのです。

「グラフで解る鯨肉在庫のカラクリ
「深まった転売による統計上の在庫量操作疑惑/鯨肉最低在庫の数字はこうして作られた」

《参考リンク
JanJanNews 暮らし・捕鯨問題・鯨肉はさばけているのか?
「増える在庫/消える在庫 鯨肉在庫統計のカラクリを読む(1)〜(7)」
農林水産省/統計情報
農林水産省:分野別分類/水産業

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