■地球温暖化は気候ジャンプを招くか?

(1999、TECHNO CURRENT、No.254ほか)

西村屋トップメニュー>地球科学技術の耳学問
 

1999年9月21日更新

■気候のカオス的振る舞い

 観測システムや超並列コンピュータによっても解決されない問題として、年輪、氷床、珊瑚礁、湖沼や海底の堆積物などからの古気候復元の成果により、気候システムは未知のメカニズムによってカオス的振る舞い、すなわち、急激な気候変動を繰り返してきたことが分かってきた。

  ●無氷河時代から氷河時代へ
 気候変動を少し長いタイムスケールで見てみよう。古環境研究の成果によると、超大陸「パンゲア」が約2億年前のジュラ紀に形成されてから白亜紀(約1億年前)に至る時代は、両極に氷床が存在しない「無氷河時代」であったことが分かってきた。その恐竜が謳歌していた温暖な時代が約6,500万年前に突如として終わり、次第に氷河時代へと移っていく。

  ●氷期・間氷期サイクル
 氷河時代の中では、「氷期」と「間氷期」という寒冷な時期と温暖な時期が主として4万年又は10万年周期で繰り返されている。これは地球の軌道や自転軸の揺らぎ(ミランコビッチ・サイクル)による日射量の変化が原因とされているが、10万年周期についてはまだ解明されていない(文献8)。
 現在は、氷河時代の真っ只にある中のつかのまの間氷期後氷期又は完新世と呼ばれる)に位置するのである。

 現代人、すなわち、現代型ホモサイエンスの最も古い化石は、最終氷期の始まる約10万年前に見つかっている。最終氷期では、大陸上に大規模な氷床が発達し、それによって海面が現在よりも100〜200mも下がっていた。その時代の沿岸地域は、温暖化につれて海面下に沈み、今の大陸棚となっている。

=「10万年周期の謎」へのショートカット
=>気候変動のサイクル(日本財団)

  ●Millennial Cycle
 この氷期には、驚くべきことに、数年で数度という急激な温暖化と緩やかな寒冷化が何度も繰り返されてきたことが分かってきた。これは「ダンスガード周期」又は「Millenial Cycle」と呼ばれ、その原因として北大西洋北部に駆動力を持つ深層循環の変動が注目されているが、それだけでは完全に説明しきれていない(文献9)。

=「気候ジャンプの謎」へのショートカット
=>過去14万年の氷期・間氷期(日本財団)

  ●間氷期に気候ジャンプはあるか?
 最終氷期が終わった約1万年前から現在に至る「完新世」と呼ばれる時代は、グリーンランド氷床データなどによると、それ以前の変動の激しい氷期と比べて「異常に安定している」とも呼ばれるほど気温の変動が少ない。人類が不安定な氷期を生き抜き、採取・狩猟生活からメソポタミアで農耕生活を営み始めたのもこの頃であり、その後、海面高さが現在のレベルに安定化した約5,000年前とちょうど同じ頃にエジプトで古代文明が成立している(文献10)。従って、文明の進化に完新世の安定な気候が重要な役割を果たしたことが伺われる。
 氷期に気候が不安定だった原因の一つとして、大陸上に発達する氷床が成長と融解を繰り返し易いことがあげられている。完新世になって、南極大陸とグリーンランドを除いて不安定な大陸氷床が溶け切ったことから現在は比較的安定ではないかという考えもある。

 ところが、さらに過去に遡って、現在の地球軌道や自転軸の様子が似ている約40万年前(「ステージ11」と呼ばれている)を調べると、現在よりも数度ほど暖かい気候モードが存在することが分かってきた。この時には、南極大陸にあってロス海とウェッデル海に挟まれた西南極大陸氷床が崩壊し、海面が現在よりも約6m上昇したと見られている。

=>ステージ11と西南極氷床の崩壊(日本財団)

 さらに、これまでグリーンランドや南極大陸の高緯度では強い変動が見られなかった完新世も、中緯度での湖沼掘削などによれば必ずしも安定していたとは言えないことが分かってきた。ユトランド半島の砂州堆積物から検出されたデータによれば、ちょうど縄文時代の最盛期に当たる約6,000年前は温暖な時期であって、現在よりも海面が約2m上昇し、その後、約5,000年前は寒冷な時期であって海面も現在より約3〜4m低下している。日本での湖沼掘削でも同様の変化が見られる(文献11)。
 その間、考古学データによると、縄文人は最盛期の約30万人から、約4000年前の縄文時代末期には7万5000人程度まで減少しており(文献10)、厳しいインパクトがあったことが伺われる。このような中緯度域に強いシグナルのある Millennial Cycle の原因として、熱帯太平洋の役割が注目されている(文献9,11〜13)。

=「シーソー理論と熱帯太平洋への着目」へのショートカット

  ●地球温暖化は気候ジャンプを招くか?
 自然変動にもこうした急激な気候変動(気候ジャンプ)があるとすれば、これまで自然変動としては経験したことのない急激な大気中二酸化炭素の急増が、未知の気候ジャンプを引き起こす可能性は否定できない。もし気候ジャンプが生じると、その被害額は、数十年で気温が数度上昇する場合に比べて、はるかに厳しいものとなることが予想されている。
 この未知のカタストロフィックな変動を引き起こす可能性について、IPCCでは、「破局的気候変動(climate catastrophes)」、「意外性(surprises)」、あるいは、「潰走的気候変動(runaway greenhouse effect)」と呼んでいる(文献4, p.176)。

 このように、将来の気候変動を予測するうえで、特に数十万年前までの過去の急激な気候変動を高解像度に記録した試料を解読し、そのメカニズムを解明することは極めて重要である。
 この高解像度古環境復元において、年輪氷床珊瑚礁湖沼の掘削や海洋のピストンコアリングとともに重要な役割が期待されているのが、「深海掘削」である。

■高解像度の古環境復元
 深海底では、マリンスノーがその名のとおり雪のようにずっと降り積もり続けている。それが何千万年にもわたって厚く降り積もった地層を中空のドリルパイプで掘り進み、柱状の試料(コア)を採取する。そのコアに含まれる微化石、有機物、放射性同位体、陸や大気から由来する物質などを分析すれば、過去の地球で起こってきたさまざまな環境変動を知ることができる。
 陸上では海面の上昇・下降の繰り返しによって堆積物が浸食されてしまうが、海底では浸食されることなく連続的に記録される。
 また、氷床コアで得られる情報は極めて解像度が高いが、得られる情報は大気の状態に限られ、かつ、グリーンランドと南極大陸という高緯度に限られる。深海掘削では世界の海洋の中でいったい何が起こったかについても知ることができる(図10)。

 さて、急激な気候変動を理解するためには、生物生産が活発で堆積速度の速い沿岸部を掘削する必要がある。年間1mmという超高速堆積層では、例えば約40万年前の地層に到達するには海底から約300m掘削する必要があり、もはやピストンコア・サンプラーでは不可能で、深海掘削船によるしかない。
 現在、世界で唯一の深海科学掘削船である米国の「ジョイデス・レゾリューション号」(JR: JOIDES Resolution)は、1975年に始まった「国際深海掘削計画(IPOD及びODP)」のもとで運用されている。現在、日本を含む21カ国1地域が参加し、年間数十億円の運用費が国際分担されている。国際科学プログラムの中で最も成功した野心的な取り組みであると言われており、これまでに、プレート・テクトニクスの立証、ミランコビッチ・サイクルの証明、無氷河時代である約1億年前の白亜紀の姿を明らかにするなど、地球科学のキーポイントとなる重要な成果を上げてきた。
 最近の成果として、1997年1月、大西洋アメリカ東海岸で深海掘削を行っていたJR号は、突如として恐竜が地球上から姿を消した約6,500万年前に、小天体が衝突することによって引き起こされた大規模な環境変動によって海洋生物が絶滅するまでの完全な記録を含む柱状試料(コア)の回収に成功した。これによって、恐竜絶滅の原因として1970年代に唱えられたアルバレズ親子の小天体衝突説がほぼ確定的に証明されたのである。

 このODPでは、これまで石油・ガスが存在する海域での掘削が制限されていた。高速堆積層では生物起源の有機物が多く、石油・ガスがしばしば存在する。このため、JR号による高解像度古環境復元への取り組みは大きく遅れることとなった。
 このJR号が2003年に耐用年数を越えることから、2003年9月末にODPの終了が予定されている。その成果を引継ぎ、さらに発展させるため、石油・ガス層を超えて海底下約7,000mの大深度掘削能力を持つ「地球深部探査船」が日本より提案された。米国では浅掘りに焦点を置いた従来型掘削船(JR号後継船)の計画が検討されており、それら2隻体制からなる「統合国際深海掘削計画(IODP)」について国際的合意が形成されつつある。
 この2隻体制によって、JR号後継船は、石油・ガスが暴噴する恐れの少ない海底下数百mまでの浅い掘削を中心とすることができ、高緯度から低緯度まで広い海域で高速堆積層のコア試料の採取数を格段に増やすことが可能となる。これが本計画の2隻体制が国際的に強く支持された第一の理由である。

=「地球深部探査船」へのショートカット


8) Richard A. Muller, Gordon J. MacDomald, "Glacial Cycles and Astronomical Focing", 1997, SCIENCE, Vol.277, pp.215-218
9) Mark A. Cane, "A Role for the Tropical Pacific", 1998, SCIENCE, Vol.282, pp.59-61
10) 馬場悠男監修, "「古人類」の謎学", 1998, 青春出版社, p.216
11) 福沢仁之, "氷河期以降の気候の年々変動を読む", 1998, 科学, Vol.68, pp.353-360
12) Thomas F. stocker, "The Seesaw Effect", 1998, SCIENCE, Vol.282, pp.61-62
13) Christopher Charles, "The ends of an era", 1998, NATURE, Vol.394, pp.422-423
15) 馬淵久夫, 富永 健編, "続 考古学のための化学10章", 1986, 東京大学出版会
16) The Science of Abrupt Climate Change()
17) "Avoiding the Dangerous Climate Change", Cambridge University Press, 2006

西村屋トップメニュー>気付きにくい環境問題