■ノーチラス号による科学調査- ノーチラス号といえば衝角(Ram)を持つ軍艦のイメージが強いが、子供向け抄訳ではなく完訳版を読めば、世界中の海洋生物調査をはじめさまざまな観測調査を行っていることが分かる。
・水深1万mまで水温・塩分・帯電・色彩・透明度計測実験
・測深実験で水深16,000m!まで潜航
・南極点であることを観測で確認
=アロナクス教授の航海日誌
また、船内には実に多くの生物標本が保管されている。
=ノーチラス号所蔵の生物標本本書の膨大な種類の海洋生物の記述には圧倒されるが、これはもっぱらアロナクス教授とコンセーユ助手の貢献による。
=コンセーユ助手の生物観察記
ノーチラス号は、世界の虐げられた人々を支援するため、沈船の財宝回収と海洋資源採取によって資金・物資を獲得しており、それゆえ海洋を調査するのは当然かもしれないが、それ以上にネモ船長は学問好きのようである。ネモ船長の1万2千冊に及ぶ蔵書には学術図書も多い。
=ノーチラス号所蔵図書それに加えて印象的なのは、ヴェルヌがアロナクス教授に「海底二万里」を科学調査の旅として語らせている点である。当時の科学的な知見が随所に披瀝されおり、その範囲は海洋生物(P.111)から、海洋微生物(p.193)、海洋島と環礁の進化、地質時代(p.143)、海洋の熱塩循環(p.192)、海洋大気相互作用(p.576)にまで及ぶ。
- ■ネモは「船長」か「艦長」か
- ノーチラス号が軍艦ではない証拠に、「ネモ艦長」ではなく「ネモ船長」と呼ばれている、といいたいところだが、これは翻訳の結果であって、”Captain Nemo”は「ネモ船長」とも「ネモ艦長」とも訳せる。英文/仏文では"Captain Nemo, Commander of the Nautilus"/"capitaine Nemo, Le commandant du Nautilus"となっており、Commanderは司令官あるいは海軍中佐の意味もあるので、「ネモ船長」よりも「ネモ艦長」と訳した方がよかったのかもしれない。
しかし列強による植民地支配に対決し、自然科学を愛するネモには、絶対に「艦長」は相応しくない。「ネモ船長」と訳してきたこれまでの翻訳者たちに敬意を表したい。
- ■「チャレンジャー号」の歴史的観測航海
- この観測航海記の雰囲気を持つ「海底二万里」は、クック船長やダーウィンほかの航海記の影響を強く受けている。そこであれっと思わせるのが英「チャレンジャー号」による歴史的観測航海。
エディンバラ大学自然史教授のワイヴィル・トムソンがロンドン王立協会を説得したのは「海底2万里」の出版時期にあたる1870年。その年に英海軍のコルベット「HMSチャレンジャー号(六世)」の改造工事が始まり、1872年12月21日、英ポーツマス港を出港。1876年までに68,890海里、つまり、3.19万リーグを航海し,492地点で測深、133地点でドレッジ, 151地点でトロール, 263地点で水温観測, 約4717の海洋生物の新種を発見。それらの成果は1880年から1895年にかけて50巻, 29,500ページの報告書として出版された。マンガン団塊も発見している。
「HMSチャレンジャー号」は蒸気機関を補助とする機帆船。長さ61m、排水量2306 tons (2343 t)。=>Challenger Society for Marine Science>History - HMS Challenger
=>Challenger Expedition (1872-1876)
=>REPORT of the SCIENTIFIC RESULTS of the VOYAGE OF H.M.S. CHALLENGER DURING THE YEARS 1873-76>航路図
=>THE VOYAGE OF THE CHALLENGER
=チャレンジャー航海ルートさて、「海底2万里」(仏版)が仏国内で第一部が出版されたのは1869年、第二部がその翌年1870年である。英国・米国内で英訳版が出版されたのは1873年(Twenty Thousand Leagues Under the Sea - 1872)。
従って、トムソンらが英国内で資金獲得するうえでは「海底二万里」出版人気はあまり役に立たなかったといえそうだ。しかし、トムソンがベストセラー作家であるジュール・ヴェルヌの新作の仏国内での評判を伝え聞いて、ライバル意識を燃やしたと想像すれば楽しい。
あるいは逆に、英国内で「海底二万里」を出版した際、チャレンジャー航海の話題が本の売れ行きに一役買ったかもしれない。
両者の航路が以下のとおりである。日本からハワイ経由でフィジーまでがほぼ同じなのと、大西洋でもいくつか同じ海域を通過している。ノーチラス号はクックやダーウィンの寄港地にも若干立ち寄っているが、これらの航路とはあまり似ていない。
=>クック船長のエンデバー号・レゾリューション号の航跡図
=>仏デュモン・デュルビル提督のCHEVRETTE号、COQUILLE号、ZELEE号とASTROLABE号航海