■21世紀の地球規模問題に立ち向かうには?
数年〜数十年の気候変動予測の不確実性を減らすために

(1999、TECHNO CURRENT、No.254ほか)

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2007年2月14日更新

■地球規模の問題

 今や国際政治の問題ともなった地球温暖化について、2007年の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)第4次報告では、21世紀末の平均気温上昇と平均海面水位上昇は、経済成長シナリオに応じて以下のように予測している。また、熱帯低気圧の強度の増大、北極海の晩夏における海氷の完全な消滅、海洋の酸性化の進行も予測している。

区分
環境の保全と経済の発展が
地球規模で両立する社会
化石エネルギー源を重視しつつ
高い経済成長を実現する社会
平均気温の上昇
約1.8度(1.1度〜2.9度)
約4.0度(2.4度〜6.4度)
平均海面水位の上昇
18〜38cm
26〜59 cm

=>気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第三次評価報告書:第一作業部会報告(2001年3月6日)/科学的根拠〜政策決定者向けの要約(気象庁訳)2100年までの予測値IPCC評価報告書(PDFファイル。地球産業文化研究所-GISPRI-のサイトより)

IPCC第4次評価報告書 政策決定者向け要約(和訳):第1作業部会(科学的根拠)第3作業部会(温暖化対策)文部科学省プレス発表

 その推定値や温暖化による被害規模については多くの不確定性が含まれている。しかしながら、21世紀には、大気中二酸化炭素の増大だけでなく、人口爆発、生活水準の向上による消費の爆発、農地の減少・土壌の劣化、生物多様性の減少、環境汚染や廃棄物問題などの問題も深刻化していく。これらを考え合わせれば、人間活動の急激な拡大は、地球環境に重大なインパクトを与え得ることが容易に想像される。
 このような状況が、若い世代に未来への明るい夢を描くことを難しくさせ、世紀末の閉塞感を生み出す大きな要因ともなっているのではないだろうか。

■人々の視野の広がり
 だからこそ、地球が過去にどのような変貌を遂げながら生命を育んできたのか、そして、これから地球はどう変化しようとしているのかを知ることは、地球科学に投げかけられた今日における重大な使命であるといえるのではないか。
 昨今の地球規模問題への関心の高まりは、見方を変えれば、人々の視野が地球規模に広がった結果ともいえる。それに一番貢献したのは、有人宇宙飛行惑星探査ではなかろうか。それらは、太陽系内の他の惑星や衛星が灼熱又は凍結した不毛の世界であること、一方、地球が水と生命に溢れたかけがえのないオアシスであるとともに、ごく薄い大気によって守られた有限の世界であることを人々に強く印象づけた。
 グローバリゼーションは、単に政治経済上の必要によってのみによってではなく、人々が宇宙からの視界を得たことが大きな推進力となって押し進められたと言っても言い過ぎではない。
 今や、人類社会は否応なく、地球環境がどのように変化していくかを予測し、対策を講じていく必要に迫られている。これからの科学技術は、人々の視野を空間的に広げるだけでなく、過去と未来にも広げる手段となるべき使命があるといえよう。
 同時に、そのための地球規模のインフラストラクチャーが、産業経済活動においても無視できない存在となる時代を迎えつつあるといえるのではないだろうか。
■人間活動の急激な拡大
 現在、大気中二酸化炭素濃度の増加がいかに急激なペースであるかは、過去の自然変動と比較すれば一目瞭然であろう。南極氷床を掘削して得られた柱状試料(コア)を分析した結果によると、氷期から間氷期にかけて気温が約10度Cも上昇した間、大気中二酸化炭素濃度は、200ppmvから280ppmv、すなわち、80ppmvの自然変動に留まっている。
 それが、産業革命以降には、1994年の時点でそれまでの自然変動分80ppmvと同じだけ増加して360ppmvに達し、このままのペースでは2060年には560ppmv、すなわち、産業革命以前の約2倍のレベルに達すると予想されている(文献3)。これは、氷期から間氷期にかけて二酸化炭素が自然変動した振幅の3.5倍に相当する。このように、現在の増加ペースは自然現象では経験したことのない急激なものであり、それが比較的安定だった気候システムにどのような影響を及ぼすかが懸念される理由である。
■地球温暖化対策と不確実性
 このような懸念から、地球温暖化対策として、なによりも、急増する大気中二酸化炭素濃度を安定化させるための炭素排出削減策をまず講じることが急がれるわけである。そのうえで、気温上昇や海面上昇、降水量変化等による被害を軽減するため、灌漑工事や堤防工事などの適応・防御策を講じていくこととなる。
 どの程度厳しい削減策を講ずるべきかについて、IPCC第三作業部会(文献4)は、地球温暖化による被害額炭素排出削減コスト及び適応・防御コストの3つの合計が最小になるように排出削減努力を行うべきとしている(文献4, p.124)。
 この被害額やコストを推定するには気候変動予測がベースとなる。こういう理由から、温暖化対策の立案には気候変動研究の成果が不可欠になってくるわけである。

 京都会議でも見られるように、炭素排出削減は各国の利害が強く絡み、国内の既存の産業からの強い反対を受ける。こうした利害を乗り越えて必要な規制について国際合意を得るためには、放置すればどのような被害がもたらされるかについて、より説得力のある予測を示すことの重要性は明らかであろう。
 大気中二酸化炭素の増大に対し、将来の気温、海面高さ、降水量分布などがどれだけ変化し、それによって、陸面の植生や海洋生態系などがどんなインパクトを受け、さらにそれが気候システムにどうフィードバックするかを予測できるようにすることが極めて重要なのである。

 現時点ではその予測に大きな不確定性がある。しかも、地域別に気温や降水量がどう変化していくかを予測するための空間分解能が十分でない。
 この不確実性を減少させるため、
(1) 気圏、水圏、生物圏、雪氷圏、地圏の様々な素過程とその間の相互作用について、自然の揺らぎとしての変動人間活動の影響による変動を分離して理解し、素過程モデル領域モデルを作る。

(2) 必要な空間分解能での全球的なシミュレーションを可能とする統合モデルとそれを処理するスーパーコンピュータ(地球シミュレータ)を開発する。

(3) その初期値又は境界条件となる地球観測衛星や陸域・海域の全球的な観測網を整備し、データ同化技術を確立する。

(4) このような取り組みだけでは予測できない気候システムのカオス的振る舞いを理解するため、古環境試料から過去のさまざまな気候条件での変動を復元し、その変動メカニズムを解明する。

という取り組みが必要となる。
 これによって気候変動の不確実性が減少していけば、炭素排出削減についての国際的合意の形成が容易となり、また、進行していく温暖化に対して被害を最小限に留めるための対策を長期的に講じていくことが容易になろう。このように、不確実性を減らす努力は、IPCC第3作業部会でも十分大きな便益を生み出すと強調されている(文献4, p.18, 55, 59)。

■気候変動予測への日本の取り組み
 日本での気候変動研究への取り組みには特筆すべきものがある。海洋科学技術センター(JAMSTEC)は、地球規模の変動現象を解明することに主眼を置いた初めての研究船として、旧原子力船「むつ」を海洋地球研究船「みらい」に改造し、赤道西太平洋を中心とする海洋観測ブイ網である日米の「TRITON−TAOアレイ」の展開を始めている(文献5)。
 宇宙開発事業団(NASDA)は、地球観測プラットホーム技術衛星「みどり」(ADEOS)や熱帯降雨観測衛星(TRMM)などを打ち上げ、衛星リモートセンシングの優れた可能性を実証している。
 1997年には、JAMSTEC/NASDA共同プロジェクトとして、「地球フロンティア研究システム」という流動研究員制度が発足。日米協力により国際太平洋研究センター(IPRC、ハワイ)と国際北極圏研究センター(IARC、アラスカ)も設置されて、統合モデル構築のためのプロセス研究が大幅に強化されている。

 気候変動研究に欠かせないスパコンについては、気象庁気象研究所、防災科学技術研究所、国立環境研究所、JAMSTEC、航空宇宙技術研究所、東京大学気候システム研究センターなどに配置され、恵まれた環境にある。最近、米国において、NECのスパコンSX-4が米国市場から締め出されたことで、気候モデルの研究が他国に遅れを取ったと全米科学アカデミー(NSA)の委員会で報告された(文献6)。このように、気候変動の研究競争においてはスパコンの性能の優劣が大きな意味を持つ。
 日本では、さらにNASDA/日本原子力研究所/JAMSTECが「地球シミュレータ」を開発し、JAMSTEC横浜研究所において2002年3月より運用を開始した。これは、ハードウェアだけで約400億円の開発費が投じられ、8台のスパコンからなる計算ノードを640機繋いだ超高速並列コンピュータである。これによって現在の代表的なスパコン(4〜6GFLOPS)の約1,000倍の実行処理速度を実現しようとしている(文献7)。

 観測システムについては、残念ながら日本の地球観測衛星「みどり」(ADEOS)が10カ月の運用期間に留まったものの、米国のEOS-AM1(1999年打ち上げ成功、EOS-Terraと命名)、 EOS-PM1(2002年5月打ち上げ成功、EOS-Aqua)、欧州のENVISAT-1(2002年3月打ち上げ成功)、日本の環境観測技術衛星「ADEOS-II」(2002年度内に打ち上げ予定)など、本格的なマイクロ波センサー衛星の定常運用時代に突入した。
 現在、地球上の気象観測網の分布は不均一であり、海洋はもとより、陸域でも凍土地帯や熱帯雨林など観測の手薄な領域を多く抱えている。それに対し、「みどり」などで有用性が示されてきた衛星リモートセンシングが、いよいよ定常観測の時代を迎えることの意味は大きい。

地球観測衛星の動向

 海洋の現場観測では、赤道太平洋をカバーする定置ブイ、日米のTRITON−TAOアレイが2001年中に第I期計画としての展開を終える予定である。さらに、海面下についても、米国が提唱する3,000個の漂流式自己上昇型フロートからなるArgo計画(Array for Real-time Geostrophic Oceanography)への国際的な取り組みが始まっている。

 このように、気候変動研究が大きく進展しようとしており、なかでも、日本の積極 的な取り組みに対し世界の科学者から驚嘆の目が向けられている。

■国際的な環境経済政策
 今や、国際社会との協力のもとで、それらを有効に活用した地球変動予測の統合的研究を推進し、その成果を国際的な環境経済政策の立案に結び付けていくメカニズムを構築していくことが急務である。
 それは、特に資源の海外依存度が高く、地球規模問題の影響を強く受ける日本こそが、率先して取り組むべきと考えられる。同時に、日本が21世紀にこの方面で強いリーダーシップを発揮していくことは、日本経済の新たな活力を生み出すことにも繋がるのではないだろうか。


文献
2) IPCC 編・環境庁地球環境部監修, "IPCC地球温暖化第二次レポート", 1996, 中央法規, p.17
3) 気象庁編, "地球温暖化の実態と見通し", 1996, 大蔵省印刷局(IPCC第2次レポート第1作業部会報告)
4) IPCC第3作業部会編, "地球温暖化の経済・政策学", 1997, 中央法規(IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第2次レポート第3作業部会報告)
5) 西村 一, "海洋地球研究船「みらい」について", 1996, 船の科学, Vol.50, No.11, p.42-52
6) "Curb on foreign computers puts damper on US climate modelling", Nature, Vol.397, 1999, pp.373
7) 地球科学技術推進機構編集, "地球科学技術ハンドブック", 1999, 地球フロンティア研究システム発行
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