(初出:2008/2/4)
(更新:2009/4/27)
クジラたちを脅かす海の環境破壊
──捕鯨が絶滅の駄目を押すマルチ・インパクトの脅威──
数字のみを見て、「クジラが絶滅する心配はない」と決めつけるのは早計です。一部の捕鯨擁護派や日本の研究者も指摘(だけ)していることですが、クジラたちを脅かしているのは何も捕鯨ばかりではありません。それらの要因はいずれも、私たちニンゲンの活動と深く関わっています。そして、これらの問題を抜きにして捕鯨の是非/クジラの保護を語ることはできません。なぜなら、商業捕鯨は様々な脅威にさらされているクジラたちを一段と追い詰めるものだからです。
大がかりな狩猟・採集による乱獲は、それだけでも鳥獣、魚類など多くの野生動物の絶滅をもたらす要因として決して無視し得ないものです。しかし、十分な生息数・繁殖率を持つとみられる種であっても、そこに森林伐採による生息地の破壊といった他の要因が重なることで、容易に絶滅へと追いやられます。多くの野生動物の絶滅は、生息環境の悪化と汚染や乱獲、外来種の導入などの要因が付け加わることにより引き起こされるのです。リョコウバトやドードー、日本のオオカミやカワウソ、トキ、コウノドリなどはその典型的な例です。個々の影響がいかに小さく見えても、それらが相乗的に働くとき、種にとってはまさに命取りになるのです。有害物質汚染による致死的・非致死的影響、分布域の縮小・分断、生息環境の質の変化は、対象種の死亡率の増加や繁殖率の減少を招き、さらにそれが競合者や捕食・被食者との種間関係の変化、種内多様性の減少をもたらし、ますます死亡率増加と繁殖率減少が加速するという悪循環に陥ります。それらはダブル・トリプルのダメージとなってジワジワと、あるいは突然効いてきて、健全な個体数と繁殖力のもとでなら乗り越えられたであろう狩猟圧・漁獲圧にも、耐えることが不可能になります。付け加えれば、食物連鎖のピラミッドの頂点に近い、個体数が少なく繁殖率も低い大型で長寿命の動物ほど、他の種に比べ汚染や生息地破壊の影響に対して脆く、人為的な捕獲圧に対する復元力も低くなります。野生動物の絶滅を防ぐうえで何より真剣に考慮しなくてはならないのは、複合要因に基づくマルチ・インパクトなのです。
対象の生物種とそれを取り巻く自然にどのような変化が起きているか、ということにはまったく目を向けようとせず、商業捕獲という直接的なインパクトまで加重しようとする──そんな日本の姿勢は、野生動物の絶滅と生態系の破壊に対する基本的な認識が、この国にはまったく欠如していることを示しています。いま必要なのは、ゴミや化学物質を海に流したり、干潟やサンゴの海を埋め立てたり、魚を獲りすぎたりすることをやめ、クジラや他の生きものたちの暮らしやすい健全な海の姿を取り戻すこと。そして、最低限それまでは、商業捕鯨のモラトリアムを実施・継続するべきなのではないでしょうか?
商業捕鯨の継続を唱える立場であれば、当然のことながら日本は、欧米とは比較にならないほど進んだ開発規制や汚染防止への取り組みを示す責務があるはずです。しかし、残念ながら、地球温暖化対策、有害廃棄物の海外輸出、同じく大量の海洋投棄(不法を含む)、有機スズ等の化学物質規制、石油流出対策、どれをとっても後ろ向きで、陸上の野生動物やクジラの保護と同様、欧米諸国に対して胸を張れるとは到底言いがたいのが実情です……。
以下に、クジラたちを取り巻く海の環境破壊について、ざっと解説してみたいと思います。
1.地球温暖化 | 7.海洋開発・音響妨害 |
2.オゾン層破壊 | 8.海上交通による事故 |
3.化学物質汚染 | 9.過剰漁業 |
※ 海洋汚染に対する鯨類の脆弱性 | |
4.石油汚染 | 10.付随的捕獲(混獲) |
5.有害ゴミ | 11.放射能汚染 |
6.富栄養化 | 12.戦争・軍事演習 |
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地球温暖化の海洋ないし南極の生物圏に与える影響は非常に広範で甚大なものとなる恐れがあります。真っ先に絶滅するであろう種の候補としてホッキョクグマがよく例に挙げられますが、クジラたちも深刻さの度合いでは引けを取りません。南極で大きな氷山が融けて海に流れ出す映像を、皆さんもニュースでよくご覧になるでしょう。氷床の流出を止める栓の役割を果たす大陸周辺の棚氷の面積が縮小してしまうと、氷床が一気に崩壊していく事態も考えられます。それによって周辺海域の塩分濃度や水温が大きく変化し、南極の生態系を支える食物連鎖の最下段にあたる藻類の増殖、冬季のアイスアルジーの形成阻害など大きな影響をもたらします。ひいては、それを捕食するオキアミ、またそれを捕食するクジラをはじめとする多数の生物群集に大きな混乱を引き起こすでしょう。そうした場合に、シロナガスクジラはもちろんのこと、捕鯨関係者が"海のゴキブリ"と揶揄するミンククジラでさえ、ペンギンやアザラシ、魚やイカなどの他の競合種よりは一足先に絶滅の淵へと突き進むことになるでしょう。
もう一つのクジラに関係する温暖化の影響は、低緯度の沿岸に棲むイルカやクジラたちに関わるものです。海水温の上昇は、富栄養化とともに、赤潮の原因となる一部の褐虫藻や藍藻、ウイルスなどの増殖を招きます。これらのうちには、ヒトを含む哺乳類に死に至る強い毒性を持つ種類もあります。鯨類の場合、噴気孔からこれらの一部が体内に入り重篤な症状を引き起こす高いリスクを持っています。毒性がないものでも、種構成の単純化や酸欠など様々な問題を引き起こすことがあります。とりわけ、こうした海域で繁殖するザトウクジラやセミクジラなど一部のヒゲクジラにとっては、抵抗力の弱い未成熟個体の死亡率増加につながる要因となるでしょう。
そして、地球温暖化が行き着くところまでいった暁には、地球全体の大洋の底を取り巻き、気候変動にも大きな役割を果たしているとされる海水の大循環に異常が生じ、最悪停止して海が成層化してしまう破局的な事態も予想されます。その影響を真っ先に被るのは、深海からの湧昇流に栄養塩類の供給を依存している南極海の生態系に他なりません。鉛直の循環がなくなってしまうと、海水表面の温度がぐんぐん上昇していくことになり、成層化に拍車がかかります。そして、藍藻類の爆発的な増殖により、急激に海中の溶存酸素が消費し尽くされ、ほとんどの海洋生物が死滅することに──。温暖化を引き起こすもととなる化石燃料の石油は、かつて地質時代の一時期にもそうした温暖化による"海洋無酸素事変"が起こった結果、大量の藻類の屍骸が沈降・堆積したことにより生成されたとの説が有力です。そのような環境では、クジラや海鳥はおろか、魚ですら生き残ることは不可能です。
日本近海に棲む生物相とその分布の変化、あるいはエチゼンクラゲやトビエイの大繁殖など、私たちの周辺の海でもいま様々な異常事態が起こりつつあります。ミンククジラの生態に限らず、海の生物圏に人類にとって未知の部分があまりにも多く残されている中で、今後温暖化が進行していった場合にどのような変化が起こりうるのか、そのすべてを予測することはまったく不可能です。
海洋では、各種の藻類やサンゴなどが石灰として海中に溶け込む二酸化炭素を固定し、一時的に在庫を持つことで、森林と同様に温暖化を抑制する働きを担っていることが、最近の研究で明らかになりつつありますが、温暖化による白化現象によるサンゴの減少に見られるように、このまま人類の活動による温室効果ガスの排出が続けば、温暖化をますます加速する可能性もあります。このほかにも、深海中のメタンハイグレードの解放、極地方の氷の減少に伴うアルベド変化など、海洋と極地の環境は温暖化を促進する"正のフィードバック効果"に大きく関わっています。
こちらもご参照 −> 「地球温暖化とクジラ類との関係についての総説を読む」(フリーランス英独翻訳者を目指す化学系元ポスドクのメモ)
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人体に無害で有用な物質として、多岐にわたる用途で使用されてきたフロンでしたが、難分解性のこの物質が成層圏に達し、紫外線から生物圏を保護する重要な役割を果たすオゾン層を破壊することまで、科学者は予見することができませんでした。化学物質の自然界での挙動について知るには、私たちニンゲンの科学はあまりにも未熟に過ぎたのです。
南極上空に出現しているオゾンホールから降り注ぐ有害な紫外線は、ホールが出現する以前に比べて1兆倍になったともいわれます。南極の多様な生物群集を育む海洋表層の植物プランクトンやオキアミなどの甲殻類の幼生は、紫外線に対して非常に弱いことが知られています。南極海の植物プランクトンが主にこの紫外線が原因で減少しているという報告もあり、影響はクジラを含む南極の生態系全体に及ぶと予想されます。
鯨類自身の皮膚も、陸上の哺乳類に比べ紫外線には特に弱いことが知られています。といって、潮吹きのとき日傘を差すわけにもいきませんし・・。呼吸や捕食のために海面直下に滞留する時間の長い種は、皮膚ガンにまでならずとも、皮膚の炎症による感染症や免疫系の異常を訴える個体も出てこないとは限りません。
フロンを始めとするオゾン層破壊物質については、国際条約により厳しく制限されるようになりましたが、既に大気中に放出された分については、分解されるまでに何十年もの歳月がかかります。地球温暖化や野生動物の保護など多くの環境問題についても、手遅れになる前に対策をとることの重要性を示す事例といえます。
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○人類が招いた化学物質汚染※ 海洋汚染に対してとてもデリケートなクジラたちの特性の数々
ニンゲンの手によって作り出された化学物質は、商品化されたものだけでも合計10万種類に上り、そのリストには毎年千〜2千種類が新たに付け加えられています。中には、もともと天然に存在する量に匹敵するほど大量に生産されるものもあれば、自然界にまったく存在しない人工の合成物質もあります。多くのものは二〇世紀の前半までは地表上にほとんど存在しておらず、ここ半世紀足らずの間に"汚染"という形で急速に広まりました。有機化合物の世界全体の生産量は、1950年には700万トンだったものが、35年後の1985年には35倍の25000万トンへと膨れ上がっています。そうして生産された化学物質の大部分は、最終的には環境中に放出されることになります。
○汚染物質の集積場としての海洋環境
クジラたちの生息環境である海は、工業/農業/都市生活排水の流れ込む場所であり、殺虫剤や除草剤、工場や輸送機関の排気に含まれる大気汚染物質も、すべて行き着く先は海です。散布された農薬は、空気中を微粒子として漂い、風に乗ってはるか南極にまで運ばれ、いずれアザラシやペンギン、クジラたちの体内に取り込まれることになります。その中には、先進国で使用・製造が禁止されていながら、マラリアなどの伝染病が猛威を振るう途上国で未だに使われ続けているDDT等の危険な殺虫剤も含まれています。土壌中の汚染物質もまた、地下水や河川などの水脈を通じて海へと到達します。これ以上処理できない固形の廃棄物は、直接ニンゲンの手で海際に埋め立てられたり、海中に投棄されます。海はまさしく"汚染物質の最終処分場"と化しているのです。
○複合汚染の恐怖
化学物質が生態系に及ぼす定性的な影響としては、多様性の損失とそれに伴う安定性の低下が挙げられます。とくに長寿命の大型動物が欠落していく一方、短寿命の小型動物は個体数が大きく変動し不安定になります。個々の動物に対しては、行動や形質の異常として現われ、死亡率の増加や繁殖率の減少へとつながります。
化学物質の多くは、単独で生物に対し有害な作用を及ぼすのみならず、複数の化学物質を合わせて摂取することにより、その毒性が数段強まる可能性があります。単独では無毒だったものも、その毒性を抑える役目を果たしていた酵素を別の物質が破壊するといった具合に、新たな毒性が出現するケースもあります。しかし、そうした化学物質同士の相乗効果については一部の例が知られているにすぎません。私たちの日常生活で氾濫する無数の化学物質が、組み合わされたときにどのような悪影響をもたらすかは、まったくの未知数といえます。海こそは、それらの化学物質が実際に混じり合う場所であるということを、肝に命じておく必要があるでしょう。
○拡散の原理の神話
人々は一般に、汚染物質が海のような環境中に放出されれば、「薄められて害がなくなるに違いない」と思い込みがちです。しかし、実際には逆に、生体内に取り込まれて集積する傾向があるのです。海中に溶け込んだ汚染物質は、プランクトンの表面などに吸着されやすくなります。海底に速やかに沈降した場合は、堆積物中に留まったうえ、荒天時の波浪や浚渫などの人間活動によって攪拌され、汚染状態が持続します。水俣のケースのように、ある種のバクテリアが無機水銀をより毒性の高いメチル水銀に変えてしまうといったことも起こります。自然の"浄化作用"をあてにするのは禁物なのです。
○汚染物質の種類
生物に害をなす人工的な化学物質には様々な種類がありますが、特に海の生物に影響をもたらすのは次の3つのタイプです。
■有機塩素化合物
DDT、PCB、ダイオキシンなど。水には溶けず油に溶けるため、生物の脂肪組織に蓄積、環境中で長時間分解されずに残留する性質があります。強い神経毒性に加え、世代を越えて毒性を伝播する変異原性があるいわゆる"環境ホルモン"としても知られるようになりました。カネミ油症で有名なPCBは、日本での使用・製造は禁止されていますが、保管体制の不備で未だに環境中に漏出し続けています。野生動物の汚染事例としては、海鳥や猛禽類、バルト海のアザラシなどで繁殖率を大きく減少させたことが報告されています。北大西洋産のナガスクジラ類各種で高濃度の蓄積が見られるほか、日本の調査捕鯨で捕獲された北太平洋産のミンククジラもまたPCBに汚染されていたことがわかっています(こちら参照)。
□有機リン化合物(オマケ)
中国製冷凍食品の中毒問題で話題となっているメタミドホスやジクロルボスなどは、この有機リン系殺虫剤に該当します。日本でも戦後大量に使用され、中毒死事故も多発しています(自殺を含む)。もともとは大戦中の毒ガス兵器用に開発され、神経伝達系の酵素の働きを阻害する強い神経毒性を持っています。散布された後、やはり空気中や水系を通じて海へ到達します。有機塩素系に比べると環境中に残留する危険性は低いものの、あまりに毒性が強いため、体内に摂取した野生動物はすぐに死んでしまうことから表面化しにくいだけ──という可能性も指摘されています。
■重金属
水銀、カドミウム、鉛、有機スズなど。元素によって生物に与える影響は異なりますが、有機性の錯化合物になると毒性が強化される傾向があります。生物にとって必須の元素も、大量に摂取すればやはり毒性を発揮します。有機スズTBTは、魚網や船底塗料として日本で大量に使用され、魚介類にメス化などの被害を与えた環境ホルモンです。座礁した歯クジラ類で、ときに内臓や筋肉中の高濃度の重金属汚染が見つかっています。カドミウムはクロミンククジラで生体濃度が臨界に達している可能性があります(詳細こちら)。
■芳香族炭化水素
石油汚染の項を参照。
以下に、海洋汚染に対してとりわけ鯨類がいかに弱いかを列挙します。
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毎年のように後を絶たないタンカー事故ですが、こうした大規模な事故だけでなく、船舶や海底油田、陸上施設の排水などからも、絶えず石油の浸出は起こっています。石油汚染は、クジラを始めとする海洋生物に深刻な被害を及ぼします。
石油の成分に含まれる芳香族炭化水素の一部は、発ガン性や内臓障害などの強い毒性を持ちます。海の表層にいる魚の稚魚や多くの海産動物の幼生は、石油の被害を強く受けます。海鳥やラッコ、アザラシなどの海棲哺乳類も、羽毛や体毛に付着して保温性を奪われたり、胃腸障害などを引き起こして大量死に至ります。
クジラへの影響としては、餌生物の大量死のほか、直接的な影響として、ヒゲに石油が粘着して正常な捕食が不可能になったり、流出した石油に含まれる有害成分が中毒や胃腸障害を引き起こしたり、噴気孔に詰まって窒息死することもあります。
事故が起きた付近の海域では、数年間は生産量の低下が避けられません。海洋生態系の多様性を支えるマングローブや藻場、サンゴ礁などの付近で事故が起きた場合、その被害はさらに甚大なものになるでしょう。また、高緯度の低温水域では石油の分解が遅れるため、被害がさらに膨らみます。仮に南極海付近で事故が起きたとすれば、代謝の低い南極の生物相に対して致命的な打撃となります。その影響はもちろんクジラたちにも波及します。
調査捕鯨船団のために南極まで燃料を補給しにいくオリエンタル・ブルーバード号は、旧式の小型タンカーで、石油流出事故の危険性を低減するための船底二重化措置も施されてはいません。給油やバラスト水調整の際にも油を漏洩させて南極の海を汚染します。これは調査計画の変更で捕獲頭数を強引に増やした結果、新たに付加された南極の自然破壊に他なりません。捕鯨ニッポンの海洋環境保護に対する意識の低さは、こんなところにも如実に表れているのです。
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環境中で分解することのないプラスチック製のゴミが無数に波間を漂い、海鳥やウミガメなど海に棲むたくさんの生きものたちを苦しめ続けています。日本でも各地の沿岸に海外から大量のゴミが漂着している様子がテレビなどで放映されていますが、もちろん日本発のゴミもはるか太平洋の島々にまで流れ着いています。海のゴミには、梱包材など陸上由来のもののほか、船舶からの投棄、魚網やブイなど漁業系の各種廃棄物も含まれ、とくに不法投棄される漁具は大きな割合を占めています。年間に失われる漁具だけでもその量は15万ト以上に上るとみられ、犠牲となる動物の数は、海鳥数十万羽、海棲哺乳類約10万頭に達すると推定されています。
クジラの場合、他の動物と同様、餌と間違って飲み込んでしまい、狭い咽喉に詰まらせたり、消化器の障害を引き起こす恐れがあります。実際、座礁したクジラの死体の胃の中からもビニール袋などのプラスチック製品が発見されており、その数は増加傾向にあります。心ない漁業者が故意に捨てたり、ちぎれて流された魚網片を頭からかぶって餌が摂れなくなり、衰弱して泳いでいるミンククジラが時折目撃される──とは日本の鯨類学者の談。
日本はまた、およそありとあらゆる産業廃棄物を大量に海に捨ててきた海洋投棄大国としても知られています。96年に締結されたロンドン・ダンピング条約に合わせ、10年以上もかかった昨2007年やっとのことで海洋汚染防止法が改正され、海洋投棄が全面禁止となったものの、監視体制が後手に回り、不法投棄が未だに後を絶ちません。
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リンや窒素化合物を大量に含んだ汚水(都市の生活廃水、開発途上国の未処理下水、農業・畜産廃水、養殖関連など)は、海に流入して富栄養化を引き起こします。これは、赤潮のもとになる珪藻や褐虫藻、アオコなどの藍藻、大腸菌などの細菌、ウイルスといった各種の微生物を爆発的に増殖させます。赤潮は水中の酸素欠乏をもたらすほか、プランクトンによっては猛毒を持つものもあり、魚介類を大量に死滅させます。プランクトン由来の毒物が一次捕食者に蓄積し、シガテラ(貝毒)のように、ニンゲンを含む高次捕食者に重篤な被害をもたらすこともあります。
クジラたちに対しても、健康被害や餌生物の減少という形で影響を及ぼします。(温暖化の項も参照)
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港湾整備やマリンリゾート開発、護岸工事によって、自然のままの海はどんどん失われてきています。日本の自然海岸は、全海岸線のうちほんのわずかを残すばかりとなってしまいました。沿岸の藻場や干潟は、生産性が高く、漁獲対象種を含む多くの海産動物の稚魚や幼生が暮らす"揺りかご"の役割を果たしています。そうした沿岸の開発は、海の再生産力や浄化機能を損ない、漁獲量の減少や汚染の進行といった形でニンゲン自身にも跳ね返ってきます。コククジラ、セミクジラ、ザトウクジラなど沿岸性のクジラたちにとっても、子供を育てるのに必要な環境の悪化につながります。
また、油田探査などを目的とした音響測深、漁船用のソナーの利用によって、ニンゲンが進出する以前に比べると海の中もずいぶんと騒がしくなってきました。こうした騒音は、クジラたちの個体間コミュニケーションを妨害したり、その範囲を縮小させ、繁殖活動に影響を与えます。また、餌生物に対する影響と合わせ、索餌のためのエコロケーションを阻害することで、捕食率を低下させることも懸念されます。
今後、海底油田や鉱物資源の開発などで、ニンゲンの産業活動が沿岸からさらに沖合、深海へと拡大していけば、海の生態系に予想外の影響を与えるかもしれません。
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水上交通の増加のために、道路で轢かれる陸上の野生動物たちや飛行機に衝突する野鳥たちと同じく、海に棲むクジラたちも交通事故の被害に悩まされるようになってきました。とくに、近年連絡線として急速に普及したジェットフォイルなど高速船との接触事故が、日本周辺でも相次いで報告されています。新種ツノシマクジラの発見も船舶との衝突による事故死がきっかけでした(こちら参照)。2008年2月5日に伊勢湾で発見されたマッコウクジラの成熟雄の漂流死体も、付近を通行する高速船に撥ねられたものとみられます。といって、衝突事故をクジラの増加のせいにするのは、科学的根拠を欠く暴論ですが・・。
タンカーなどの大型船舶はまた、バラスト水の排出による外来生物種の他地域への移入という、各地の海に固有の生態系を脅かす別種の問題も引き起こしています。
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近代に入って、漁獲技術の向上と資本の参加、市場の拡大が急速に進んだことで、海域によっては海の持つ生産力を上回る過剰な漁獲が行われるようになりました。商業的に捕獲されている魚種の多くは、クジラやアザラシなど海棲哺乳類や海鳥、別種の魚たちの餌と重なっており、ニンゲンの漁労行為が始まるはるか以前から魚を糧としていた海の先住者であるクジラや他の動物たちの食卓が奪われる結果に。
クジラと直接関係する事例としては、カナダ沖のキャぺリン漁業とナガスクジラへの影響、ノルウェー沖のタラ漁業とネズミイルカやミンククジラへの影響などが指摘されています。北洋トロールによるメヌケの減少は、マッコウクジラの分布パターンを変化させたといわれます。これらはいずれも、漁獲量の拡大−>乱獲による資源の減少−>他生物への波及という形で表れており、逆になることはありません。当たり前の話ですが、ニンゲンが管理しなければならないのは、自律性を欠くニンゲン自身の漁業のほうです。長い進化の過程で海の生態系の中にニッチを占めた野生動物と、生態系からのフィードバックをまったく受けない(受けるのは市場原理)突如出現した闖入者を、一緒くたにするのはお門違いもいいところです。捕鯨を擁護するマスコミや一部の人々の「クジラやアザラシはどれだけの魚を食べている」「魚が食い尽くされる」といった主張は、生態学に対する無知とともに、海も魚もすべてニンゲン(日本人)のものであると言わんばかりの、政府や企業、メディアが好む"共生"という言葉とは裏腹の、エゴ剥き出しの貪欲な姿勢をさらけ出しています。日本には、ニタリクジラと共存する土佐の漁師(こちら参照)や各地の海女のように、"共生/分かち合い/自己管理"のきっちりできる本物の漁業者もたくさんいるはずなのに・・。
過剰漁業といえば、南極では60年代後半にタラなどの底魚の漁獲が始まり、あっという間に獲り尽くしていくつかの魚種を激減させました。オキアミ漁も70年代後半に旧ソ連や日本によって開始され、年間漁獲量は最高で50万トンに達しました。「手つかずの資源をなんとか利用(カネに)できないか」といういかにも企業らしい発想で進出したものの、加工してごまかしても結局消費者にそっぽを向かれたんですが・・。"手つかず"といっても、南極の海に棲むたくさんの動物たちがオキアミに依存しているわけです。これはもう、南極の自然に属さない部外者による"横取り"以外の何物でもありませんね。上の主張と合わせると、 「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」というニンゲン中心主義(ていうか、これじゃ"ジャイ○ン"だよね・・)がまざまざと浮かび上がってきます。
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混獲は、漁獲対象外の動物を偶然に、あるいは意図的に捕獲すること。要するに"巻き添え"です。犠牲になるのは、海鳥やウミガメ、マンボウやサメなどの魚、そしてイルカやクジラたち。ツナ缶のマグロのために、東部熱帯太平洋のハシナガイルカやマダライルカなどが年間10万頭以上殺されていた時期があります。北太平洋では、イシイルカが日本のサケマス流し網漁により年間1万〜2万頭も殺され、個体数減少に大きく関与しました。80年代のニューファウンドランド沖では、個体数の少ないザトウクジラの北大西洋個体群のかなりの割合が魚網にかかる事故で死亡したとみられます。多くの海洋生物を犠牲にすることで"死の壁"の代名詞を被せられた公海流し網は、90年代初頭に国連決議によって全面禁止が決まりました。しかし、今でもなお多くの動物たちが、魚網や漁具に絡まって溺れ死ぬ事故に遭っています。(有害ゴミの項目も参照)。延縄漁による海鳥の混獲数は世界で年間30万羽に上ると推計されます。
絶滅危惧種のアホウドリ保護・増殖プロジェクト、資金を拠出しているのは実は日本ではなく米国政府(読売2/7/'08)。きっかけは、アラスカのタラ漁で混獲されたたった2羽のアホウドリ。アホウドリの生息域と重なる海域でマグロ延縄漁を展開し、消費大国でもある日本ですが、農水省・水産庁には予算がない環境省に代わって積極的に保護施策に乗り出す姿勢がまったく見られません。こんなところにも、捕鯨推進と共通する野生動物保護に対する意識の低さが如実に表われているのです。「ニワトリやカラスやカルガモ(お堀以外の)やマグロを殺してアホウドリを殺さないのは差別だから殺せ」「順調に増えてるんなら、ミンククジラと同様アホウドリも殺す研究をすべきだ」──そんな恐ろしい声が聞こえてきそうで背筋が寒くなります・・。
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原子力発電もまたクジラと無縁ではありません。放射能を含む廃液の問題もさることながら、原発からの温廃水による変則的な水温上昇が沿岸の生態系に悪影響をもたらします。万一事故が起こった場合、撒き散らされた放射性物質は最終的に海へと達します。86年のチェルノブイリ原発事故でも、放出されたセシウム同位体のうち約7%は海に降下したと考えられます。とくに日本の原発はすべて臨海地に建設されており、海の放射能汚染は避けられません。それは、昨年夏の柏崎刈羽原発の地震被害で、放射能を含む水が漏出したことでも明らかです。
かつて日本は、英仏の再処理場に委託していた核廃棄物から出されたプルトニウムの海上輸送を強行しました。92年に輸送船あかつき丸が通ったのは、喜望峰を回ってタスマン海を抜けるルートで、まさに南極海の目と鼻の先でした。地上最強の猛毒物質といわれるプルトニウムが事故によって海中に放出されたなら、その被害は図り知れません。今世紀に入ってからは保安上の理由で海上輸送は難しくなりましたが、年々増え続ける核廃棄物の処理の問題は棚上げにされたままです。
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海は化学兵器の廃棄やミサイルの発射練習場、大規模な軍事演習の舞台として、自衛隊を含む各国の軍隊に利用されています。それらの活動は海洋投棄関連など各種の国際条約に縛られないため、いわばやりたい放題のうえに市民の監視の目も届かないというわけです。
ひとたび戦争が勃発すれば、戦闘水域は徹底的に破壊され、汚染防止や野生生物保護のための施策は無視され、投じられてきた資金と労力もすべて"水の泡"となりかねません。かつて英国とアルゼンチンとの紛争では、クジラが潜水艦と間違われて攻撃される事故も起きています。湾岸戦争においても、ペルシャウやシナウスイロイルカなど多くの海棲動物が犠牲になりました。クジラもまた戦争の犠牲者に他ならないのです。
軍事関連といえば、アザラシやイヌなどとともにイルカも米軍などでは一種の兵器として利用されたのは有名な話。太地町の協力で捕獲・提供されたものも。環境保護とは直接関連しませんが、けしからん話です。同盟国として日本政府が苦言を呈するもよし。太地の撲殺行為や犬猫の大量殺処分を先にやめるのが筋だと思うけど・・。自国の大量殺戮以上に興味のある方は、とりあえず米国内の動物権擁護団体をサポートするなり、有為な行動を起こしましょう。「相手が殺すから自分も殺すんだ」というアルカイダ流の屁理屈を並べるのは、世界に対してとっても恥ずかしいのでやめましょう。。
日本が自衛隊を廃止し、憲法9条を不滅条項にし、ジュゴンを護るべく辺野古沖の滑走路建設をやめ、ついでに米軍基地を沖縄から追っ払ったうえで、「海洋の軍事利用をやめないなら、南極での商業捕鯨を再開するぞ!」と世界中の軍隊を持つ国を相手に闘うというのであれば、筆者としても賛成するのにやぶさかではないんですが。。。
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100%商業捕鯨のみが原因でクジラが絶滅することは、おそらくないでしょう。対象種が絶滅の一歩手前まで来れば、商業利用によって採算をとることは通常不可能だからです。シロナガスはナガスとの併殺によって限界以上のダメージを被りましたから、油断はなりませんけど・・。しかし、もはや絶滅が不可避となる段階にまで追い込む"トリガー"には十分なり得ます。「ブンカブンカ」と叫びつつ、うっかりこの引き金を引いてしまったら、たとえ全責任が日本にあるわけでないとしても、「クジラ絶滅の引き金を引いたのはお前たち日本人だ」と、将来の世代にいつまでもいつまでも後ろ指を指され続けることになるでしょう……。
参考文献:「鯨とイルカの生態」(D.E.ガスキン著)東大出版会、「動物大百科シリーズ」平凡社、「水産学シリーズ」恒星社厚生閣 他