■深海掘削計画とは?
深海底では、マリンスノーがその名のとおり雪のようにずっと降り積もり続いている。それが何千万年にもわたって厚く降り積もった地層を中空のドリルパイプで掘り進み、採取した柱状の試料(コア)を分析すれば、過去の地球で起こってきたさまざまな環境変動を知ることができるわけだ。■ジュラシック・パークの時代へ
これまでに、グリーンランド氷床のコアから、最終氷期に気温が数年で数度も上昇する急激な気候変動が千年オーダーの周期で繰り返されたことが発見され、また、現在のような暖かい間氷期にも急激な変動があった可能性が見出されてきたが、その全体像やメカニズムは謎に包まれている。
現在、大気中二酸化炭素が有史以来経験したことのないペースで急増しているが、これによって未知の破局的な環境変動が引き起こされる恐れはないのか? それを知るために、氷床や湖沼の掘削とも協力し、高緯度から低緯度まで広い範囲の深海を掘削することが急がれている。これが2隻体制への発展を必要とされている第一の理由である。より短サイクルの変動を解読するには、堆積速度の速い場所を掘らなければならないが、そのような場所にはしばしば石油やガスが存在する。地球深部探査船では、石油・ガス層を貫通する科学掘削が初めて可能となる。なかでも、大陸斜面に広く存在することが知られてきたメタンハイドレートとその下にフリーガス層は、炭素排出量の少ないエネルギー資源と期待されている一方、大規模な海底崩落による津波や環境への影響が懸念されており、その解明は地球深部探査船の重要な課題の一つとされている。
さらに深く掘削することによって、映画「ジュラシックパーク」の名前の由来となったジュラ紀、今の大陸が一つに集まっていた超大陸パンゲアが形成された約2億年前まで到達することが期待されている。■地殻内生命
陸上にはもっと古い地層があるが、何度も堆積と浸食が繰り返されてしまっている。約2億年もの環境変動を連続的かつ高解像度に解読できるのは、この船だけなのだ。想像を絶する巨大な火成活動、何百mもの海面変動、小天体衝突などによって環境が激変し、生物が大絶滅を繰り返すなかで、地球が水と生命に溢れる星であり続けることができた理由を知ることは、本計画が目指す大きな夢といえる。
新しい研究領域である「地殻内生命」は、地球外生命の専門家からも注目されている。生物圏の概念が一挙に海底下数kmにまで広がる可能性があり、また、生命が誕生した場所が熱水活動を伴う地殻内である可能性も指摘されている。この分野の研究によって、生命の起源と進化に対する理解が大きく進むかもしれない。■地震発生ゾーン
深海を掘るもうひとつの理由として、地震、火山噴火及び津波のメカニズムを知ることがある。日本を筆頭に環太平洋地域は世界の中でも特に活動的な地域であり、数百年又は数千年に一度、突然、人々を恐怖に陥れ、多くの人命や財産を奪ってきた。その原因となる海洋プレートの沈み込みとマントルのダイナミクスについて、人類は、これまで地震波や重力異常などの間接的な手段でしか、そこで起こっている現象やメカニズムを推測するしかなかった。■地球の過去と地球の深部を覗く
海底から数km以上の深さに存在する地震発生ゾーン、さらには、海洋性地殻の下のマントルに到達することは、地球深部探査船が目指す最もチャレンジングな課題である。そこで実際にサンプルを手に取ったり現場計測を行うことは、さまざまな仮説論争に決着を付け、新しい理論構築の出発点を決める重大な役割を果たす。
「ハッブル宇宙望遠鏡」や「すばる」が宇宙の深淵を覗くものであるとしたら、「地球深部探査船」は地球の過去と地球の深部という深淵を覗く手段となって、地球と生命の未来を知る手がかりを与えてくれるものということができるだろう。