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<最新刊>
文芸社、2006

<既 刊>


<上巻>
<下巻>
評論社、1995 English

2006年の日本SF大会において、本作品の改稿版がベスト地球・海洋SFファン投票による最優秀オンライン作品・同人誌賞をいただきました。


- あらすじ -

  ミンククジラのクレアは15歳、“豊饒の海”南氷洋で双子を育てるのに一生懸命なお母さん。ある日、その双子の一方の男の子、ジョーイが謎のシャチの集団にさらわれてしまいます。群れの仲間の助けはあてにできず、クレアは単身で息子を捜すため旅立つことを決心します。旅の間に出会った臆病者の若いザトウクジラ・チェロキー、年老いたシロナガスクジラの歴史家・ダグラス、ぶっきらぼうだけど腕っぷしの強いマッコウクジラ・ジャンセンとともに、誘拐犯のシャチの追撃を受けたり、予想もしなかった事件に巻き込まれながらも、さまざまなイルカやクジラ、その他の海の動物たちと交流しながら、クレアは冒険の旅をつづけます。南極を発って赤道を越え、太平洋をめぐる2万マイルの道のりの果てに、クレアたちは“ある海”へとたどり着きます。はたして、そこで彼女たちは何を見るのでしょうか? クレアは無事に息子とめぐり会うことができるのでしょうか‥‥?

- 目次 -

<上巻> <下巻>

プロローグ──とある暖海
  1. 双子の誕生

第T部 : 南氷洋
  2. 豊饒の海で
  3. 迷子捜し
  4. 集会
  5. 予言
  6. 六頭の兄弟クジラの話
  7. クレアの決断
  8. 沈まぬ岩
  9. イルカの証言

第U部 : 南太平洋
  10. 暴風圏
  11. 失恋ザトウ
  12. 歌のコンテスト
  13. 死の壁
  14. チェロキーの故郷
  15. ミズナギドリとの取引
  16. 空を翔んだクジラの話
  17. 誘拐犯
  18. 南海の秘蹟
  19. 大騒音
  20. 老シロナガス
  21. 失楽園
  22. 三角牙
  23. 気まぐれマッコウ

第V部 : 北太平洋東部
  24. 赤道を越えて
  25. イルカ救出作戦
  26. ウォッチング
  27. イカとマッコウクジラの契約
  28. 毛なしのアザラシ
  29. ウロコ派の歓待
  30. サケ漁

第V部 : 北太平洋東部(承前)
  31. 気高き者たち
  32. ラビングビーチ
  33. スーパーポッド
  34. ダグラスの思い出
  35. 白鯨−その1−
  36. うめきの海
  37. 北の海の宴

第W部 : 北太平洋西部
  38. モノ・セティ
  39. クレアの危機
  40. 危難の島々
  41. マリンスノー
  42. 死の精霊
  43. 血の浜
  44. 白鯨−その2−
  45. 白鯨−その3−
  46. 夢
  47. メタ・セティがこの世を創りしこと
  48. 引導
  49. 死の偶像
  50. 王
  51. 対決! ジャンセンVS白鯨
  52. 絶体絶命
  53. 絆

エピローグ──とある暖海
  54. 海へ……

>>> 解説 <<<

*オマケ BGM集

- 第T部 南太平洋 4. 集会(一部抜粋) -

──「では、これから一般のみなさんからのご意見とご質問を受け付けます。施政者にうかがいを立てたい者は前列へ」
 <進行係>のクジラが全員に向かって叫びました。
 単なる見物で来たクジラは傍聴者の輪の外側に後退し、訴えごとを携えてきた者は内側に位置を占めました。輪の一点を先頭にして時計回り──南半球にできる渦巻の方向──に順番がめぐっていくのです。
 最初の番に当たったクジラが半身ほど前に進みでました。
「親愛なるわが<小郡>の長、モーリス様」
 やや歳のいったそのオスは、敬愛の印として胸ビレを横に広げて頭を下げました。
「私めは生物の観察を業としている者ですが、最近は算術にも少なからぬ興味を覚えております。先ほどご披露いただいた新応用理論には、この老体まったくもって感服いたしました。しかし、おそれながら申し上げさせていただきますと、現在公用に使われておる十進法にはいささか難点がございます。九本や七本の足を持つ生きものは実在しておりませんし、私どもクジラがいやしくもイカなんぞの足の本数を計算の単位に選んでやることはないのであります。そもそもこの数の体系はイカ食いのマッコウクジラ輩から伝えられたものでありまして、私どもミンククジラがそれを使うこと自体過ちなのです。そこで私めは、永年の研究の成果をもとに新しい数の体系を構築いたしました。その新しい数学理論とはいかなるものかと申しますと、ほかでもない私どもクジラの、この!」
 彼は胸ビレを上げ下げする大仰なジェスチュアを交えてまくしたてました。
「彼は数学の先生よりフリッパー・パフォーマンサーの方が合ってるんじゃないかね」
 レックスがクレアにこっそり耳打ちしました。
「−−両ヒレがあればことたりるとの結論に至ったのであります。すなわち《二》であります。この《二》こそは、実は数の基本となるものにほかならないのであります。私どもは、右と! 左の! この両胸ビレをもってバランスを保っております。右か! 左か! どちらか一本だけでは用をなしませんが、そこにもう一本付け加えることによって、私どもは水中を自在に泳ぎまわることができるのであります。この右と! 左と! 二本さえあればすむのであって、イカやイソギンチャクのようにやたら数ばかりあっても、こんがらかるだけなのであります。お考えにもなってみてください。私どもの棲むこの世界は、すべからく《二》という数字を礎に成り立っておるのです。右と左、頭と尾、水と空気、昼と夜、生と死−−すべてのことどもは二つの対立する概念の対となっております。私どもにはオスとメスという二つの性があります。私どもは《豊饒の海》と《子育ての海》という二つの海域を行き来します。私どもは<表>と<裏>の二つの種族に分かれております。<表>の<大郡>の数は七つございますが、まあこれはたいしたことではない。このように、森羅万象を統べる数字が《二》なのです。でありますから、この二進法こそは正しい数の数え方なのであります。これでしたら覚えるのもたやすく、万民にとって身近なものとなるでしょう。右と! 左の! 自分のヒレと、ちょっとした計算ができるだけの頭がありさえすればよろしいんですから。どうかモーリス様、<郡勢調査>の折にも、来年からはこちらの二進法を採用していただけますことをご検討願えますでしょうか。つきましては、<数の体系を打ち立てる者>を新しい職業として認めていただきとう存じます。きっと政にも何かと重宝することは、この私めが請け合います」
 モーリスは自分の信条の手前、途中で他鯨の話の腰を折るわけにもいかず、じっと我慢して聞いていましたが、話がすむと即座にこう尋ねました。
「その数え方ですと、大きな数を数える時にたいへんなのではありませんか? ご提案は興味深く聞かせてもらいましたが、鯨口(じんこう)を調べるには不向きのようですね。数の研究はご自由になさってください。実用的なアイディアをお示しくだされば、喜んで私たちのほうで使わせていただきますよ。それと新職種のほうですが、新たに<計測者>を設けることを認可します。これは<郡勢調査>を行う際に頭数のカウントを行う仕事です。当然、数の学問の知識を持ち合わせていることが要求されます。ご希望になられるなら、あなたに職種の長をやっていただきましょう。<生物観察者>が一頭減りますが、こちらはオキアミとシャチの観察を中心にやれば、あとはとくに重要なものではないでしょう」
 老<生物観察者>──新しい<計測者>は、釈然としない様子で目をぱちくりさせ、あいまいな返事をして引き下がりました。彼は<集会>が終わるまで、自分の申し出が結局のところ何一つ受け入れられなかったということを理解できませんでした。
 このようにして、モーリスと彼女の<執政グループ>は、一般参加者の訴えをてきぱきと処理していきました。訴えの大半は、こどもの名前がどうしても思いつかないので決めてほしいとか(もう半年以上になるのに!)、教育に関することとか、雌雄間のトラブルとか、モーリスにとってもクレアにとっても些細なことばかりでした。モーリスはたいてい一言二言言い添えるだけで、あとは<輔ける者>たちに任せていました。中には、一頭のこどもをめぐって二頭の母親が親権を主張し合うという、クレアが聞いていてびっくりしたような事件もありました。それらの煩雑な問題を解決するモーリスの<施政者>としてのヒレさばきはみごとなものでした。彼女は一つ一つの訴えごとに手間をかけず、実に淡々と処理していきました。こうして、忍耐強く有能なモーリスでさえ、いささかの疲れを隠せないほどになった時、ようやくクレアの番が回ってきました──